義姉妹の三日間

二日目の朝

 午前10時。

 寝たのが遅くなったせいか、こんな時間に目覚めてしまった。

 春休みでよかった。と、そっと胸を撫で下ろす。


 新しい家の朝は、新鮮だった。

 まるで旅行でホテルに泊まった日の朝の様な、爽やかとした、そんな朝。

 ホテルの朝にそんな感じ方をするのは、私だけなのかもしれないけれど。


 下に降りれば、親はいない。

 机の上にはラップにかけられた二人分の朝ごはんと、書き置きがポツンと悲しくそこにある。

 書き置きには『今日も夜遅くなります。瑞樹みずきちゃんと仲良くね!』と、見慣れた文字筆で書かれていた。

 お母さんと新しいお父さんは予備校講師だ。

 夜10時まで生徒を指導し続けているのだとか。中々にブラックな会社じゃないか。

 お母さんと二人暮らしの時は、帰りが遅くて寂しい毎日だったけど、正直、今となっては気が楽だ。

 新しいお父さんは優しい人だけれど、やはり話すのは緊張してしまう。

 と言うより、気を遣ってしまうだろう。

 慣れるまで、こうして親の介入のない生活を送るのも悪くない。


 ……と、ふと。


「……お姉ちゃん」


 言葉に漏らしてしまう。

 ……お姉ちゃん。お姉ちゃんかぁ。

 お姉ちゃん。というより瑞樹ちゃん?

 昨日、挨拶した時に顔を見て確信した。

 お姉ちゃんは、幼稚園生の頃の友達だった。

 凄く親しかったのだと私は記憶しているし、こんなこと言うのは正直頭がおかしいかもしれないけど、お姉ちゃん、もとい瑞樹ちゃんは私の初恋相手だった。

 小学生になる前に私は引っ越ししたけど、結婚の約束もしたはずだった。

 今現在も、その気持ちがあるのかと言えば──無い。

 今、こうして中学生になって、一般常識は身についているはずだった。

 ……女同士なんて変だ。


 閑話休題。

 昨日は感動の再会と言えば、感動の再会だし、私は嬉しかった。

 だけど、お姉ちゃんは覚えてないのだろう。

 でも、それでいい。

 姫川ひめかわ瑞樹という女の子にとって、昨日が、私という妹との初めましてで良かったのだ。


 私は、良い妹でありたい。

 ただ仲良くなりたい。

 そのための第一歩として……。


 一緒に朝食を食べたい。


 お姉ちゃんが私のことを忘れたのなら、また仲良くなればいい。

 親しくなるくらい、姉妹として当たり前のことだ。

 そう思い立ち、無意識的にお姉ちゃんの部屋へと向かい、扉の前に立つ。

 物音がするので、きっともう起きているのだろう。


 ……やばいやばい。

 緊張する。

 恐る恐る右手を伸ばし、ドアを軽くノックした。


「お。お、お姉ちゃん?」


 ドアに向かって声をかける。

 数秒の沈黙がこの場に訪れ、朝ごはんに誘うのは無謀だったのかと後悔する。

 が、その時。


「な、なに?」


 少し上擦った声で、返答された。


「い、い。い、一緒に、ご飯を食べませんか⁉︎」


 敬語になってしまう。

 なぜだ。なぜなのだ。

 なぜご飯に誘うだけで、こんなにも緊張してしまうのだ。


「……ここに、ご飯持ってきてくれるのなら」

「は、はい! 分かりました!」


 敬語は抜けなかったけど。

 きっと。

 私の声には、嬉しさがにじみ出ていただろう。

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