5月 カヌキさん3D
5月
大学に入学して初めてのゴールデンウィークが来て、わたしは、初めて帰省というものをした。
家を出て1ヶ月しか経ってないので、故郷も我が家も何も変わっていなくて、わたしも特に何も感慨はなく、家族に大学の話をして、やはり帰省していた高校時代の友達や幼馴染みに会って、互いに近況を語り、高校までの思い出を語った。
でも、なんでみんな「ミヤ、彼氏できた?」ってわたしに聞いてくるんだろう。
ほんっとーにみんなに質問された。そういえば、おねえちゃんにも聞かれたっけ。
高校時代までのわたしのイメージって、そんなに彼氏のことばかりの女だったんだろうか。彼氏どころか、一緒にご飯を食べる友達が少しできたくらいなのに。
あ、あと、同じアパートの隣の部屋の映画が大好きなリケジョさんが友達になった、のかな。
時々、キャンパスで会うと小さく手を振ってくる。2、3回、一緒に帰って映画の話をした。映画のこと全然知らないわたしに、一生懸命分かるように説明してくれるのが、なんだか嬉しかった。
カヌキさんという。
ちょっと今までの友達と違うタイプ。
小柄、ストレートの黒髪、細い銀のアンダーリムの眼鏡。頭が良さそうだ。実際、私の学部より彼女の学部の方が偏差値はちょっと上だった。
大抵はスウェットのパーカーとデニム。
お洒落すればいいのにって思いつつ、失礼なんだけど、素朴なままにしておきたい感じ。
見た目も中身も真面目。敬語で話すし。ただ映画の話をしてるときだけは、何も知らない私にちょっとドヤってウンチク語ってくるのが、生意気で可愛い。
同い年で自分よりしっかりしている人だけれど。
初めて会ったとき、自分の部屋に入れなくなって困っていた私を助けてくれて、親切なことに初対面なのに部屋に入れて泊めてくれた。
そのときに、変なSFっぽい怖い映画、なんだっけ、すらぷった?すたっぷらー?映画を一緒に見てしまった。わたしが自分で見たい、って言い出して観た映画だから、怖くてもキモくても、絶対最後まで見ようと思って頑張った。
怖くて気持ち悪いシーンが一杯あったのに、一番怖いところはそういうところじゃなくて親指を自分で刃物で切るところ、だなんていかにも映画ツウみたいな顔してきたから、ちょっと脅かしてやりたくなって
カヌキさんの親指にキスした
……わたし、バカだ。自分でもなんでそんなことしたのか分からない。
その後、顔を真っ赤にしたカヌキさんの前で、誤魔化そうと変なこと言って、さらに墓穴掘ってしまって、余計に変な女だって思われたと思う。
それでも、カヌキさんは、ちゃんとその夜は部屋に泊めてくれたし、それからも仲良くなろうとしてくれているのでありがたい。
また、一緒に映画を観てくれるかな?カヌキさん。
なんて、思いながら、ゴールデンウィークが終わる一日前の昼過ぎにアパートに帰ってきたら、アパートの前でカヌキさんとばったり会った。
「帰省してたんですね、お帰りなさい、ミヤコダさん」
「あ、はい、ただいま」
なんか照れ臭いあいさつ。
ちょうど、カヌキさんは、バイトの帰りだという。映画好きなカヌキさんは、TYUTAYAでバイトを始めたそうだ。そういうのも趣味と実益を兼ねるに含まれるのだろうか。
「あ、そうだカヌキさん、後で、お土産持ってっていいかな?」
「わ、ありがとうございます。私も実家が送ってきたお菓子があるんで、そのまま私の部屋で食べませんか?」
カヌキさんの誘いに乗って2度目の御宅訪問だ。
地元の名物なんて、あんまり食べたことなかったけど、地元を離れて食べると意外に美味しい。
それとカヌキさんの地元のお菓子は食べなれない味と食感で、もっと美味しい。
カヌキさんの部屋はキッチンが基本的な生活スペースで、もうひとつの部屋は映画を見ることに特化されている。
大きな48型のテレビが壁側に鎮座しており、壁の向こうは道路で、少しくらい大きな音で映画を見ても大丈夫だ。下はクリーニング屋。上はない。隣はわたしんち。わたしが家にいたとしても、大きな音を出しても大丈夫だ。
テレビの正面には、ソファベッドがある。
特に趣味のないわたしには、カヌキさんのこういう凝り性なところが少し羨ましい。
ソファベッドの前に小さなちゃぶ台をおいて、そこにお菓子とお茶を置いている。
「このちゃぶ台、可愛いね」
わたしが誉めるとカヌキさんはにこにこっと笑って、映画鑑賞時にポップコーンと飲み物を置くために買ったのだと教えてくれた。映画基準に暮らしてるなあ。
「何か、映画観ますか?」
カヌキさんがお茶を飲みながら言ってくれた。カヌキさんは実家にあるBSで放送した映画をたくさん録画しているのだそうだ。怖い映画ばかりらしいけど。
「見てみたい映画があるんだけど、見れる?」
こんなこともあろうかと、実家でおねえちゃんに怖い映画を見たのだという話になったとき、怖がりのおねえちゃんでも見れたというほらー映画を教わったのだ!
教わったのだ。教わったのは本当だ。で、何だっけ。
「タイトル忘れちゃった……」
わたしがこぼすと、カヌキさんは苦笑いして、何かキーワードとかは覚えているかと尋ねてくれた。
頑張って何か思い出さなきゃ。
「あの、えっと、…だ、…だ…」
「ダサコ!!」
カヌキさんが一瞬目を見開いて固まって、次の瞬間にはぶっと吹き出し、さらにはうずくまって笑う。笑いすぎだよ。
「ミヤコダさん、ほんっとに映画に興味がなかったんですね。その映画、日本人みんなが知ってるって私、思ってました。和製ホラー映画のエポックメイキングですよ」
笑いながらカヌキさんが言う。相当に有名で、ハリウッドでも映画になったんだって。へええ。
「…でも、ミヤコダさんのお姉さん、怖がりなのに、この映画観れたんですか?」
「姉はそう言ってたよ。だから、こないだの映画よりも怖くないかなあ、と思って」
「たぶん、ミヤコダさん、おねえさんに謀られてますね」
「え?」
「観れば分かりますよ。けっこう怖いです」
「ええ?」
「あと、ダサコじゃないです」
「えええ?」
BSで放映されたのを録画して持っているというカヌキさん。
キッチンの方へ行ってごそごそしてから、DVDを持って戻ってきた。
「DVDじゃなくて、ブルーレイですよ」
と、ちょっとドヤった笑顔を見せた。
DVDでもブルーレイでも見れればどっちだっていいんじゃないのかと思ったけれど、カヌキさんにとっては違うんだろうな。
そして、わたしは、その映画をカヌキさんと見た。呪いのビデオの映画だった。
その呪いのビデオを見た人は1週間後に怪死するのだという。主人公は、呪いを解こうとするけれど…
いつの間にか、また、知らないうちにカヌキさんの腕を抱え込んでいた。
だって、画面が湿っぽくて、なんか時々すごく怖い映像が入ってくるし。
でも、前の映画ほどにはグロテスクではない、というかグロテスクの種類が違うので、悲鳴を上げたりしなかった、のだけれど、これは、怖さの表現がじわじわっと自分に染み込んでくるようで、恐怖が体内に蓄積してくる感じだった。
ラスト!!!ようやく焦らされてた呪いのビデオの映像が遂に見れた。
バケモノがじわじわと近付いてきて
「…!!!」
それがテレビから抜け出したところで息を飲んだ。
そして、どんっと目玉にねめつけらるラストカットに心底驚いて
「ぎゃ」
と、悲鳴を上げてカヌキさんの腕をぎゅううと抱え込んだ。
脱力してエンドロール。
おねえちゃん、これどこかで見て怖かったから、わたしに見せようとしたな。
何が大して怖くないから大丈夫だよ、だ!
「怖かったですか?」
とカヌキさんがわたしが抱え込んでいない方の手でわたしの腕をさわった。その手は温かかった。
ちょっと恥ずかしくなった。
「怖かったよ!」
と、大袈裟に言って、カヌキさんの腕を解放した。
「すごいよね、テレビから出てきて…、あの目、あれはないよ!」
それから、ラストシーンのバケモノを真似て、髪の毛をばさっと下ろして顔を隠し、髪の隙間からカヌキさんを睨んだ。
わたしなりに映画の一番怖かったところを再現したのだ。
「ミヤコダさん」
カヌキさんはきょとんとしてわたしの顔を見た。それから両手をわたしの耳の上辺りの髪に差し込んで、親指で髪を掻き分けて隠した顔を額まであらわにした。
「その顔じゃ、全然貞子じゃなくて、ただの上目使いですよ」
って聞こえた次の瞬間
わたしの額にカヌキさんの唇が押し付けられた。
そして、カヌキさんはわたしから飛びすさるように離れた。
「み、みみ、ミヤコダさんが、かわいすぎるんです!!ここここないだの親指の仕返しですから!」
顔全部真っ赤にしたカヌキさんから視線を外せなくなったわたしがいた。
じーっと互いに見詰め合ってしまい、どちらかともなく目を反らせた。
「…続編もたくさんあるんですよ」
ウィーンという音がして、真っ赤なカヌキさんがブルーレイを次のブルーレイに入れ換えている。
その頃には、なんだかわたしは自分のおでこが気になって、なんだか嬉しくなっていた。
「そうなんだあ」
あんなに、呪いのビデオも、そこから出てきたダサコも怖かったのに、ふっとんでしまった。あ、ダサコじゃなかったわ。
それから、わりと最近の続編を見た。なんか3Dで上映されたらしい。
ダサコはビデオからネットの世界に現れて、変身して大量発生していた。びっくりするシーンはあるけど、先に見た方に比べるとそんなに怖くない。
なんかゲームの映像みたい。
びっくりと怖いは違うんですよ、とカヌキさんが言う。
「ホラー映画は、続きやリブートがよくつくられるんですけどね、映像が古い昔の方が怖いんですよ。先月一緒に観たのも新しく前日譚が作られたんですけど……」
カヌキさんはなんだか残念そうだ。横顔のちょっと伏せた睫毛が長い。
「…カヌキさん、今日も泊まっていい?」
また、わたしは考えなしに言ってしまった。
「ミヤコダさん、ダサコが怖くなったんですか?一人で寝れないくらい」
そういうことにしておこう。
わたしは、一旦、自分の部屋に戻って、寝巻きと枕を持参した。持参するくらいなら、自分の家で寝ろって話なんだけど、カヌキさんは、気にしてない風だった。
わたしとカヌキさんは、お隣さんで、同じ大学に通う友達だ。
それだけ?
わたしの中でカヌキさんが立体になる
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ネタにした映画タイトル
「リング」(1998)
「貞子3D」(2015)
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