006.”死”街地
「……”死”街地?」
「そう。政府は”死”に対する精神的な苦痛の緩和、そして医療技術の発展を目的に丸々一つの街を再開発して、社会的にまだ幼い人たちが安らかに死ねる場所を作ったってこと」
「……死ぬため……に?」
「そうだ。冷静に考えてみろ。死ぬって怖いだろ。余命宣告なんかされりゃあ尚更な。だからこうして住みやすく穏やかな時間が流れて”死”に対する精神的な苦痛を緩和するために、ある意味人道的な処置として作ったんだよ」
「……だけど悲観することばっかりじゃないのよ。ここには最新の医療テクノロジーが満載。その臨床実験も行われているの。それが確立すれば真っ先にその設備を使えて治るってこともありえるの」
彼らの口から語られたのは、僕の予想の数倍も上を行く事実だった。
この街が作られたのは今からちょうど15年前。当時とある国がここと同じ特区を地方都市に作ったことが始まりだ。そしてそれから1年とたたず日本もこれを導入した。日本には安楽死というものはない……そのため余命宣告を受けた患者は精神的な苦痛が死ぬまで続く、それが人道的とは言えないのではないか。そのような考え・思想からここが作られたのだ。
「……じゃあ、皆は」
「ああ。俺と幸、遥はすでに余命宣告を受けた患者だよ」
「僕と生徒会長は”元”患者……そしてここに来た人たちのカウンセラーとかをボランティアでするアドバイザー……」
次の瞬間、僕はさらに叩き落される。この中の3人は余命宣告を受けた患者……つまりもう先は長くないと医学の力で証明されてしまった人たち……。
どう、すればいいんだろうか……どう反応すれば正解なんだろうか……。こんなことを知ってしまった自分に嫌悪感を感じ吐きたくなってきてしまう……!
「……あはは、普通こんなことを聞かされたらこうなるかぁ」
「だね。でもボクたちはこうして笑って生きているじゃん。なんでだと思う?」
「………わか、ら、ない……」
高畠さんからの問いかけの応答で出せた言葉はこれだけ、だった。今も僕の頭の中は混乱しきっている。どうしても動揺を隠せない……。
「それはね、まだ”治るかも”っていう可能性があるのと、単純に今が楽しいからだよ」
「え……?」
「こうして皆とご飯を食べに来れる、勉強ができる、青春ができる。本来は白いだけの世界しか見れないのに、こんなことが出来るからね」
……確かに、病院の病室にいるだけじゃあつまらなさそうだけど。……だけど。
「やっぱちょっとショッキングな話だったかなぁ~。ごめんね」
「い、いや……こっちこそ、自分から聞いといて……こんな反応しちゃってごめん……」
「いいよいいよ、もし私がそっちの立場でもおんなじ反応……ううん、もっとひどいことしてただろうしね」
峰岸さんはこう言ってくれたものの、僕はまだ、というか一切納得もできてなかったし、さっきまでのように話せるなんて思うことはできなかった。
「あ、そうだ。翔、カレー少しもらっていいか?」
「え……? 別にいいけど……」
「恵介、あなたねぇ……もうちょっと場の空気を読むってことできないのかしら?」
「ハハハ、そんなんじゃ久しぶりの外食も楽しめねーっつーの」
僕の皿からカレーを自分の小皿によそりながらそんなことを言う恵介。この時だけは何事もマイペースでやっていける恵介が羨ましかった。
〇 〇 〇
その日の夜。僕はあんまりご飯を食べられず自分の部屋に篭っていた。ひとまず、今日起きたことを誰かに話して、自分は楽になりたい、そういう気持ちだった。
そんなことを思いながら電話に手を伸ばした瞬間、僕の電話に受信があった。しかも丁度電話をかけようと思った相手だったのだからびっくりだ。
「はい、もしもし……」
『あ、もしもし。大川です。お久しぶりです』
「丁度よかった。これから電話しようかなって思ったところだったんだよ」
『え? あ、そうだったんですか。それはそれは』
電話の相手は大川。僕の出身校の2年後輩だ。ただし去年の秋に転校してきたということもあり直接学校で会ったことはない。じゃあなんで接点があるかというと僕が中学校では生徒会で副会長をやっていて、白石も生徒会で書記をやっていて……OBと現役でたま~に顔を合わせることがあるのだ。
現会長の美佐島がOBとの関わりに積極的ではなかったら知らなかっただろう。
そしてなんで彼にかけようと思ったかというと、彼がとても聞き上手ということ。他の人たちに話したらそっちもパニックになりそうだったし。2学年下の後輩を頼ることは少し抵抗があるけど、それでも僕は今すぐこのことを忘れたかった。
『そういえばかいちょー……美佐島から聞きましたけど転校したらしいですね』
「うん、親の仕事の都合上で……」
『転校の時の挨拶、アレ緊張しません? 俺はまだ知り合い多かったからあれですけど、完全に知り合い居ない状態っすよねそっち?』
「あ、ああ……まあなんとかできたよ」
大川はまあまあなコミュ障陰キャだからね……慣れれば犬だけどそれ以外には警戒した猫レベルの警戒度を示すからねぇ。やっぱ人前に立つ経験かな?
『それで、そちらでの生活ってどうなんです? 聞いた話だと広島ってことでしたけど」
どこから流出したんだその話……確か美佐島には広島の方面に転校するとは言って……広島って言ったなぁ! そういえば言ったね!
「あ、うん……じつはさ……」
すこし気分はあれだったが、僕は改めて今日自分が体験したことを話す。ここが”死”街地ってことも、今日話した同級生の5割が未だに症状をかかえていることも、ここの存在意義も、全部……全部……。
『なるほどですねぇ』
僕がひとしきり話し終わった後、数秒の間をおいて何かを考えるようにそう呟いた。背後では何かを調理しているような音も聞こえる。
『よっ……と。その話はネット上では相当有名な話ですよ。特にホラゲ界隈では常識みたいなとこあります。不謹慎とは思いますが、彼ら創作者からしたら現代版ホラー街なんてネタの宝庫にすぎませんからね』
「なっ……」
包丁で何かを斬る音をBGMに大川はそんな衝撃の事実を話してくる。なんでもここ最近も四葉町がモデルと思しきゾンビ系ホラーゲームが出たばっかだとか。
『俺はそういうのやらないですし、住民の境遇を思えばそんなことはしませんけど。俺たちみたいにMMO系のゲームを好む者だと、まあたまにチャットで話のネタにはなります』
「いや、でも……」
『先輩の言いたいことはわかりますよ。俺も最初聞いたときはびっくりしましたからね。それにその当事者たちから話聞いたなら衝撃はすごかったでしょうね』
今度はまな板から切ったものをフライパンで炒めるような音がしている。音でわかるけどかなり弱火なようだ。そして、僕が「じゃあ……」と言い始めようとした瞬間、続きの言葉が返ってきた。
『まあ俺も何も知らずそんなこと聞かされたら今後上手くやっていけるかなんて思いませんよ。そもそもしなくてもクラスの端っこでボッチ生活してると思いますけど』
そこで少し苦笑いした彼はさらにこうつなげた。
『俺も足が悪いですからたま~に配慮されたり同情されたりするんですけど、それが過度になると正直鬱陶しいというか……ありがたいことではあるんですけど有難迷惑みたいなとこあるんすよね』
「え……?」
『俺が思うに彼らも過度な配慮とか同情とかはされたくないんだとは思いますよ。確かにギクシャクは多少しちゃうのは承知でしょうけど』
『そう、なのかな……?』
そう考えると、僕はあの時彼らの境遇に対して驚愕してしまい、さらにそのあと道場によって”今後も付き合っていけるのか”ということを考えてしまっていた。大川が言うには、そういうのは有難迷惑であるらしい。
『もちろん必要な部分では配慮とかはしてもらったらうれしいです。ただ”過度”に、必要以上にやられるのが嫌なんですよ。だから必要な最低限の配慮……それこそ重いものを持つとかそんな感じのことをしてあげてください』
「え~っと……」
『俺はオタク陰キャで友達も少ないから正直友達の作り方も何も知りはしませんが……たとえ余命宣告を受けている受けてない、そういう垣根を越えて、差別をしないで接することが大事なんじゃないです?』
このことを話している間に炒め終わったものを皿に盛り、何か冷蔵庫みたいなものを開いているようだ。そして、またもや何かを切りながらこう言ってきた。
『”余命宣告を受けているから”可哀そう、話しかけ辛いなんていうのは俺に言わせればただのくだらない固定観念ですよ。人のこと言えませんが。彼らも心の中では普通に気にしてると思いますが……だから、まずは彼らのことを知って、距離を縮めていくのはどうです? 最初は気まずかったりするでしょうが、先輩のコミュ力なら大丈夫でしょ』
そして切り終わったものを今度は鍋の中に入れたようだ。なぜかご飯を作りながらのながら電話だったようだが、僕の心にはとても響くものがあった。確かに僕は彼らを関わり辛い、とか可哀そうって思ってた。実際は全員いい人そうだったのに。
だから、まずはその価値観を壊すことから初めて、大川のアドバイス通りやってみようと思った。
っていうか……。
「君って本当に僕より2学年下……?」
『下ですよ。下じゃなきゃなんなんですか』
「いや……言ってること僕より年上の考え……冷静だし」
『それは俺は他の人からすでに聞かされてたし、経験もありますから。経験の差です』
そういうとどこからか食器を出したようで、食器をキッチンに置く音が聞こえた。さっき作ってたのは汁物だったようで、液体をよそる音が聞こえてきた。
「ちなみに……何作ってるの?」
『ああ、夕食ですよ。簡単な生姜焼きですけど。今、母が単身赴任の父がいるニューヨーク行ってて。従妹がこっち住んでるんですけど家事出来るの俺だけなんで。ちょっと遅い夕飯ですね』
「ニューヨーク……その年でそれはすごい……」
「趣味ですからね」と言って今度は洗い物を始める大川。本当に僕より年下なのかいよいよ怪しい。
下手したらうちの姉さんより家事能力高い……。
あれ……? さっき僕からじゃなくて大川からかけてきたような……。だったら僕が話したいことばっか話してて要件聞いてないんじゃ……。
「そういえば、そっちの要件ってなんなの?」
『む……忘れてました。実は美佐島がまたOBとの交流会やろうって言ってるんですよ。体育祭もあるしって。無理だとは思うんですけど止める方法をご伝授いただきたく……』
なるほど……3月にもあったはずなんだけど。確かにOBもすこしは鬱陶しいと思うしここはひとつ教えてあげよう。
「簡単だよ。会計に予算の話してもらって無理やり他の方に予算割いておけば生徒会予算もちのOB会はできないと思うよ」
『なるほど、その手があった!』
そうと知った大川は、さっそく会計担当に電話をしようとしているらしく、それでは……通話を終わろうとして、思い出したかのように。
『そうそう。その四葉町の品長橋ってところある株式会社オオイエってところの藤沢専務って人が居るんですが、何か困ったら頼ってみてください。俺の名前を出したら相談に乗ってくれると思いますから』
と言って電話を切っていった。専務って言ってたから相当そこでの地位が高いはずなんだけど……。何かの重りが外れた感覚と同時に後輩の人脈も気になる夜だった。
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