026.やれること
病院からタクシーで10分程度。1500円を払ってやってきたのは父さんが務める新庄工業の広島四葉支社だ。中国地方の営業から自社製品の臨床実験などをする拠点としても使用しており、中国エリアに発注する部品を作る工場も隣接している中国・四国地方の一大拠点だ。
僕はそこでタクシーを降りて敷地内に入っていく。入り口には駐在する警備員の人がいる小屋があるのだが、そこで父さんの名前を出して息子だと名乗ればすぐに入れてくれた。あらかじめ父さんにメールをしたところ、自分のデスクまで来いと言われたので本棟の受付カウンターのお姉さんにさっき警備員に話したことをもう一度言えば、父さんにすぐに確認を取ってから6階の本部長室ということを教えてもらった。
近くにあったエレベーターホールで飛び乗って、一気に6階まで行くと、そこは一面茶色の壁があしらわれたオフィス。ここで左か右か間違えたら数分は到達できない。だけど、直感で右に進んで角を曲がってちょっと行けば――あった。
本棟は秘書とかを通さないといけないのだが、別にいいやと思い直接ドアをノックする。
「いいぞ、入れ」
「失礼します」
父さん……ここでは本部長がドアの奥から声を出して僕に入ってくるように促したので そのまま中に入る。デスクと黒い革のソファが対面で置かれ、灰色のカーペットにデスクの周りに観葉植物があるという簡素な造りの中では、父さんが忙しそうにキーボードを打ちなら僕を横目で確認しただけだった。
「翔、学校も行かずどうした。お前にしては珍しいじゃないか」
「うん。話があってきたんだ」
「……そうか」
いつになく強気な僕が気になったのか、キーボードの上で右に左に動いていた手を止めて真っすぐにこちらに顔を向けてきた。だけど、まだ顔は「さっさとしてくれ」ということが隠しきれていない。
「確か前にさ、父さん僕にここでバイトしてみないかって聞いたよね」
「ああ。結局俺も忙しくて答えは聞かずじまいだったが」
「それさ、今更だけど……僕もここで働くことできないかな」
「……理由による。たとえ俺の息子だったとしても、そのために派遣社員を1名クビにする必要があるかどうか」
話を聞いてみると、これからスケジュールを詰めていかなければいけないため、派遣社員を相当数雇っているらしい。僕が最初から働くと言っておけば、派遣社員1名を雇わず、約2か月分の給料を払わないで、かつ違約金も払わずに済んだ、そういうことだ。
「父親の俺が言うのもなんだが、お前は優秀だ。人の上に立って、要領よく何かをこなす能力がある。動揺しやすいメンタルの弱さもあるが、それはただの経験不足だ。だからこそ、放課後短時間のバイトであっても俺はお前には働いてほしい」
「……普段はそんなこと言わないのにね」
「ふん、普段からそんなこと言ってたら俺がただの親バカになるだろ」
「そうだね……理由は、友達の病気が、もしかしたらこの医療ポットで治るかもしれない、その可能性がまだあるから――かな」
普段、家族には”よく話して遊びに行く友達がいる”としか言っていなくて、遥たちのことは言っていなかった。だけど、今日起きたこと、そして恵介から渡されたあのパンフレットを見たら……まだ、僕にやれることがあるんじゃないか、そう思ったんだ。
「なるほど。つまり自己満足と勝手な正義感が理由か」
「そうも言えるよ。でも、もしだよ。それで遥が助かるなら、恵介や峰岸さんも助かるなら。少しでも僕が働いて早く完成出来て、助かる可能性があるんだったら、やりたい」
「……それだけで普通はやるもんじゃないんだがな」
「よく考えてみてよ。アンドロメダシンは”賭け”なんだよ。でも、それを投与したみんなはまだ生きれる可能性を信じているんだ。それと同じだよ、僕も自分ができることをやってみんなが助かる可能性を信じるだけ」
今までもそうだった。自分がやれそうなこはしたけど”賭け”をしたことがなかった。全部堅実な方面に逃げていた。でも、みんなを見て価値観が変わったのかもしれない。かすかな可能性を信じること、それに向かって一生懸命になること。それはいい変化なのか、悪い変化なのか僕にはわからない。
「なるほど。翔、俺たちはあくまで食っていくための金儲けとしてこの仕事をしている。それとお前の考えは違うかもしれない。だが、そういう考えが社内に浸透すればそれはいい方向に向くかもしれない」
父さんは完全にやっていた仕事を放棄して、コーヒーメーカーでコーヒーを作りながらそんなことを言っている。それからこぼさないようにゆっくりと自分のデスクに戻ると、もう一度僕を見てから、またパソコンに視線を戻した。
「ふむ……ちょうどよく派遣になんも仕事してない奴がいるらしいんだがな」
「え?」
「ちょっと待ってろ」
父さん最後に何かを確認すると、デスクのわきにあった内線に向かって会話をし始めた。会話を聞く限りここに誰かを呼びつけたらしい。こう見ると本当に父さんは本部長って言う役職ついているんだなと思う。
それから5分くらい経った後、本部長室のドアがノックされ、父さんの声を聴いてから2名の社員が入ってきた。一人はスーツ姿、そしてもう一人は工場で着る服のようなものを着ているから……おそらく技術畑の人なのだろう。
「よく来てくれたな。紹介しよう、俺の倅だ」
「……どうも」
「常々噂には聞いてましたが、しっかりしてそうなお子さんですね。はじめまして、私はここの人事部で働いている加藤です。そして、隣は技術主任の石江です」
「よろしく」
眼鏡をかけてエリートっぽい雰囲気がある加藤さんと、某青狸に声が似ている石江さんはすぐに僕が座っていたソファの向かい側に座る。そして、それと同時に再びノックが……。
「どうぞ」
「はい、失礼しますわ」
次に入ってきたのは新庄さんだった。四葉高校の制服を着ているからおそらく学校から直接ここに来たのだろう。時刻は午後4時前。今日は模試の3教科だけだったはずだから早めに学校が終わったのだろう。
「五十嵐くんがいるということは、そういうことですか。やっと役者がそろう、そういう感じですわね」
「ええ。ようやく、ですかね」
新庄さんは持っているカバンをどこかに置くことはなく、ソファを通り過ぎて父さんのデスクのすぐ真横に立った。
「それじゃあ、五十嵐君。君にやってもらいたいのは今後ある部品の耐久テスト、そしてその現場指揮だ」
「指揮? それはもうちょっと上の人がやるべきでは?」
「もちろん本来はその通りです。ですが、石江や花音様もサポートに回ることができます」
「今までは某が主任だから責任者だったのでござるが~……某は人に指示出すのっていうかコミュニケーション取るの苦手でござる」
石江さん、それダメじゃん……責任者なんだから積極的にコミュニケーション取らないと。っていうか一人称が某って完全にあれだ、オタクの方面の人じゃん……眼鏡もめっちゃ怪しく光ってるし。
「でも、僕は学校もあるし……そんな1日フルタイムでいることはできないですよ?」
「その点は大丈夫です。ほかにアテがありますので。シフトの方はあとで調整するとして……ひとまず、今後の流れですが、最初は石江について医療ポットの詳細を見てもらいます。今後の性能試験ではパーツ等の問題も色々ありますので。それからは――」
意外と話が長い加藤さんがちょくちょく補足を入れながら5分以上爆速で話し、最後に契約書を持ってきた。なんか母印が必要だったのだが、そこは要領がいい父さんが持ち歩いていたのですぐに問題は解決。
明日から、僕はここで働くことになる。
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