11月 クィーンはミヤコダさん(中編)

11月


「わたしには、彼氏がいます」

 大学祭のいわゆるミスコンで、今年のキャンパスクィーンに選ばれたミヤコダさんが、ステージ上で堂々と彼氏宣言をすると、おおおおっと会場がざわめいた。

「うそついてんじゃねえぞぉ!」

 キャンパスキングになって、クィーンのミヤコダさんを美味しくいただこうと企んでいたくせに、結局キングになれなかったバカ男が観客席から罵声を上げる。

「いやあ、うそだと思いたい男性がいるようですねえ」

 司会者がフォローしようとする。


 ミヤコダさんがにっこり笑って、会場を見渡し、私を見付ける。

「わたしの彼氏、ここに呼んでいいですか?」


 マジか。

 バカ男が落ちた段階で、「彼氏」はいらないでしょうが。


 ミヤコダさんが考えていたのは、バカ男をステージで笑い者にするために、私を「彼氏」にするという作戦だった。

 本当に男を連れてくると場がシラケるので、女の子の方が大学祭という遊びの場では洒落になるとミヤコダさんが言い張ったのだ。

「カヌキさん、いっちゃえ」

 アッシュグレイの髪の人が笑って私をけしかける。


 どうせ、今日は祭だ。恥をかいてもいっときのこと。


 私は覚悟を決めて、着ていたブカブカのジャージを脱ぎ捨てる。

 下に着ていたのは、タキシード。でも、下は半ズボン。白いソックスに黒革靴。ミヤコダさん、やってくれるなあ。これじゃあ七五三じゃん。

 野球帽も脱ぐと、前髪はオールバックで固められている。おでこが寒い。ちょっと眉を太く描いて凛々しい感じにしているらしいけど、私の顔はそうそう凛々しくなるわけがないだろう。良くても小学校高学年の男子だ。

 アッシュグレイの髪の人からリボンを巻いた赤い薔薇を一本受けとる。

 すっくと立ち上がり、普段より大股で、ステージに向かって歩き出す。

 今から、私は、ミヤコダさんの彼氏だ。


「おお、あれは彼氏ですか?」

「そおでーす」

 ミヤコダさんがいたずらっ子のように笑う。


 ステージに上がると、ミヤコダさんにおもむろに近付き、跪いて薔薇をうやうやしくミヤコダさんに渡す。観客席から笑いとどよめきが聞こえる。

 茶番は茶番。でも、祭なんだから茶番を楽しむのが粋ってことだと思う。

 私もこういう芝居じみた乗りが、実は好きだったりするし。

「ごめんね、カヌキさん」

 薔薇を受け取って、耳元でミヤコダさんがささやく。

 おおおおっと観客席から声が起きる。多分、観客からはミヤコダさんが私の頬に口付けたように見えただろう。


「理学部1年の香貫かぬきです。」

 自己紹介させられた。

「いやあ、実にかわいい彼氏さんですねえ」

 司会者さんには、ミヤコダさんのクラスの大学祭実行委員から事前に、バカ男がキングになった場合には「彼氏」がステージに上がる、と伝えてあったので、特に司会者さんも私の登場には動じない。会場からは、くすくすっと笑い声がする。

「女じゃねえか!!っざけんな!」

 バカ男がまだ騒いでいる声が聞こえた。

「会場から、偽者の疑いがかけられていますけど、本物の彼氏ですよね」

 騒ぎ過ぎたバカ男はどうやら大学祭実行委員数名に連行されて会場から連れ出されたようだ。後で聞いたけど、大学祭出禁になったらしい。

「で、いつからお付き合いされてるんですか?」

 司会者さんがバカ男のせいでしらけてしまった雰囲気を変えようとして、私に悪乗りの質問を仕掛けてくる。私も悪乗りするしかない。

「今年の4月です」

「ズバリ、なれそめは?」

「彼女が困っているところにたまたま居合わせて、助けてあげたくて、その場で声を掛けました」

「もしかして、一目惚れですか?」

「…そうです。『僕』から、その場で告白しました。まさか付き合ってもらえるなんて思わなくて」

 雰囲気に乗って司会者の質問に答えていく。ここで、恥ずかしがったら敗けだ。

 なぜか会場からのくすくすという笑い声が止まらない。私より、隣に立っているミヤコダさんの方が私より落ち着かないようだ。


「どこまでいったのー?」

 観客席から下品な質問が飛んでくる。

「ええと、海近くの映画館までです、って、そういう答を求められてるんじゃないですよね」

 しゃべらされている私より、ミヤコダさんの方が顔が赤く染まった。

「『僕』がヘタレなんで、まだ何も手を出してません」

 照れてるような仕草をしながら答える。どっと会場が沸く。良かった受けた。


「でも、彼女が簡単に落ちると思ってナンパしてくるバカが多くて大変なんですよ」

「そうなんですか」

「こんなきれいな子に、相手にしてもらえる顔かよ、って思いますね。さっき退場させられた方とか」

 会場から拍手が起きる。あのバカ男、けっこうみんなに嫌われているらしい。

「会場の男性諸君、クィーンは『僕』の彼女なんで、勝手に変なちょっかい掛けないで下さいね」

 観客席の方に向き直り、ミヤコダさんの手をとって、うやうやしくお辞儀をして見せた。


 そう、これはただの茶番。

 だけど、ミヤコダさんのことを「誰とでもヤる女」と決め付けるバカがもうこれ以上出ないように、少しでも釘を刺すことができれば、と願う。


「いやあ、熱々ですね。これなら、クリスマスのディナーチケットを有効に利用できそうですね。クリスマス、いっちょ頑張ってください」

「ありがとうございます。頑張ります」

 え?何をどう頑張れというのだろうか。頑張りますと答えながらも私は困惑する。

「一発やっちゃえー!」

 どっと笑い声が起きる。って、今の声、アッシュグレイの髪の人じゃん。頑張れてって、ああ、そういうことか……。いや、それ無理ですよね。自分の顔がかーっと赤くなってしまい、それに気付いた司会者がにやにやっとした。


「あの、僕も彼女を呼んでいいですか?」

 キングさんが突然割り込んでくる。

「どうぞ、どうぞ」

 司会者さんも乗りが良い。それを聞いて、キングさんはステージから飛び降りて、彼女さんを連れて戻ってきた。

 小柄で可愛い女の人が連れて来られる。どうやら、こちらは本物の彼女さんだ。

 そこからは、キングさんたち本物カップルのインタビューが始まった。同じ学部の彼女さんとは、中3からずっと付き合っていて、実は最近、婚約したのだそうだ。キングは恥ずかしくてそのことを友人や同級生たちに隠していたが、これを機会にカミングアウトすることにしたという。キングさんがとても彼女を大事にしていることが分かり、会場はほのぼのとした雰囲気とキングさんへの拍手に包まれた。


「それでは、時間になりましたので、コンテストはこれで終わりにします。これから、キングとクィーン、そのパートナーがキャンパスを回りますので、みなさん、二人じゃない、四人を見ましたら、盛大にからかって、じゃない、祝ってあげてくださーい」

 なんですと??

 恥はステージで終わりではないのですか??私、出店の仕事があるんですけど。


 その後。私は、キングとクィーンとそのパートナーのパレードに連れ出された。

 コンテスト実行委員会が「キング&クィーン」とピンクで書かれたプラカードを持って先導し、その後に私たち4人が続く。プラカードには、「&その恋人」と手書きで書かれた紙が貼られている。私たちの後ろには、スピーカーから甘ったるいラブソングを流す人がいて、「キングとクィーンのお通りでーす」と叫ぶ人がいて、賑やかしがいて、ぞろそろと見世物になって歩いていく。

 ミヤコダさんは、クィーンと書かれたタスキを着けているが、クィーン用のティアラはキングさんの彼女さんに渡していた。私たちの前をキングさんとティアラを着けた彼女さんが手を繋いで仲睦まじく微笑み合いながら歩いている。大変仲がよろしい。そちらが本物のキングとクィーンだと思う。

 一方、私はミヤコダさんと腕を組まされて歩いている。タキシードを着ていても男装の麗人からほど遠い私は、エスコートどころか親戚のお姉ちゃんに連れられた七五三の男の子としか思えない状態だった。

「かわいー」「男の子?小学生?」「あらあら」

 って、私には、あちこちの女子学生たちから声が掛かる。うれしいんだか恥ずかしいんだか、よく分かんないまま手を振って応えている。


「いやあ、本当に可愛いねえ、カヌキさん。それに、これで私たち、大学公認のカップルだよ」

「…何、言ってんですか、もー」

 ミヤコダさんがほくほく顔なので怒るに怒れない。

 

「…ありがとね。誰とでもヤる女って噂、消そうとしてくれたでしょ」

 ミヤコダさんが組んでいる腕に少しだけ力を入れたのを感じたけれど、私は、うまいことを返すことができず、ただ照れ隠しに鼻をこすっていた。


 パレードがうちのクラスの出店「ケミカルチキン」の前に到着すると、「「香貫がキングとクィーンを連れて来たぞーー!!」」と私の同級生たちが大騒ぎになり、その騒ぎを聞いて、何事かと「ケミカルチキン」に客が集まってくるほどだった。

「香貫、お前シフトさぼったけど、これで売り上げ上がったからチャラな」

 店長の同級生がにかっと笑って親指を立てた。

「明日も頼むな」

 え?


 そんな感じで大学祭1日目が終わる。

 ミヤコダさんと一緒にアパートに帰ってきて、もう、映画を観る気力は私にはなかった…

「じゃ、また明日ね。お疲れさま」

「おやすみなさい…」

 ミヤコダさんと別れて、自分の部屋に戻って、すぐ寝た。3年分くらい恥をかいた1日だったと思う。




 なんと、翌日も午前中にキングとクィーンとそのパートナーのパレードがあった!

 二日連続での七五三の格好をする私は、泣くに泣けない。

 ようやくパレードから解放されて、昼前に「ケミカルチキン」に戻ると、今度は、店長から新しいクラスTシャツが渡された。

 前は、ピンクで「キャンパスクィーンのダーリン」、ハート付き。

 後ろは、紫で「女王の愛人」

 私のTシャツだけ、カッコ悪さが倍増しになっている。誰だよ、これ書いたの。

 焼き鳥を買いに来たミヤコダさんやそのお友達さんたちからTシャツを笑われまくってしまうし。


「カヌキさん、昨日は大活躍だったね。見直した!奢るから、今度一緒にご飯食べに行こうよ」

 アッシュグレイの髪の人が焼き鳥をくわえながら私を食事に誘ってくれた。

「ダメだよ!」

「なんでミヤが断るんだよ」

「カヌキさんは、わたしの彼氏だもん」

「ミヤ、カヌキさんの独り占めはダメだと思う」

「カヌキさん可愛いからミヤの彼氏には勿体ないよ」

 他のミヤコダさんのお友達さんも話に割り込んでくる。

 え、何それ?とミヤコダさんが拗ねて、お友達たちがけらけらと笑う。


 ミヤコダさんが友達の輪の中心にいる。きっとそれが本来の姿だろう。

 同級生から無視されていると泣いていたミヤコダさんは、もういない。

 それは、ミヤコダさんにとって、とてもいいことなんだけど、正直言うと少し寂しい。



 いつか私より仲の良い友達ができてしまいそうだ……





「ケミカルチキン」の焼き鳥は完売だった。片付けを終えて、グラウンドでのストームがあって、夜8時近くになって、ようやく大学祭が終わり、私は家路を辿る。

 Tシャツは恥ずかしかったけれど、それを着ていると、知らない人にまで「あ、クィーンの彼氏だ」、「クリスマスは一発かませよ」などと声を掛けられたりからかわれたりして、恥ずかしかったけれど、悪い気はしなかった。

 


 結局のところ、初めての大学祭は、ミヤコダさんのおかげもあって、とても楽しかったのだった。

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