019.瀬戸内バカンス 前編

 僕が茨城から帰ってきた数日後の早朝。夏だからか5時くらいなのにもう太陽が昇りつつある。今日は待ちに待った旅行の日。みんなとは5時30分に駅前で待ち合わせしている。いつも時間にルーズな遥は会長が起こしてきてくれるって言ってるから大丈夫だろう。むしろ僕が起きれるかどうか心配だったんだけど。


「それじゃ、行ってくるよ」

「……まったく、我が弟ながら忙しい限りね。お母さん、車の鍵ちょうだい。私が駅まで送ってくるから」

「え、いいよ。そんなに荷物ないし」

「いいのよ。この後友達と福山に行く約束してたし、借りようと思ってたから」


 なるほど……だから早朝に見せる誰の目も気にしないような恰好じゃなくて、すぐにでも出かけられるようにしていたのか。まだ靴下とかなんにも履いてないけど。


「その前にあなた……靴下くらい履いてきなさい……それと寝癖ついてるわよ」

「え、うそ……」


 母さんにそんなことを指摘された姉さんは、慌てて自分の部屋に戻って寝癖を直してから靴下を履いて戻ってきた。そして、そのまま僕を車に放り込んで駅までの道のりを辿り始めた。


「そういえば、朝ごはんどうするの?」

「えーっと、駅前にコンビニあったから早めに出てそこで買おうかなって」

「確か国道沿いにも一つあったでしょ。あそこの方が品揃えいいからそこで買っていくといいわ」


 なぜそんなことを知っているのかわからなかったが、とりあえず姉さんの言う通り国道沿いのコンビニで朝ごはんを購入。姉さんには送ってくれた感謝を込めてコーヒーを渡しておいた。

 そこからさらに車で3分ほど行けば、あっという間に上四葉駅のロータリーに到着。車の助手席からは時間通りにやってきていた恵介と峰岸さんが僕が乗る車に目を向けていた。


「もしかして、あの子たちと一緒に行くの?」

「うん。まだ17分なのに……結構早く来てたんだなぁ」


 抱えていたバッグを持って車から外に出ると、恵介と峰岸さんがこちらに手を振りながらやってきた。話を聞く限り10分にはこのロータリーについていたようだ。恵介は昨日の夜に早く寝過ぎて4時くらいに目が覚めたから、峰岸さんは楽しみで眠れなかったから、とそれぞれ言い訳をしていた。


「それにしても車で来るとは聞いてなかったぜ。徒歩で来るもんだと思ってたわ」

「あー……うん、なんかこのあと福山行くからそのついでに姉さんが送ってくれて」

「へぇ、いい人じゃない。こんな時間から送ってくれるなんてなかなかないわよ」


 それからまだ来ていない3人がいつ来るか予想するという変な会話で盛り上がっている間、姉さんはコーヒーを飲んで待っていてくれたようで、ひとしきり話し終わった時に僕の所に来て5000円札を渡してきた。


「えーと、これは?」

「6人で行くんでしょ? 旅費とかの足しにしなさい。あと、何か私にお土産買ってきて。友達にも配りたいから箱で少し数があるものね」

「う、うん。探してみるよ」

「あと、写真もね。帰りは迎えに来るから電話しなさいよ」

「別に帰りはいいよ……」


 帰りはみんなであの交差点まで歩いて帰ろうと思ったけど、なぜか姉さんは「帰りはワゴンでみんな乗せてくから」と言って車で去って行ってしまった。僕の家にはワゴン車なんてないんだけど……どこから持ってくるんだろうか。


「ほんっとうにいい人だな……」

「そうねぇ。私もああいうお姉ちゃん欲しいわ」


 サイドウィンドウを点滅させて駅のロータリーを出ていく姉さんの車を見ながら、恵介と峰岸さんがそんなことを呟いていた。確かにいい人だとは思うけどまだ何を考えてるかわからない。ひとまず5000円は予備費で使ったらしっかりレシートと領収書を取って渡しておこう。


  〇 〇 〇


 その後、5分ほど遅れて西岡君と会長、そして遥の一団が到着したのですぐに駅の中に入っていく。39分の電車に乗るために30分集合にしてたからギリギリだった。


「あー……危なかった。奏ちゃんが起こしに来てくれなかったらどうなってたかわかったもんじゃないよー」

「やっぱ寝坊したんだ……」

「うん、楽しみ過ぎて0時くらいまで起きちゃってて。それで気づいたら寝てたんだよねぇ」


 よくよく見ると、遥の頭には局地的に寝癖がぴょこんと立っていた。予想だけどリビングのソファーで寝てたな……? 僕も昔ソファーで寝てしまった時に似たような寝癖がついてしまったことがある。


「とりあえず今日は楽しい夏の思い出作れたらいいねぇ~」

「うん」

「そうそう、聞いてよ五十嵐君! この前私たちが広島に買い物に行くって言った時さ、恵介がなにしたと思う? 一緒に行こうか、だって! 女の子が水着買いに行くのについてくる気だったんだよこいつ!」

「い、いやだって水着買いに行くなんて思わねーじゃんよ」

「かー、わかんない奴ねぇ。海に行くって話になってたら普通そのために広島まで行くでしょお?」

「ははは……」


 その……恵介、お疲れ様。


  〇 〇 〇


 朝5時台に2本あるうちの2本目の電車に乗ってひとまず僕たちは岩国方面に向かう。目的の周防大島は広島県じゃなくて山口県にある。なので岩国で乗り換えさらに行き、そこからバスでの移動になる。正直5時台なんていう早朝に出なくてもよかったけど行くならなるべく早く行って場所取りをしておいた方がいいと会長が言っていたのでそれに従うことにしたのだ。


「やっぱこの時間は誰も乗ってねーな」

「当たり前よ、こんな時間から通勤ラッシュよろしく満員になられても困るわよ」

「あはは……でもあと1時間遅れれば通勤ラッシュに入ってたから結果的に早く出発したのはよかったかもね」


 たいていの人は広島方面に出社すると思うが、岩国もそれなりにでかいところだから毎日朝と夜辺りはどっち方面も人で混みまくっている。僕はまだいいけどみんなはそんなに体力がある方じゃないから座って帰るためにもこれが最善の結果だったと思う。


「ちなみにどこまで行くの?」

「確か岩国でまた乗り換えでもうちょっと下関側に行ったところだったはず」

「ああ、駅名に関しては私が覚えてるから大丈夫だ」

「おお、さっすが会長!」

「ただみんなに計画を立ててもらうだけじゃ悪いからな。降りるバス停とか帰りの新幹線の発券の仕方とか全部暗記してきた」


 流石、会長は頼もしい。さっきも転換クロスシートの向きを変える方法がわからなくて僕と峰岸さんが焦ってた時もすぐに気づいて教えてくれたし。具体的な計画の草案を考えたのは僕のはずなんだけどなぁ……。

もう少し自分がしっかりしなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る