朝食を共に

 銀色のお盆に食器を乗せて、スキップ気味に階段を上る。

 朝ご飯はチーズが乗ったパン一枚だった。

 正直物足りない気がするけど、今の時刻的に昼ご飯も近い。

 これくらいの量が丁度いいんだろうな。


 そんなことを考えているうちに、部屋の前まで到達し、再びドアをノックする。


「ど、どうぞ」


 瞬間、返事が来た。

 待ち構えていたかの様な返事だ。

 お盆を床に置いて、ドアをそっと開ける。

 カーテンが締め切られている暗い空間だった。

 お姉ちゃんは、部屋の真ん中の小さい丸テーブルの前で、律儀に正座をしていた。


「ど、どうも」


 軽く会釈をし、俯きがちにお盆を持って部屋に邪魔する。

 が、さっきまでの嬉々とした気持ちは何処へやら、心臓が激しく鳴っていた。

 いざ、こうして話すとなると緊張してしまうものだ。


「か、カーテン開けてもいい? ですか?」


 言った瞬間、本当に言ってよかったのかと後悔してしまう。

 お姉ちゃんは、母の死以来、引きこもっているとお父さんが言っていた。

 引きこもりは太陽を嫌うのでは無いかと。そう思ったのだ。

 偏見? うん。偏見だ。

 うん。私は酷い妹だ。


「じゃあ、電気を付けて」


 一人で勝手に葛藤していると無機質な声が返ってくる。

 太陽ではなく、電気を付けることを推薦したのを考えるに、私の偏見もあながち間違いでは無かったのではと、また失礼なことを考えてしまう。


 ──パチン。

 ドア横のスイッチを押し、明かりを付ける。

 暗闇でよく見えなかったお姉ちゃんの顔が、くっきりはっきり現出した。


 ……やはり美人だ。

 幼稚園の頃の彼女はショートだったと記憶しているが、ロングも似合っている。

 引きこもっていると聞いていたけど、整えられた髪の毛だった。

 幼稚園の頃の、瑞樹ちゃんがそのまま成長した感じだ。

 しかし、昔の明るい面影は一ミリも無く、クールな様相を帯びていた。

 

「さぁ、ご飯を食べましょう!」


 お盆を机に置き、なるべく明るく言ってみせる。

 対面になった彼女は、何を見ているのか、兎に角私と目を合わせようとしなかった。


 お姉ちゃんの目の前に、食器を設置する。

 ……この場合は、体の前だろうか。


「お、お姉ちゃん! ほ、ほら、ご飯ですよ!」

「……私はペットなの?」


 まさかの返しだった。

 私も、「ご飯ですよ」はまるでお母さんだなと言いながら思ってしまったが。

 しかし同時に、話してくれたことを嬉しく思った。


「い、いや! そういう訳じゃ! と、ともかく何か話しましょう!」

「……何かって何?」

「そ、それは。姉妹になった訳だし、これから仲良くしよーとか、好きなものの話とか。そういう他愛もない──」

「じゃあさ」


 中断させるように言葉を挟まれる。


「私の父さんのこと、どう思う?」


 冷たい声で、そう問われた。

 話の脈絡の無さに、若干の戸惑いを覚えつつ口を開く。


「お父さん? 私は優しい人だと思うけど……」

「そう? 母さんを失ったのにも関わらず再婚するような人が?」


 その言葉は、何となく私の存在を否定されてる気がした。


「うん。お父さんにも何か色々考えがあるんだと思う。だって、本当に優しい人だったから」

「そう。私はそうは思わない」


 お姉ちゃんはそう言うと、パンにかけられていたラップを外し、パンをちぎって、もそもそと食べ始めた。

 続くように私もパンを食べる。

 パンの耳はふやけていて、だけど中身は硬くて。

 あまり美味しくなかった。


 気まずい。

 何かしゃべらないと。


「「あの」」


 声が被った。

 見上げると、やっとお姉ちゃんと目が合って、恥ずかしさのあまりか顔が熱くなる。


「ど、どうぞ!」


 食い気味に私は譲る。


「う、うん。あのさ。君の名前って何?」

「……え。え。え! 知らなかったの⁉︎」

「え、まぁ。親とかのメールで送られてきたんだろうけど、その頃は心ここにあらずだったというか、親のメールなんてほとんど無視してたし」

「おお。なんたるお姉ちゃんだ」

「ごめん」

「いや、全然。えっと、私は天川てんかわかえでです。……あ! じゃなくて! 姫川楓です!」


 つい、前の苗字で言ってしまった。

 しばらくはこういう間違いが続きそうで少し不安である。


「ふーん。えっと、じゃあ」


 何かを言いかけて止める。

 お姉ちゃんの口元は、ごにょごにょと動いていて、何かを言いかけそうで言えないような、そんな感じだ。


「どうしたの?」


 そう問うと、彼女の口がゆっくりと開き、


「てんちゃん? で合ってる?」


 幼い頃に、数えられないほど、この声に呼ばれた名前だった。

 すると、塞がれていた道が開いたように、私も色々思い出して、


「そうだよ! みっちゃん!」


 と、ついつい、昔のあだ名で呼んでしまった。

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