9月 カヌキさんは何歳?
「…同じ専攻だから完全に縁を切ることはできないにしても、これからは挨拶もしない。それで構わないよね」
目の前の同級生は黙って頷いた。
「どうぞ、新しい彼氏とお幸せに」
わたしは、その同級生をそこに置き捨てて、少し離れたところにいた友達のところに戻った。
友達は、アッシュグレーの髪に大きなピアスを着けて、パンク風の露出高めの服を着ている。このキャンパスではかなり派手な部類に入る。可愛い系や清楚系の多いわたしのクラスの中で、この友達は外見で悪目立ちしていて、わたしは嫌われていて、お互い孤立していたから、いつの間にか二人でつるんでいる。
「お疲れ。ミヤって忍耐強いよね。私なら殴ってる」
その友達が声を掛けてきたので、わたしは眉間にしわを寄せながら答える。
「別に。あんな手段でゲットした彼氏なんてどうせ長続きしないでしょ。振られたときに目玉溶けるくらい泣けばいい」
わたしは毒を吐いた。
昨夜の合コンでわたしはお持ち帰りされかかり、相手の男をぶん殴って帰ってきた。「話が違う」と相手が言うので、わたしの知らないところで、わたしのお持ち帰りが決まっていたことを知った。
あの同級生は、ヤらせてくれる女を合コンに連れてきたら、好きな人と二人きりになれるようセッティングしてもらえるという話に飛び付いて、「誰とでもヤる女」=「わたし」に、お持ち帰りどころか合コンであることも隠して、飲み会に誘ってきたのだ。わたしのことを無視していた同級生が、笑顔で飲み会に誘ってくれたので、やっと少しは仲良くしてくれる気になってくれたのか、なんて、ちょっと喜んでしまった先週のわたし、のこのこと合コンに参加した昨日のわたし、大バカだ。
「おかげで、クラスで無視されてる理由が分かった。わたし『誰とでもヤる女』だと思われてたんだね。あんたも知ってたんでしょ」
「まあねぇ。ミヤのその噂は入学してすぐに耳に入ってた。入学早々から随分ひどい噂を流されてんな、って思ってたわ。でも、ミヤって、ただ軽めに見えるだけだって話せばすぐに分かるのにね。」
学食に向かって歩き始めたところで、友達がわたしをフォローしてくれる。クラスでこの子だけが最初からわたしと親しくしてくれていた。そのおかげもあってか、夏休み前頃から、わたしを無視する同級生は減ってきている。それでも、無視されないというだけで、仲良くまではしてもらえていない。入学時に友達作りに出遅れてしまったのは、大学生活ではそれなりに痛手だ。
ため息をつく。
当然、わたしは「誰とでもヤる女」ではない。
ただ、身に覚えがないと言ったら、まあ嘘になるかな、と言う程度に思い当たる節がある。今となっては黒歴史だけど、高校時代のわたしは、背伸びして彼氏と人前でも平気でいちゃいちゃしていた。同じ高校から同じ学部に入学したら子たちがいるから、その子らに当時のことで適当な噂を流されたんだろう。
腹は立つけど、いちいち何とかしようとまでは思わない。めんどくさい。
学食に足を踏み入れると、同じアパートの隣人であるカヌキさんがちょうど学食にいて昼食を摂っていた。多分ホラー映画のキャラクターが描かれたアメコミ柄っぽい黒いTシャツを着ている。正直、似合わない……。
「あ、ミヤコダさん」
目が合って、わたしに気が付いたカヌキさんが、にこにこっと笑って手を振ってくる。ちょっとごめん、と友達に言ってから、わたしはカヌキさんに近寄る。
「今週、どこかでカヌキさんち遊びに行っていい?」
昨日の合コンの間から、つまんない合コンなんかよりカヌキさんちで映画を観たいと思っていた。
「もちろん、バイトがなければいつでもいいですけど、私…」
「映画見たいんでしょ。一緒に見るよ」
カヌキさんが安心したように笑う。そこで、曜日と時間を約束する。
「後で映画のチョイスに文句言わないで下さいね」
「文句なんて言ったことないじゃん。じゃ、またね」
カヌキさんの善人な顔を見てほっとしている自分がいた。
友達のところに戻ると、変な顔をしてわたしを見ている。
「なによ?」
「ミヤ、あれ誰?同じ高校だった子?あんたの友達にしてはダサ…」
がすんっと友達の額にチョップを入れると、いったー、と彼女は額を押さえる。
「だって、あんたと雰囲気が違いすぎるんだもん」
「同じアパートの理学部の子だよ」
「まあ、あの子の服装はともかく」
友達がふふっとと笑う。
「ミヤ、あの子を見付けた途端に、さっきまでの眉間のシワが消えて、満面の笑顔になるんだもん。びっくりしたよ」
顔が熱くなって、慌てて顔の下半分を手で覆う。
「へえ、ミヤでも恥ずかしがることあるんだね」
「もお、うるさいよ!!」
「…考えたら前期試験近かったね、ごめんね」
カヌキさんちの上がり口でサンダルを脱ぎながら、わたしは謝った。9月の最終週から試験が始まるのだった。大学に入って初めての試験だ。1年の単位の多くは教養科目。わたしは、専門科目以外は適当でいいやと思っていたけれど、真面目なカヌキさんのことだから、全科目きちんと勉強しそうだ。
「大丈夫ですよ。直前になったら適当にやりますから。単位なんて落とさなきゃいいんです」
「意外、カヌキさん、真面目に勉強しそうに見えるのに」
「えー、試験勉強なんかより、今は、海外ドラマを観る方が大事ですよ!映画の続編的なドラマが多すぎて時間が足りないんですよ!!」
「……」
「ミヤコダさん、今、引きましたね」
「うん、わたしの中のカヌキさんの良いイメージが一つ崩れたよ…」
ははは、っとカヌキさんが笑い、それから、口角を上げて挑戦的にわたしの顔を見詰める。
「私、ミヤコダさんが思っているほど、真面目でも、……かわいくもないですよ」
ちゃんと私を見て
カヌキさんの目が、わたしにそう言っている気がした。
いつものように寝間着に着替えて、わたしはマグカップ抱えてソファーに座る。
ブルーレイをセットしたカヌキさんは、ソファーの前に立って、首をかしげる。
「私、どこに座ったらいいですか?」
ぷっと、わたしは笑って、自分の隣をぽんぽんと叩く。この間、膝で挟んだことを根に持っているらしい。
「足の間の方がいいなら、それでもいいよ」
「隣の方がいいです」
カヌキさんがちょこんと隣に座って、横の私を見てにっこり笑う。……いや、やっぱりかわいいんだけど。
「今日も怖い映画?血みどろなやつ?」
「いいえー、先月はミヤコダさんにしてやられましたから、そのお礼に、考えに考えて、ただ怖いだけじゃなくて、ミヤコダさんに刺さりそうなサイコスリラーを選んできました!」
え?
「刺さるって、何?」
「どうかなあ、上手く刺さってくれますかね」
カヌキさんは、楽しそうにリモコンでブルーレイを再生した。
主人公が3人目の子供を流産してしまったことから、一家は新しく養子を迎えることにした。
孤児院から引き取ったのは、赤ん坊ではなく9歳の聡明な少女だった。賢い少女は、耳の不自由な妹の面倒見も良く、すぐに家族に馴染むかのように見えた。
しかし、次第に、少女の異常性が現れるようになり、家族の間もぎくしゃくし始める。正体を暴かれそうになった少女は人を殺し、さらに、主人公が少女に虐待を働いているかのように見せ掛け、主人公夫婦の関係も悪化し…
少女の正体とその目的は?
「……かーぬーきーさぁん、刺さったあああぁぁ」
「はい、ティッシュ。ミヤコダさん、やっぱり泣きましたね」
うふふ、と勝ち誇ったように微笑むカヌキさんが小憎らしい。いつの間にかティッシュペーパーを用意してるし。
「いやあ、この映画で普通は泣かないと思いますけど、ミヤコダさんならもしかしたら、と思ったんですよ」
主人公ではなく、「少女」に感情移入するだろうことを見越されるとは…。
「ミヤコダさんは素の自分を受け入れてもらえないで苦しんでいる人に弱いから」
カヌキさんは、ゴミ箱を差し出して、わたしから涙を拭いたティッシュペーパーを捨てさせてくれる。
「少女」は、本来であれば得られたであろう愛を求めていただけだ、とも言える。
愛が欲しいのは誰も同じ。そのためであれば他人を傷付ける利己的な手段を取ってしまう人もいるだろう、それがどんなに残酷であっても。
わたしの同級生も同じだ。
「…それにしても、このタイミングで、こういう映画を持ってこられるなんて」
わたしのぼやきに、どうしたの?というようにカヌキさんが首をかしげる。
「ざっくり言うと、この前の合コンで、同級生が、わたしを騙して知らん男に差し出して、その見返りで彼氏を手に入れた」
カヌキさんが、目を見開き、口を開けた。
少しの沈黙の後、カヌキさんが私の上腕をつかみ、すがるような目で私を見詰める。
「あの、それで、あの、あのミヤコダさんは、あの…」
「大丈夫、何もなかった。一発殴ったら逃げていく程度の男だったから。しょぼい男で助かったわ」
「大丈夫じゃないでしょ?」
わたしの腕をつかむカヌキさんの手に力が入る。
「ミヤコダさんが、一杯傷付いちゃってるじゃないですか」
ぐっ、とわたしの喉が鳴った。
合コンのことで、わたしは自分が怒っていると思ってたけど、本当は、悲しかったということに気付く、というか気付かされる。
その後、号泣したわたしをカヌキさんが一生懸命慰めてくれた。
さて、この映画の「少女」は実は9歳の少女ではなかった。
「…カヌキさんは、本当は何歳なの?」
カヌキさんは、わたしより、10cmは背が低くて、童顔。見た目ではわたしの方が年上だけど、どうにも精神年齢はカヌキさんの方が上だと思う。
いつものように、ソファーベッドを広げて一緒に寝ようとして、灯りが消えたとき、冗談半分でカヌキさんに年齢を尋ねる。
「何言ってるんですか、現役合格だから、同い年ですよ。19歳です」
「え、19歳?てことは、誕生日過ぎちゃったの?」
「はい、7月です。そうそう、あの水着、地元の友達からの誕生日プレゼントでもあったんですよ」
「ええぇ、お祝いし損ねた」
わたしは、本気でがっかりする。
「ミヤコダさんのお誕生日はいつですか?」
「2月15日。バレンタインの次の日」
「じゃ、2月に一緒にお祝いしましょう」
「……うーん」
それはそれでいいのだけど、なんだか悔しい気もする。
「じゃあ、一つ、お願いしていいですか?」
「もちろん!」
「来月、前期試験が終わったら、一緒に映画を観に行ってくれませんか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ネタにした映画タイトル
「エスター」(2009)
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