020.瀬戸内バカンス 後編

 朝5時台から電車に揺られること30分。岩国駅に到着した僕たちはすぐに下関行の電車に乗り換えてさらに15分ほど移動してとある駅に降り立つ。時刻はまだ7時前だからバスは出てないからしばらく駅近くを散策して暇をつぶし、始発のバスに乗り込んで目的地の海水浴場に向かう。同じ考えの人が多いのかわからないが、早朝のバスにしてはかなり混んでいた。

 そのままバスで再び20分くらい行けば大きな橋を渡って周防大島に入る。そこからまた十分程度かけて目的の海水浴場までやってきた。


「う~ん……潮風が気持ちいいね~!」

「少し遠かったけど、バスから見た海岸線だけでも来た甲斐があるというものだ」

「さすがにそれはないでしょ」


 最寄りのバス停は海岸線にあるところで、バスの中からキレイな瀬戸内海がよく見えていた。天候だけが心配だったが、今日の空は雲と青空の比率が2:8くらい。強い日差しが朝から僕たちを串刺しにしている。


「暑い……」

「じゃ、とりあえず海水浴場まで行っちゃおうよ!」

「だね。海の家とかあるし、あと一応パラソルみたいなのも持ってきたから日陰作れるから」

「オッケー、そうするか」


 この真夏でも変わらずにパーカーとフードをかぶっている西岡君にだったらそれを脱げと火の玉ストレートを投げる会長を横目に、僕たちは近くの交差点を渡って眼下に広がる白い砂の世界に駆け降りる。8月中旬のせいで地面が熱いが、それもまた面白い。


「さーって、いいところ確保しないとねぇ」

「海の家と救護所があるならそこに近い所がいいんじゃないかな。何かあったら大変だし」

「それがいいわね」

「よーっし! そうと決まれば早く場所取って着替えよー!」


 この炎天下の中でも元気な遥が僕たち5人を先頭に軽く走ってみせる。それに僕と恵介、峰岸さんが続き、後ろではスポーツドリンクをがぶ飲みする西岡君と呆れる会長が歩いてくる。それを確認しながらまた3分程度歩いて丁度救護所と海の家の中間くらいのところまでやってきた。まだ人も少ないし、ここら辺がいいだろう。


「それじゃあ、ここら辺にパラソル立てて……」

「なあ翔、結局昼飯にバーベキューやるっつてたけど、どこでやるんだ?」

「あっちになんか白いテントみたいなとこあるでしょ。そこでやるんだよ」


 昼時になったらあそこの海の家に行って予約していたことを言えば材料とかをくれることになっている。今回予約の名前は僕のを使ったからあとで僕が行くことになるんだろう。持ってきていたパラソルの傘を開いて砂浜に固定した後は、下にシートを敷いてその上にみんなの荷物を置く。


「よし、じゃあ着替えてこようか」

「すぐ近くに着替えれるところあったよね?」

「おう。ちょうどあの海の家の奥にあるぞ」


 あんまり来たくないと言ってた割にはよく施設を見ていた恵介が指さした方向には海水浴場では珍しい脱衣所が。近くにはシャワーを浴びれる施設があるからそれに付随している施設なんだろう。じゃあそこで着替えて早く遊びに行くとしよう。


  〇 〇 〇


 すぐに更衣室で水着に着替えた僕たちは、思うがままに海を満喫していった。波打ち際を歩いてみたり、遠くから眺めてみたり。全員体力がそんなにあるわけじゃないから本当に泳ぐ、ということはしなかったが腰くらいの深さがあるところまで行ったりくらいはした。終始恵介は溺れるんじゃないかとびくびくしてたが、それを峰岸さんにいじられてやけくそになっていたのが面白かった。


 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて、お待ちかねのBBQタイムに突入。僕と体力に余りがある会長、そして峰岸さんに巻き込まれるまで陸地で何もしていなかった――もとい荷物番をしていた西岡君が強制的に海の家から食材を運ぶ役目についた。もちろんみんなこの時を待っていたわけで、一個でも地面に落としたとかをすると待っていた3人にタコ殴りにされるだろう。


 ちょっと怖かったが、なんとか大量のビーチを陣取っていたパラソルの軍団を避け、BBQをするためにテントが張られた場所まで行けば、他の3名は既にトングを構えて焼く気満々であった。


「よーっし、じゃんじゃん焼くぞ~!」

「だな。まずは景気よく肉から焼いてくか!」

「野菜もちゃんと食べるんでしょうねぇ?」

「もちのろんだ! 先に肉焼けばそれが代わりに油の役目はたしてくれんだろ」


 網だから肉汁は落ちてしまうから多分無理だぞというツッコミは心の中でぐっとこらえて、僕は持ってきていた荷物の中から小型の石焼き機というものを持ちだす。偶然広島のワークショップのようなところで手に入れたそれは、夏の太陽光を集めて石を熱して、肉を焼くというものだった。いつかやってみようと思いながらも、出番がなく。今日こそこいつがしっかり仕事をする日だ。


 ちなみに砂浜の場合、砂埃があるので専用のシールドのようなものを使う。


「そんなものをいつの間に……」

「晴れてる日のキャンプとかで使えるんじゃない?」

「スタンドがついてるからそれを組み立てて……」

「それも使えるならそっちでも焼いてみるか」


 炎天下の砂浜に専用のシールドもつけて10分くらい放置しておけば、試しにホタテの貝柱を置いてみれば『ジュ~』という身を焼くときに出る独特な音が耳に入り込んでくる。最初のうちはちゃんと焼けるのか心配だったが、しっかりと機能しているようである。


 ひとまず、第1陣の肉と、僕が個人的に焼いたホタテが焼き上がり、ここからは焼きながら食べていくことになった。


「う~ん、美味しいねぇ」

「このロケーションで美味しくないわけがねぇ!」

「幸せだぁ……」

「…………美味い」


 恵介は炭酸水を片手に豪快に、遥も勢いに任せて、峰岸さんは海を見ながら、そして西岡君は端で少しずつ。三者三様の反応を見せながら次々に焼けるご馳走に舌鼓を打つ。貝や肉串と言った大物は網で焼き、ピーマンとかナスとかの小物は持ってきた石焼き機で焼いていく。2時には撤収することが決まっているため2時間30分でいかに楽しむかだ。


「ねえ翔、どれ焼いてほしい?」

「え? じゃあサザエお願いするよ」

「りょーかい! サッチーは?」

「私はちょっと休憩するわ……一気に食べるのはもったいないから」


 なぜか一番背が低い遥が奉行となって2つあるBBQ用の網焼き機を行ったり来たりしてそこで焼きあがったのを恵介が勝手に取る。会長も焼き奉行には参加しているが、自分とアレルギーが少々あるという西岡君の分を選り分けて細々と焼いて食べている。ちなみに僕は石焼き機の焼き奉行だ。


「そういえばずっと気になってたんだけどサザエってどうやって身を出すの? 確か巻貝っていうやつだから複雑なつくりなんでしょ?」

「そこはこう、つまようじで刺してくるくるって……巻き取るみたいな感覚で」

「へぇ……あとでやってみよ」


 もちろんできずに途中で途切れてしまい遥が自棄を起こしたのはまた別のお話。

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