6月 第六感が告げるミヤコダさん

6月


 手に持っているタッパには、10本以上の焼き鳥が入っている。

 香ばしい匂いがする。昨日までは、おいしそうないい匂いだと感じていたけれど、何本も何本も焼きまくって売りさばいてたら、すっかりこの匂いに飽きてしまって、いい匂いとは思えなくなった。もちろん、食べる方にも飽きている。


 私たちの大学には、5月最終週か6月最初の週の週末に「初夏祭」という小さめの大学祭がある。新入生たちの親睦が目的なので、各学部の各クラスのほとんどが出店を出す。うちのクラスは、半ば全員強制参加ではあるが、みんな嫌がらずに参加していた。私は、大学の文化祭で出店、ってすごく大学生っぽいのでちょっと浮かれていた。

 私のクラスの店は、焼き鳥屋「ケミカルチキン」という。

 普通の焼き鳥屋。ケミカルなのは私たちのクラスの専攻が化学だから。化学っぽい焼き鳥を提供しようとしたけど思いつかず、出店の看板に化学式をみんなで必死に書き込んだくらい。意外にアートに見えるのは大学祭マジックだろう。

 クラスの8割が男子のため、味付けはまあ、男らしい大雑把な、たれぶっかけてひたすら焼くという武骨なものだが、これがけっこう美味しくて、意外に盛況だった。それでも、いくらかは売れ残ってしまい、みなで分け合って持って帰ることになった。

 秋の本祭でも「ケミカルチキン」を開店しようと約束して。


 焼き鳥を焼いていたばかりじゃなくて、同じクラスの友達と一緒に他の出店を回ったり展示物やステージを見たりもした。面白いものもつまらないものもあって、それはそれで楽しかった。地元では有名な大学なので、一般の人も来場ししていて、教育学部は子供向けのイベントもやっているので、小さい子たちも来ていて賑やかだった。



 お隣さんのミヤコダさんのクラスはサーターアンダギーのお店をやっていて、私の学部と比べて女子の多い学部だけあって、とても華やかで、かわいい女の子やきれいな女の子が、みんなお揃いのエプロンをつけて、かわいくラッピングしたサーターアンダギーを売っていた。

 一応、私たちもお揃いのクラスTシャツを着ていたが、配られたのは、XLのぶかぶかの白いTシャツに、誰かが黒色の太い油性ペンで化学っぽい?言葉をでっかく書いたもので、私のTシャツは、前が「砕けフラスコ」で、背中が「ぬるめの液体窒素」。誰だよ、これ書いたの。


 ミヤコダさんは、女の子ばかりのクラスの中でも目立っていたと思う。

 背が高くて大人っぽいし、仕草がきれいだ。

 ちょっと見とれてしまったけど、こうして少し離れたところからミヤコダさんを見ていると、野暮ったい自分なんかがミヤコダさんとお近付きになれたのが不思議な気がしてきた。私なんか、所詮、ぬるめの液体窒素だ。

 サーターアンダギー買っていこうかなって思ったけど、けっこうお客さんが並んでいたので、私は買うのを諦めた。

 ミヤコダさんは私に気付いてないみたいだし。いいか。



 さて、焼き鳥を食べ切れるだろうか。

 などと考えながら、アパートの2階の端の自分の部屋に向かおうとしたら、階段下から、少しハスキーな声がした。

「ぬるめの液体窒素ってどういう意味?あと、そのシャツ、大きすぎ」

 振り返ると、すっごくにこにこ笑っているミヤコダさんだった。

「カッコ悪いでしょ、これ」

 てへへ、と笑って裾をつまんで見せた。

「やっと追い付いた、カヌキさん、自転車こぐの速いよ」

「なんだ、後ろにいたなら声掛けてくれればいいのに」

 私が階段を降りると、ミヤコダさんは、普段使いのトートバッグの他に持っていたふくらんだコンビニの袋を見せてきた。

「カヌキさん、おなか空いてない?サーターアンダギー好き?」

「ミヤコダさんは、焼き鳥好きですか?」

 質問に質問を返す。

「焼き鳥!!しょっぱいもの食べさせて!」

 どうやら、ミヤコダさんも売れ残りを持ち帰ってきたようだった。売り物がかぶってなくて良かった。


 で、また、私の部屋にミヤコダさんが来てくれた。もう3回目になる。

 で、なぜか、ミヤコダさんは枕と寝巻きを持ってきている。泊まる気満々なようで。


「焼き鳥おいしー。ビールほしー」

「え?未成年ですよね」

「……そこは何も聞かなかったことにして」

 さすが大人は違うな、同い年だけど。

「ミヤコダさん、私、アルコールはまだしもタバコは嫌いですよ」

「それは大丈夫!タバコは高校と一緒に卒業したから」

「……」

「あ、引かないでカヌキさん。今の嘘だから信じないで。本当はタバコは1回試しただけでやめたの」

 この人は、どういう高校生だったのだろう?

「まあまあ、カヌキさん、サーターアンダギー食べて。沖縄出身の子のレシピなんだけど美味しいよ」


 あ、本当に美味しい。手作りドーナツって感じ。

「美味しいでしょ」

 ミヤコダさんが微笑むので、うなずいた。ミヤコダさんは笑うとくしゃって感じで大人っぽさが崩れるのが可愛い。



 残り物による夕食が終わった。

 明日の月曜日は代休なので、今夜はゆっくりできる。

 焼き鳥を焼いた炭の匂いをお風呂で落としてすっきりした。ミヤコダさんは先に自分の部屋でシャワーを浴びてきたそうだ。揚げ物の匂いが相当染み付いていたとこぼしていた。


「カヌキさん、ほらあ映画見せてー」

 私の部屋のソファベッドに寝巻きであぐらをかいて、テレビを指差してミヤコダさんが言い出す。ミヤコダさんがホラー映画って言うと、なんか、ホラーの発音が甘ったるい感じがする。

「無理にホラー映画じゃなくてもいいじゃないですか」

 私がホラー映画しか録画していないと思われているのだろうか。確かにホラーやスリラーが多いけれど、普通にヒットしたミュージカルやアニメだってあるんだけど。

「えー、お薦めのほらあ映画が見たいなあ」

「お薦めって言われても困りますよ。本来、人様に薦められるようなジャンルじゃないんですから」

 と、私がため息をついて言うと、ミヤコダさんは困ったなあ、という顔をしてから、にこっと笑った。

「カヌキさんが、最初にはまったほらあ映画が見たい。私もほらあ映画にはまっちゃうかも!」

 私より背が高いのに、座っているときは下から私を上目使いで覗き込むように目を合わせてくる。上目使いがかわいすぎて、困る。前の訪問時に衝動的におでこにキスしてしまったのを思い出してしまった。


「…分かりました」

 多分顔が赤くなってしまったので、ごまかすように目的のブルーレイを棚から出す。

「ミヤコダさん、これも、ちょっと怖いしグロいとこもありますけど、大丈夫ですか?」

 私が念を押すようにして尋ねると、ミヤコダさんは答えないで、自分の隣に座れというようにぽんぽんとソファーベッドを叩いた。また、怖くなったら私の腕を抱え込む気らしい。


「ドラ○もんのおじさん。若いねー髪の毛生えてる。……あ、撃たれちゃった」

 本当に映画をほとんど見ていないミヤコダさんは、アクション映画の有名俳優を、某白い犬のお父さんが出てくるスマホのCMのドラ○もんと認識しているらしかった。映画ファンの私にしてみれば、そのミヤコダさんの反応が新鮮すぎて面白い。

「この男の子、しょんぼり顔で可愛いねー」

 主人公の少年が気に入ったらしい。この主人公の少年には霊能力があって、望んでいないのに霊が彼の前に現れる。そのせいで学校になじめないし同級生からもいじめられている。ドラ○えもんのおじさんは、そんな彼のいわばカウンセラーだ。

 少年の前に、突然痛ましい姿の霊が現れるのだが、その度にミヤコダさんがびくっとして、私の腕を抱え込む手に力が入る。


 ラスト近く、主人公は、自分の力について母親に告白し、母親もそれを受け入れる。

 ミヤコダさんの手から力が抜けていたので、そんなに怖くなかったのかな、と思って顔を見た

 ら、号泣していた。目からぼたぼたと涙を流し、遂にはしゃくり上げ始めた。なんで???

「み、みみミヤコダさん、どうしたんですか?!」

 慌てて私はティッシュボックスを渡したが、ミヤコダさんはそれを受け取らず、ときどき寝巻きの袖で涙をぬぐいながら画面をじっと見ている。いたたまれなくて、私は、ティッシュで流れる涙を拭き取っていた。

 ラストでは、ドラ○もんのおじさんの正体が分かる。最初に観たときは、その正体に驚いたっけ。そして、怖い映画って面白い!って思うきっかけになって、そこから古今東西のホラー映画を観るようになった。この映画が私にとって、映画、それも怖い系列の映画が好きになるきっかけになったものだ。何回観ても面白い。

 でも、今は、そんなことより号泣しているミヤコダさんが気になって仕方がない。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああああ、家族以外の人の前で泣いたの、しょ…小学生以来だあ…ごめん」

 言葉を発してくれてちょっと安心した。

「なんていうか、感動しちゃって」

 ミヤコダさんは膝を抱え込む。

「最後さあ、主人公がさ、お母さんにちゃんと分かってもらおうとして、分かって、もらえたじゃない」

 うんうん、と私は頷く。主人公の少年は母親に自ら霊能力について明かし、母親も息子の苦しみを知る。

 いいラストだ。

 …だが、そこには血まみれの死にたて幽霊もいるので、こんなに泣いて感動できるほどではないと思うのだけれど。


「…自分のこと、分かってもらえるのって、いいよね」

 ミヤコダさん、霊が見える主人公ではなく、誰からも理解されない主人公に共感していたらしい。

 優しい人なんだなと思った。



「わたしさぁ、…なんでか分かんないんだけど、クラスで一部の人に避けられてて。だから、大学祭のお店、けっこう頑張ったんだけど、なんかうまくいかなくてさ。今日、ほんとは打ち上げなんだけど、邪魔になると嫌だから帰ってきちゃった」


 ミヤコダさんは、もう泣いていなかったけれど、じっとエンドロールを眺めている。

「だから、なんだか、いじめられてた主人公に感情移入しちゃったのかな」


 私のクラスは愉快な男子ばかりで、女子が少ないからかもしれないけど、みんな優しい。

 初夏祭では、コミュ障っぽい子もうるさい子も「ケミカルチキン」では平等に働いて楽しんでた。

 ミヤコダさんのクラスも、華やかで楽しそうだったのに…。


「ごめんね、カヌキさん。こんなこと言うつもりじゃなかったんだけど、主人公につられて、つい愚痴ってしまったよ」

 ミヤコダさんが、隣に座っている私の肩に頭を乗せてきたので、おずおずと、私はミヤコダさんの肩を抱くように腕を彼女の肩に回した。

  エンドロールが終わったところで、ミヤコダさんからぎゅっと抱き締められた。

 私の頭の後ろにミヤコダさんが両腕を回している。私の顔はミヤコダさんの肩に押し当てられた形だ。

 いい匂いがする。でも、ちょっと苦しい。

 私は、自分の両手をどうしたらいいのか分からなくて、ミヤコダさんの脇あたりの布を掴んだ。


「……カヌキさん。うちのクラスのお店に買いに来てくれたでしょ」

 あ、気が付いてたんだ。

「うん。混んでたから、買うの諦めちゃいました」

 きゅっとミヤコダさんの手に力が入る。

「わたし、カヌキさんに手を振ったんだけど、気付かなかった?」

「え?ごめんなさい、気付きませんでした!!」

「……良かった。やっぱり気付いていなかったんだ」

 ミヤコダさんがふーっと息を吐いた。

「気付いてて無視されたならどうしよう、ってずっと思ってて、帰り道も前で自転車こいでるのがカヌキさんだって分かってたけど、声、掛けられなかった」


 ぬるめの液体窒素ってどういう意味?あと、そのシャツ、大きすぎ


 ミヤコダさんは、どんな気持ちであのときの私に声を掛けたんだろう。

「私は、ミヤコダさんを無視なんかしない」

 ミヤコダさんの脇の布を掴んでいた指を離して、ぎゅっと背中を抱き締めた。




「……ね、カヌキさん」

「はい!」

 とっても良い返事をして、私はミヤコダさんから飛び離れた。ミヤコダさんの両手が宙に浮いている。

「最後、ドラ○もんのおじさん、どうなったの?」


 ミヤコダさん、泣いちゃって映画のラストシーンを観てませんでした。チャプター戻して、もう1回再生。

「ええええええ!ドラ○もんのおじさんって!??」

 ああ、良かった。彼の正体は見抜けてなかったんですね。

 ついでに、主人公の男の子が子役から俳優になった現在の姿をスマホで見せた。

 しょんぼり顔の男の子が、しょんぼり顔の髭面のぽっちゃりおっさんに見事に成長。

「うええええええ?」

 映画本編を観てるときより、いい声。もう泣いてないと思って、私は安心した。

「…時の流れって怖い……」

 ミヤコダさんがくしゃっと笑った。





 ミヤコダさんは、その日の夜、熟睡するまでのちょっとの間、私の腕を抱き締めて離してくれなかった。

 一方、私は、どきどきしてしまってなかなか寝付けなかった……

  

 友達同士のハグ、というには、かなりしっかり抱き合ってしまった。ミヤコダさん、この人は私にとって、ただの友達ではないかもしれない。

 第六感がそんなふうに教えてくれている気がした。 










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ネタにした映画タイトル

「シックス・センス」(1999)

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