005.驚愕

 ”茜屋”とはJR上四葉駅の駅前にある地元密着型の定食屋さんのことで、老夫婦が学生にも手が出しやすいようなリーズナブルな価格で量の多い定食を出していることで地元ではそこそこ有名な店らしい。


 昼時でそこそこ混んでいた店内の座敷席の一角を僕と恵介その他4名が占拠していた。


「久しぶりだなぁここは」

「半年くらい出てこれなかったんでしょ?」

「……半年たってもここは変わらない」


 ここに来るまでにまた1名女子生徒が加わったのだが……彼らは全員友達だったらしく、彼らは彼らで会話を楽しんでいて。僕は恵介の隣のかどっちょでここのメニューに目を通していた。

 写真で見る限り特大サイズのかつ丼が740円、ざるそばもほかの店なら大盛サイズのものが570円、地元の港で水揚げされた魚で作られた刺身定食も740円。らーめんは520円。確かにボリュームもあって安いという評判は本当のようだ。 


「どうしようかなぁ」

「どう? 結構安くて量が多そうでしょ?」

「え~っと……」


 僕がちょうどサイドメニューのところを見ていると、目の前に座っていた女子が僕に話しかけてきた。黒髪で少々短めのツインテールの女子だ。


「あ、そういえばまだ名乗ってなかったわね。私は峰岸幸。幸せって書いてコウ。よろしくね」

「僕は……」

「五十嵐翔君、でしょ? 同じクラスだからよろしくね」

「あ、うん」


 僕たちの会話を聞いてか、ほかの3人も「まだ自己紹介してなかったわ」という空気になり、そこからは順々に自己紹介が始まる。


「ボクは高畠遥。サッチーと同じでキミと同じクラスだよ」

「え、と……西岡豊。同じクラスで……」

「はぁ……西岡は自信持てって何度言ったことか。初めまして、私は相沢奏。ここ四葉高校の生徒会長だ」


 いや、なんか一人生徒会長混じってる!? 先輩がいるとは思ってなかった……!


「おそらく私は先輩と思われているかもだけど、いちおう君と同じ学年だぞ?」

「あ、そうだったんですか……」

「この学校は……1月に生徒会選挙が、ある……」


 そこそこ長身ロングの生徒会長の庇護を受けるかのように、横でコミュ障を発動させている西岡君はギリギリこちらに聞こえるかくらいの声でそんなことを教えてくれる。


「まあそういうことだ。ところで皆は何を頼むか決めたのか?」

「ボクはいつも通りオムライスで決まりっ!」

「そうだなぁ……焼き魚定食にしよっと」

「じゃあ俺は牛丼と海鮮サラダと……」

「恵介ぇ……?」

「え……えーと、じゃあやっぱ鳥南蛮そばにすっかなぁ」


 今回はおごってもらえるらしい恵介は調子に乗ってそこそこ高い海鮮サラダを頼もうとするも、峰岸さんからの圧に屈し仕方なく鳥南蛮そばに変えている。その状況を周りのみんなと笑いながら僕はカレーかキンキの煮つけ定食かの2択の境地を彷徨っていた。


  〇 〇 〇


 僕たちが注文をしてから7分も経てば6人用の細長いテーブルは料理のテーマパークが形成されていた。オムライスに焼き魚、そばに唐揚げ定食、カレーと中華そば……量の多さも相まってぎゅうぎゅうだ。


「でっか……」

「だろぉ? それでいて安いし美味いし」

「運動部が試合で勝ったらここは見事に部員でギッシギシよ」


 しかもここはそれに協力的なんだというから驚きだ。昨年野球部で県大会ベスト8になったときにケーキまで用意したうえ、値段を半額にしながら量を1.5倍にしたらしいし。


「そういえば、みんなは部活とか入ってるの?」

「いや、この中で入ってるのは西岡だけだな。会長は生徒会、他は全員帰宅部だ」

「でもわが校はそれなりに部活動の数はある」

「運動部が5,文化部が5ってところね。ちなみにeスポーツ部もあるわよ」


 マジですか……学校でeスポーツはフリーダムというべきか、新時代の幕開けとでもいいましょうか……。

 それにしてもこのカレーは美味しい。典型的なポークカレーだが、肉がゴロゴロ入ってるし、野菜もしっかり入ってる。田舎の祖母の家で出されるカレーに似ていてどこか懐かしい味だ。


「そういえばだけどさ。翔ってどうして転校してきたの?」

「え……?」

「ボクも正直聞きたくないんだけどねぇ。お互い知っておいた方がなんていうんだろ、いざって時に助けやすいからさ」

「そうね。症状は違うし対応も違うわ。無理にとは言わないけど教えてくれると助かるわ」


 再び始まった謎発言に僕はまた困ってしまう。やはりどうしてもここに転校してくると身体的な疾患がまず疑われるらしい。それはなんでなんだ……?

 


『お前、どこが”ダメ”なんだ?』



 この言葉が今日の朝から僕の離れない言葉の意味はなんなんだ!


「待つんだみんな。翔はみんなが思ってる感じの方じゃないと思うぞ?」

「恵介……?」


 みんなが口々に話していて再びどうこたえようか迷っていた僕に助け船を出してくれたのは恵介だった。彼は一度みんなを落ち着かせてからこっちを向いて「言ってくれ」と言ってきた。


「僕の父はとある医療機械系の会社で働いてるんだ。その転勤に合わせて家族全員でこっちに移住してきたんだ」

「……ちなみにどこから?}

「……東京から」


 そう言い終わった途端、場の空気が再び気まずいものになってしまった。誰も箸を動かさず、誰も話さなくなってしまった……。

 恵介以外の人は全員罰が悪そうな顔をして下を向いてしまっている。この中でただ唯一主張を続けるのは料理から出る白い湯気だけだ。


「そ、そっかー! 東京かぁ~!」


 空気が悪い中、それを我慢できなかったのは高畠さんであった。息を吸い込んで吐き出すように、今漂っていた空気を自分の息で吹き飛ばすように、そんな感じだった。


「東京って首都だからきっといっぱい高層ビルあるんろうな~」

「そ、そうだね。私も一度は行ってみたいなぁ」

「東京タワーに東京スカイツリー、皇居に雷門に丸の内駅舎、銀座に東京ディ〇ニーランド!」

「……高畠、ネズミの国は千葉県」

「え、そうなの!?」


 みんなもこの空気がいやだったのだろうか。特に女性陣は一気に話を展開し始めた。何かを隠すような、そして忘れ去りたいという意思があるような、そんな感じだった。


 もしかしたら、僕はこれを知らなくてもいいのだろう。でも気になる。今朝と、さっきの答えを……。


「なぁ、みんな」

「……どうしたの?}

「なんで、みんなはここに来たらまず”体の疾患”を疑うんだ……?」


 僕のこの一声に再び場の空気は冷え切ってしまう。なんでだ、どうしてそんな空気になるんだ。なんで、話せないんだ……? それほどまでにヤバいこと、なのか……?


「……翔」

「なんだよ、恵介」

「知ってどうする」

「どうもできない。でも気になるし引っかかる。なんで、どうして。それが知りたい」

「……損しかしねーぞ」

「それでもいい。教えてくれないか」


 暗いかをした恵介の質問はとても重いものだった。知ったらどうするか聞かれるということは知られてほしくないことなんだろうか。


「……わかった。じゃあ私から説明するね」


 そう口を開いたのは目の前に座っていた峰岸さんだった。本当は聞いてほしくない、でもどうしようもない、そんな感じでためらいながらも顔を上げてこちらに目を合わせてこんなことを言ったのだ。


「ここはね……各地で余命2年以内と宣告された、主に10歳~18歳の人が最期を送るために作られた街……死ぬために移住して、死ぬための場所。、”死”街地なのよ」

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