007.サプライズ

 僕が彼らの事情を知ってから丁度1か月が経過して5月になった。新天地での学校生活にもおおよそ慣れてきたといっても過言ではない。

 あれから僕は彼らともう一度話し、僕の気持ちとかどういう心持をすればいいのかなどを教わり引き続き関わることにした。正直最初の1週間くらいはギクシャクしていたけど、1人を除き別にコミュ障というわけでもないから自然と時間の温度が僕たちの間にあった厚い氷を溶かしてくれたみたいだった。


 4月に続いて5月にもあった面倒な模試も終わった翌日。僕は休日だというのに高畠さんに呼び出されていた。しかも僕たちのグループチャットがあるのに電話で。誰にも言うなというんだから何がしたいのかわからない。


 というわけで土曜日の午前、僕は時間通りに上四葉駅の南口に来た。家は北口の方だからこっちに来たのは初めてだ。北口は商店街が広がっているが、南口は少しこじんまりとしたロータリー以外に目立つものはなかった。背後にある広島方面ホームには丁度電車が来てすぐにドアを閉めて行ってしまう。


「ん? 翔じゃないか」

「あれ? 恵介」


 丁度ホームを滑り出していった電車を眺めていたところ、背後から聞きなれた声がした。それはもちろん恵介で、今からどこかに出かけるようだった。


「何やってんだこんなとこで」

「いや、それが高畠さんに呼ばれて……」

「そりゃ偶然だな。俺もだ」

「そうだったんだ」


 恵介もそうだったのか……これでますますわからなくなってきたぞ、本当に何がやりたいんだ……。土曜日……休日に呼ばれたからには絶対に何かあると思ったんだけどなぁ。


 それから恵介と雑談すること30分。電車がさらに1本出て行っても高畠さんの姿を見ることはかなわなかった。


「……遅くない?」

「あ~、遥って時間にルーズだから。30分遅刻は当たり前だな。今からあいつの家に押し掛けることもできそうだなこりゃ」

「……マジで?」

「ああ、遥は女子の学生マンションで一人暮らしだからな。夜こそ男子は入れないが日中なら入れるぜ」


 なるほど……確かにバスに乗れば10分くらいで学生マンション近くのバス停まで行くことはできる。行き違いにならないかが心配だけど。


「ちなみに俺が入院してた時だけどな、あいつ10時に見舞いに来るとか言って15時に来たからな。そんくらいだぞ~」

「ルーズとかいう次元じゃない……」


 なんていう話をしていた丁度その時。マナーモードにしてあった僕のスマホに誰かから着信が入る。心なしかちょっと焦っているような感じがする。誰からかを見ると、高畠さんから……。


「あ、はいもしもし……」

『ごめんんんんん! 今やっと起きたんだ! ボク目覚まし時計の設定間違えちゃってて……!』

「あ、うん……そっか」

『キミ、今どこにいるの?』

「上四葉駅に。恵介も一緒だけど」

『な、ならよかった! ボクを待たないで先に広島駅に行って! そしたら路面電車で原爆ドームの前に! そこに奏ちゃんがいるから合流して!』


 ものすごく慌てているのだろう。電話の最中にも何かが棚から落ちる音とか騒がしい足音がひっきりなしに聞こえてくる。アラームのかけ忘れはわかるけど一体何時に設定していたんだろうか……。


 拡声にしていたおかげで恵介も事情は理解したらしく、頷くと僕に「ちょっとスマホ貸してみ?」と言ってきたので僕は素直に電話を差し出す。


「よぉ遥」

『ゲッ……けいすけ……』

「悪いが翔とかわったぜ。んで、俺が言いたいことわかるよな? 長年の付き合いだし」

『うっ……』

「去年の8月のこと忘れてないぜぇ、俺は」

『わ、わかりました……あとで何か皆に奢るよ……』

「よろしい、んじゃ先に原爆ドーム行ってるわ」


 そういうと高畠さんと通話を切ってスマホを僕に返してくれた。通話を勝手に切るのはどうかと思うんだけど……。


「くっくっく、これで今日1日遥は俺たちのいいなりってわけだ」

「う、うん……」


 悪い笑みを浮かべた恵介は肩を震わせながら2階にある改札に向かうために南口の階段へ向かって歩き出したので、僕もそれに続く。


 この後一体何が始まるのやら……。


  〇 〇 〇


 そんなことがあった数日後。僕は再び上四葉駅に来ていた。今度は北口に。ただ、今日はこれからやる目的は全てわかっているから気持ちは楽だった。むしろワクワクする。というか今度こそ時間厳守なんだけど……高畠さんは時間に間に合うように来るのだろうか。


 集合時間の10分くらい前に恵介が現れ、そして珍しく西岡君もフードをかぶって合流した。前回はいなかったけど手にはしっかりととあるものを持っていた。


「その……前回はごめん」

「いや、大丈夫だけど……何かあったの?」

「あ、うん……前にも言ったけど、その、アドバイザーだから……そっちの活動が……」

「あ~、そういえば学生アドバイザーの活動は土日だったな」

 

 思い出したように恵介がつぶやく。確かアドバイザーは土日に地域の会館とかで相談を受け付けているほか、場合によっては全国各地の学校で講演をするんだとか。


「講演は……やったこと、ない、けど……」

「まあ西岡のコミュ障じゃあ出来ねぇわな。俺たちの前以外だと」


 西岡君は対面であんま相談を受けれない代わりにネットで活動をしているらしい。今の時代ネットでの質問とか相談が多いんだそうだ。


「今日も遥が遅刻したらなんかおごってもらうか」

「……前回アイスとジュース皆に奢って涙目になってたじゃん」

「はっはっは、そりゃ遅れるのがわりぃ。どうせ遅れると思って俺はこれの代金とお好み焼きの金しか持って行ってなかったからな」


 結局広島で高畠さんは人数分のジュースと屋台のアイスを奢らされていた。当然僕は遠慮したけど高畠さんが「いいよ……これからもどうせ遅れるから迷惑料ってことで……」というので少し抵抗がありながらもおごってもらったのだ。もちろん合計で1000円くらい使ってしまった高畠さんは涙目で会長に泣きついていたわけだが……。


「そういえば、会長が峰岸さんを連れ出すので正解だったのかな?」

「ああ、会長は時間に正確だからな。遥がしくじって俺たちと鉢合わせになったらそれこそ失敗だろ」

「……会長は、アドリブも、うまいから……ごまかせる!」


 なるほど……だったらいいのか……。理にかなっているようで若干高畠さんをディスっているような感じもするんだけど……。これは2人とも言ってた去年の8月を根に持っているな。


 時間があるという判断で僕たちは近くのスーパーで買い物をしていると、偶然高畠さんと遭遇。例によって時間を忘れて買い物をしていたらしく、ここでも人数分のドリンクを奢らされていた……。

そのドリンクを片手に僕たちは循環バスに乗って学校の近くにある学生マンションへ。そこから迷わず女子生徒専用のマンションに向かう。


「やっぱどっちもでかい……」

「まあね。学校の約6割の生徒はこういう学生マンションに住んでるから。ちなみに学年ごとに建物は違うよ」

「学校の周辺にこれと同じのがもう5つあるのか……」


 10階建てでかなりの敷地を誇る学生マンションのエントランスを通り、4階へ。恵介と西岡君はそわそわしていたけど……何がどうしたのやら。


「ふっふっふ、安心しなさい二人とも。君たちが想像しているようなものは落っこちてないように来る前にしっかり片づけておいたから」

「チッ!」

「ただでボクが遅れるなんてあるものですか!」


 えっへんと背筋を伸ばし得意げな高畠と対照的に舌打ちしてからがっくり肩を落とす恵介、そして見た目かわらずにポーカーフェイスに徹する西岡君。本当に何があった……。


「全く何を考えていたんだか……男子が来るのにそんなもん転がしておくバカはいないよ」


 エレベーターを降りた僕たちは若干呆れてる高畠さんに続いてとある部屋に。一般的なマンションより気持ち広いくらいの部屋で、恵介の部屋と間取りはおんなじのようだった。


「さぁて、ボクは料理を作るからみんなは飾り付け頼むよ! リミットはあと45分くらいだからね!」

「高畠さんって料理できたんだ……」


 ……一人称がボクの女子ってたいてい料理できないものかと。


「……何か言った?」


 …………すいません包丁を手に取りながら笑顔にならないでください。


  〇 〇 〇


 それからきっかり45分後。丁度すべての料理をテーブルに並べたとき。玄関からカギを回す音が聞こえてきた。主役が帰ってきたのだ!


『……来たぞ』

『本当に時間通りだったね』

『配置OK、クラッカーOK』

『料理もOK、プレゼント隠しOK』


 まるで軍隊の真似でもしているのだろうか、ほぼジェスチャーだけで会話を終わらせる。手にしているクラッカーが小刻みに揺れているからみんな緊張していることがわかる。


「ただいま~」

「お邪魔する」

「あ、うんあがってあがって」


 ターゲットロックオン! 会長も一緒だ。さあ、後はリビングへの扉を開いてくれるだけだ! 

 ……そして、ついにその時はやってきた。リビングの部屋が開いたその瞬間、僕たちは一斉にクラッカーの紐を引く。


「「「「誕生日おめでとうっ!」」」」

「きゃあ!?」

 

 突然四方八方から浴びせられたクラッカーの音と飛び出す中身に驚いて軽い悲鳴をあげた峰岸さんは、ヒラヒラを身体に纏わせながら放心状態になってしまう。


「……これは」

「そう、サッチーの誕生日会! もちろんサプライズ♪」

「……そっか……今年もやられたかぁ。ということは奏も」

「うむ、もちろん共犯さ」


 後ろを見て微笑みながら自供する会長。その手にはちゃっかりクラッカーが握られていた。いったいどこから持って来たんだそれ……。


「やっぱサプライズじゃないと面白くないじゃん? 仕掛ける側が」

「ま、やっぱたまにはこういう祭りがねぇとな!」


 きょとんとした顔を見て満足げな高畠さんと恵介。相変わらず二人そろって悪い笑みを浮かべるものだ……。西岡君はどこか申し訳なさそうだったけど。


「はぁ……とりあえず、皆にありがとうって言っておくわ」

「その言葉はまだまだ早いよ~。しっかりプレゼントも買ってきてるからね」

「しっかり感動して泣きながら言ってもらおうか」

「今までこの手で私が泣いたことないの知ってるでしょ! まったく……まあいいわ、料理も作ってくれたみたいだし、今日は皆で楽しむしかなさそうね!」


 それを聞いた僕たちも「おお~!」という歓声を上げる。時間は大丈夫なのかと聞いたら、しっかりと先生に許可をとってそれなりの時間までここに居れるらしい。またしても高畠さんは申請するのを忘れていたらしいが、会長がそこをカバーしてくれた。


 それからみんなで高畠さんの作った料理を食べて、皆でテレビゲームやらボードゲームを罰ゲーム付きでやった。なぜか西岡君は全勝、恵介は狙われたかのようにフルボッコにされ罰ゲームの一発芸は彼のワンマンショーになっていた。なかなかコアな物真似だからか何度もリテイクをさせられていた……。


 そして最後にケーキを出さんとするとき、何かを思い出したかのように峰岸さんがベランダに出ていく。

 そして少ししてからため息をついて、そのまま外を眺め始めた。今日は月もきれいだったからそれを見ようと僕もベランダに出てみた。


「……あ、なんだ五十嵐君か。今日はありがとね」

「ああ……うん。本当は主役が一番盛り上がらないとなのにこっちの方が騒いじゃってて……なんかごめん」

「いいのよ、誰かの誕生日になると本人以外が騒ぐなんてよくあることよ」


 そうなんだ……。あるあるなんだ……。


「……私ね」

「うん」

「数年前まではこうやって友達に誕生日を……っていうか友達すらできると思ってなかったんだ」

「……そうなんだ」

「物心ついた時から気付けば病院のベットの上。見上げても蛍光灯と白い天井があるだけ。なんの犯罪も起こしてないのに……独房にいれられているようだった。まるで生きていることが犯罪みたいにね」


 聞けば、峰岸さんは5歳くらいからこまめに入院と退院を繰り返しているらしく、中学生時代のほとんどは病院の院内学級だったという。そして高校生になると同時にここに来たらしい。


「ここにきて一人暮らしはじめてもさ、やっぱここも独房な気がして当時は落ち込んで何も話さなかった。自分が服用したアンドロメダシンは変化をくれなかったのか、って」


 アンドロメダシンは一時的に患者にかかる負担や痛みなどを軽減する薬だ。これが開発されたおかげでこの街にいる人々は動けていると言っても過言ではないだろう。この学生マンションに住んでいる人の9割以上はこれのお世話になっているはずだ。


「それでたまたま同じ境遇の奏とか遥に出会ってさ。恵介にもその時か。みんな楽しそうに生きてた。それで一緒に生活していくうちに自分は世界一不幸な少女って思ってたのが今では世界で一番楽しい人生を送る少女に変わったんだよね」

「そっか……」

「だから、皆には感謝してるよ。たま~にこうやっていたずらとかサプライズとかされちゃうけど……」


 そう苦笑いした峰岸さんは自分の部屋に向けていた顔を再び外に戻し、今度は空を見上げ始めた。


「……こう夜の空を見上げていると今日も、今月も、今年もしっかり生きれたって気分になるんだよね」


 ……聞いていて、やはり僕と彼らとでは心持が違うことがよくわかった。何も生命の危機というものを経験したことがない僕と彼らでは1日の、そして1月の、1年の重みが違うんだ。

 だからこそ、僕はこの言葉を贈る。


「峰岸さん」

「……なに?」

「誕生日おめでとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る