急すぎる接近
あの後、謎の沈黙が訪れたので、私は興奮気味の感情を抑えながら話を切り出した。
「その。みっちゃん? ……私、嬉しい。まさか覚えていたとは思わなかったから」
「うん。昨日はよく分かんなかったんだけど、今見てみると、何となく似てるなって。……地味に感動の再会だね」
私にとっては、激しく感動の再会なのだけど。
幼稚園の送り迎えや行事の参加は、ほとんど前のお父さんがやっていたし、私もお姉ちゃんのお母さんは知っていたけど、お姉ちゃんのお父さんなんて知らなかった。
……世間は圧倒的に狭いと痛感する。
「ほんとに感動の再会だね。でも、これから楽しみ!」
「どうして?」
「仲良くなれそうだから!」
「……その言い方だと、今は仲悪いみたいに聞こえるけど」
「一度は疎遠になったわけだし、そういう言い方をするべきかなって。と、とりあえず! なんかお話しよーよ! 幼稚園の頃の思い出とか!」
「思い出って言われても……。てんちゃんの事は今日思い出したようなものだし」
てんちゃん。
いいなぁ。その響き。
幼稚園の頃を思い出して、ノスタルジーな気持ちになる。
でも、私はもう、てんちゃんじゃない。
姫川だから、ひめちゃん……かな。
だけど、否定するのも野暮だろう。
今はまだ、その言葉の響きに浸かっていよう。
「そうだ。思い出した」
「うん。なになに」
「てんちゃんはさ。まだ、私のこと好き?」
「なっ!」
「好きって言ってたよね?」
「……はい。言ってました」
私は観念するように首を縦に振った。
「だから、今はどうなのかなって」
「いや、まぁ、うん。うん。……好き。だけど。うん。お姉ちゃんとしての好き。うん。そうだ。うんうん」
お姉ちゃんとしての好き。だなんて、まるで他に何かがあるようだ。
「顔、赤いよ」
「うぎゃっ!」
どこから出ているんだ私の声は。
口の中に猿でも飼っているのか。
けれど、本当に私はみっちゃんのことがまだ好きなのか?
だとしたら一途すぎだろ、私。
いや、見当違いでも、○○さんのこと好き? と問われたら、誰でも顔くらいは赤くなってしまうものでは無いのだろうか。
と、まるで暗示のように言い聞かせてみる。
「ま、まぁ! とにかく! 私はお姉ちゃんと、いい姉妹としての関係を築いていけたらなと! そう思うわけで!」
お姉ちゃんは表情を崩さずに「ふーん」と興味なさげに相槌をした。
「私、てんちゃんのこと好きだよ」
だが、次の瞬間、お姉ちゃんの口から打撃の様な言葉が飛んできた。
私の何かがグランと揺れる。
「へ、へー。そーなんだ。でも、今日、思い出したのに、いきなり好きっていうのも、なんかおかしい気がするけど」
「一目惚れ」
「ちょ! ちょ、お姉ちゃん! お姉ちゃんは、昨日から今までの感じ、凄いクールキャラぽかったじゃん! そんな積極的な人なの⁉︎」
「好きって言われたら、好きになるタイプ」
「じゃあ、好きじゃない! こんなのおかしいから!」
「嫌いなの?」
「い、いやっ。そういうわけじゃなくて……」
「じゃあ、好きなの?」
「好きにはなれない! 一般常識的にこういうのはおかしい! そういうわけです!」
「結婚しようって言ってたよね?」
「そ、それは! 幼稚園児特有の気の迷い的な何かで! じゃ。じゃあ、この皿、戻してくるから!」
と、私は分かりやすく部屋から逃げた。
心臓の動きに合わせるように、駆け足で階段を降りる。
好きだとしても。
私は、好きになってはいけない。
だって。こんなの間違っているから。
おかしいって思われるから。
別に、女の子が女の子を好きになるのは、いいと思う。
むしろ、それは素敵なことだ。
だけど、家族だから変なのだ。
なんだっけ、きんしんそーかん? 確かそんな名前だった気がする。
パンが乗っていた皿をシンクに置く。
銀のお盆を棚に戻そうとした時、お盆に反射した私の顔は、りんごの様に真っ赤っかだった。
本当に。
私の気持ちはどっちなんだ。
※※※※※※
てんちゃんは、あまりにも単純だ。
好きと言っただけで、あんなにも動揺する。
恋愛脳……というべきなのだろうか。
いや、あんなにも簡単に好きと言える私の方が、よほど恋愛脳だ。
なぜ、好きと言ってしまったんだろう。
よく分からないけど。
母さんが死んだ悲しみを、てんちゃんが埋めてくれると思ったのか。
ただ、好きになっただけなのか。
少しの間、考えてみようと思う。
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