027.揺れる心
その翌日から、僕は午後まで学校に行って、放課後は新庄さんと一緒に会社に行き石江さんについて部品がどうこうなどの、所謂研修をする日々が始まった。みんなに「バイトを始めた」と言ったら驚かれたが……。
仕事自体は最初は研修ということもあって覚えることが多かった。部品の形状からそれの働きなど、一部企業秘密的なところにも触れながらそれを覚えていく。
一方の遥は、1週間ほど検査と経過観察を兼ねて入院することになった。峰岸さんとかは毎日行っているみたいだったが、僕はそんなに行くことできていなかった。バイトにしてはかなりの好待遇で、研修が終わった後の給料は手取りだけで普通にコンビニバイトの2倍近くの額があった。
朝は学校に行き、放課後になると会社に行き7時~8時過ぎに家に帰る。遅い時は9時を回った時に家に着いたこともある。それからご飯を食べて宿題をやって寝る。それを母さんは心配だと言ってくれたが、自分で決めたことだから絶対にやめたくはなかった。
そんな生活が1か月続き、気付かない間に月は跨いで12月になった。
〇 〇 〇
12月最初の水曜日、平日では唯一会社に行かない日だった。それは既に恵介たちにはバレていて、朝に峰岸さんに「ちょっと今日は放課後空いてるんだから付き合いなさいよね」と捕まえられた。別に逃げる気はないけど、今日は特にこちらへの視線が強い。それは昼休みに購買で昼ご飯を食べているときも、ましてや休み時間にトイレに行こうとしたときもだ。
そんな感じで一日中誰かの視線を感じながら過ごした放課後に待っていたのは、ある1つの提案だった。
「クリスマス会?」
「おう。最近はお前も忙しそうだし、遥も一人で寂しいだろうからよ。やろうって昨日4人で話したんだわ」
「それで、僕はその日に予定を開けておいてほしいから1日中誰かに見張られてたのか……」
「だってあんた、知らないうちにフラっとどこか行くところあるじゃない。だからこうして見張ってないといけなかったのよ」
僕はそんな放浪癖みたいなものはないと思うんだけどなぁ……。
「あと、せっかくだから遥のところに行こうって思ってね」
「なんだ、だったら最初からそう言ってくれればよかったのに」
確かに最近は病院に行ってないからあんまり遥には会ってなかったから少し気まずくはある、けど別にそれくらいで逃げることはないし。まさかそれもこみこみで見張られていたんじゃなかろうか。
「まあいいや、とりあえずいこっか」
「おう」
委員会が放課後にあるために僕たちは下校時間が早い。会長はそのせいで学校に居残りだから頑張れとは思いつつも、いつの間にかついてきた西岡君も一緒に僕たちは遥の病室に行くことにした。
〇 〇 〇
学校を出てから循環バスに乗って中央病院まで来た僕たちは受付を済ませるとそのままエレベーターに乗って遥の病室がある4階に向かう。時刻は3時過ぎ、何をしているかと気になってみんなでこっそり見ていたら、「暇だ~」と言いながらおおあくびをしているところだった。
「あいつ、のんきだな……」
「まあ私たちは病室が実家みたいなものとはいえ……あそこまでリラックスされていると私たちも入りづらいわね」
「だなぁ」
結局、僕と峰岸さんと恵介でじゃんけんをして、負けた人が最初に入ろうということになって、恵介がその大役を負かされることに。あいつってなぜかこういう賭け事とか運要素関わるの弱いんだよなぁ。
「じゃ、行くか」
「そうね」
流石にこれ以上病室の前でコソコソして看護婦さんや警備員に迷惑をかけるわけにもいかないので、恵介を先頭に個室へと入っていく。もちろんドアが開いた時点で遥は僕たちに気づいていたみたいで、すぐにこっちに向かって手を振ってくれた。
「んーっ、今日はみんな来るの早かったね。一応くるって聞いてたけど」
「今日は委員会があったのよ、だから早く帰れたの」
「そっか~、じゃあ奏ちゃんは大変だねぇ」
「まああの人はそれをよしとしてやってるからねぇ」
先ほどまでの暇そうな顔から一転して、遥は僕たちに向かって明るくそしていつものように無邪気な顔を向けてくれた。あの後検査入院ではなく治療のために入院することが決まり、学校にはこれなくなっていた。ただ、配布物とかは届ける必要があるので、ほぼ毎日僕たちの誰かが病院に届けに来ているのだ。僕はバイトで行けるときは少ないけど……。
「そういえば翔がいるのは珍しいね~。最近はバイト始めたからって来ることあんまなかったのに」
「いや……その、ごめん。バイト先結構忙しくて」
「わかってるって」
ちなみに、みんなには新庄工業でバイトしているとは言ってない。街の北側にあるファミレスでフロアスタッフをしていることになっている。まあ実際にはその倍近くの給料が今は僕の口座に振り込まれているわけであるが。
「そうだ、なんか買ってくるよ。なんかほしいものある?」
「う~ん、暇つぶしの本かなぁ。点滴してるときとかあんまやることなくて暇なんだよねぇ」
「な、なるほど……」
「あ、今とは言わないけど次来る時までにお願いしたいな~って。ジャンルはなんでもいいけどボクの頭で読めるので」
「じゃあほとんどねーじゃん」
最後に余計なことを口走った恵介は横合いから峰岸さんの肘が横腹にヒット。そのせいで一瞬顔を歪めているのを見ながら、ちょうど来たメールを確認しようとポケットからスマホを取り出す。そこには、新庄さんから折り返し電話してくれとの内容が。
「ごめん、ちょっと電話してくるよ」
「おう、行ってら~」
「相変わらず忙しいわねぇ……せめて病院の中くらいはゆっくりできないのかしら」
「まあまあ、翔も忙しいんだよ。ボクたちは働いてないからあんまりわからないけだけだよ」
徐々に僕がみんなから離れている――そうは思いながらも病室を出て、いったんロータリーまで来てからスマホを取り出して電話をかけてみる。
「もしもし、五十嵐です」
「はい、新庄ですわ。やはり貴方は仕事が早い方ですわね」
「それで、ご用件は?」
「おっと、そうでしたわ。実は、医療ポットの部品の件で問題が発生しましたの。詳しくは明日お話いたしますわね」
脊椎反射的に「今からそっち行きます」と言おうとして、僕はさっきみんなが言っていたことを思い出して、感じたことを思い出した。僕はみんなから離れかけている。
確かにバイトは忙しい。好待遇で新庄さんの片腕半分、父さん……本部長の片腕半分のような立場だからそれなりの仕事はしないといけない。
でも、それに没頭しすぎて遥や恵介、峰岸さんから離れすぎているんじゃないか、と。
「わかりました、それじゃ」
今頃、社内だと大騒ぎになっているんだろう。そんな時だから僕も行かなきゃいけないんだろうとは思いつつ……どちらに真剣に向き合えばいいかわからない。
まだ、僕の心は揺れっぱなしだった。
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