008.完璧故の苦悩
「……のデータが示している通り、地域の高校・大学というのは街のシンボルという見解は多数ありそこの生徒が活動することは地域に活気を呼び込みます!」
「だがまぁ、この街のことは君たちもわかっているだろう?」
「わかっているから尚更です先生。暗い街なら明るく、明るい街ならもっと明るく! その方が我々も楽しく生活できるのではないでしょうか」
「だがなぁ……」
四葉高校の5階。吹奏楽部が使う音楽室の隣にある生徒会室からは一人の生徒が何かを進言する声とそれを渋る教師の声がしていた。普段は穏やかな雰囲気が流れる生徒会室から響く、怒声にも似た声とそれを宥めるように短い言葉での反論に周囲を通った生徒はなんだなんだと聞き耳を立てる。
「まず考えろ。駅前に花壇作る経費は、ボランティアはどう集める」
「経費については生徒会予算を使い、ボランティアは生徒会新聞などで呼びかけを……」
「話にならんな。考えてみろ、この学校には通院してる人がほとんどで激しい運動を禁じられている者が多いはずだぞ。花壇の入れ物を仮に生徒会予算で補うとして土を運ぶ、花を植えるとかの激しい運動に参加できる生徒は限られてるだろ」
「それはっ……」
至極当然な反論をされた生徒会長・相沢奏は言いよどんでしまう。今まで完璧な計画を立て公約もコレ以外全て実現させてきた彼女からしたら、目の前で相槌を打ちながらただ座っているだけの教師たちが悪魔に見えていた。自分は完璧な資料をそろえて完璧な計画を立てた、そのつもりだったのに……。
「そういうわけだ。考えは確かに素晴らしいが実現性というものを考えろ。相沢らしくないぞ」
その言葉を最後に座っていた教師陣は一人残らず手にした資料を持って生徒会室を出ていく。スクリーンに資料を投影していたせいで暗くなった生徒会室には、相沢1人が取り残された。
「どうしてだ……」
しっかりした根拠、完璧なスケジュールと資料。それを揃えたのにどうして……。うつむいて苦虫を嚙み潰したよ言うな顔をしているのを、1人の男子生徒……西岡が廊下から見つめていた。
〇 〇 〇
とある5月の昼下がり。今日も僕は恵介や相沢さんたちと学食で昼食をとっていた。この高校の学食は季節でメニューが変わるらしく、普通の高校より30~50円ほど高いがその分バランスよく、そして季節感を大事にしたものを食べることが出来る。
「まあここぐらいだろうな、季節というか月ごとにメニューが細かく変わる高校の学食なんてのは」
「夏になったらサイドメニューにスイカが出る、秋になったら焼き芋とかあるし、去年は秋刀魚の定食も出たね」
「東京の学校じゃメニューはずっと固定だったから味変とかしないと流石にだったんだよね……」
お気に入りになりつつある麻婆丼についてくるサラダを口に運びながら僕はそう呟く。ラーメンとかは味が日替わりだったけどそんなに美味しくはなかったし……それに。
「ここみたいに1フロア丸々使って売店とか学食じゃなかったし。いっつも並んだのが噓みたいだよ」
「あはは……」
この学校の校舎はかなり複雑だ。高校1年生と3年生が東校舎の1階と2階を、僕たち高校2年生が西校舎の2階を使い、3階にはここのような学食スペースと売店、青空ラウンジなる生徒憩いの場らしきラウンジがあり、自習室もある。4階は専門教室が密集している。ちなみに西校舎と東校舎は各階に連絡通路がある。
「そういえば最近奏ちゃんを見かけないね~」
「この前私の部屋にパソコンを借りに来た時は、駅前ロータリーがなんちゃらって話してたのは覚えてるわ」
「え! また奏ちゃんに料理作ってもらったの!? い~な~」
「遥は自分で作れるからいいでしょ! 嫌味か!」
駅前ロータリーって、多分上四葉駅の南口のことなんだろう。北口とは違って結構殺風景だったんだけど……そこで何かあるのだろうか。
ちなみに、峰岸さんは料理はからっきしらしく、野菜以外は恵介と同じでコンビニ弁当らしいのだが、会長は自分の部屋にパソコンを持ってないので借りに来るついでに何か作ってくれるらしい。
高畠さんの料理もかなり美味しかったけど、それでも羨ましがるんだ……。
「奏ちゃんの料理の腕と比べられたら私なんて背伸びしてる小学生レベルだよ!」
「身長的にもその比喩はあってるんでないの?」
うどんを咀嚼し終えた恵介が茶化すようにそんなことを言うと、遥は恵介を一瞥してから、すぐに素に戻って話し始める。
「私は普通に作ってても工程すっ飛ばしたり面倒くさがって調味料を適当にいれちゃうから失敗も多いんだけどね~。それに比べて奏ちゃんはレパートリー広いし、濃くもなく薄くもない完璧な味付けと素材そのものの完璧な焼き加減というものを作ることが出来るからね! しかも私と違って調味料いちいち全部測ってるし」
なるほど。確かにあの真面目な性格の相沢生徒会長ならそれも納得。イメージとしては完璧主義なところあるし。高畠さんの話を聞いてた峰岸さんもうんうんと頷いている。
「あの人が困った顔は今まで片手で数えるくらいしかないよ」
「裏でも相当な努力しているのはわかるけど、やっぱなんでも完璧にこなせるんじゃないかって思うわよね」
「でも……今は本当に……困ってる、みたい、だけど」
「「「「え?」」」」
突如横合いからそう声をかけられた僕たちは驚きながらも、声をかけられた方面に顔を向ける。顔を向けた方面には地元広島県産のカキを使ったカキフライ定食を食べようとしていた西岡君の姿があった。本当に神出鬼没だなあ。
「困ってた、ってどゆことにっしー?」
「うん、昨日たまたま……4階の生徒会室を通りかかった、んだけど……何か先生たちと会議、してたみたいで……」
「それでうまくいかなかったってこと?」
「そう、だと思う……先生たちが出てってから、悔しそうに……してるの、見たから」
それを聞いた高畠さんは「ふ~ん」と一声出してから「これは嵐が来そうだねぇ」と呟いていた。確かにさっきまでの話だとこういうケースは珍しいんだろうけど、そこまでかなぁ。
「一大事だな」
「一大事だね」
「一大事だわ」
「いやそこまで!?」
「そこまでだよ!」
聞けば、相沢さんがこの手の会議でここまで苦戦したことは聞いたことがないという。ここ3か月程度で掲げてきた公約を1つ叶えたときも、教師陣に対して完璧な説明を行い納得させたほどらしい。ちなみにそのおかげでこの前のような誕生日会だったり寮の門限が午後10時くらいになったのだとか。確かに実現性が低くて、先生方も納得し辛いような内容だけにそれをすんなり頷かせたのはすごいと思う。
「それで、にっしーは何に躓いてるかわかるの?」
「え~と……たぶん、四葉高校が主体となった、地域発展プログラム、だと思う」
「……ちいきはってんぷろぐらむ?」
「うん、要は四葉高校が主体となって、ボランティア活動を通じて……地域にさらに活力を与えよう、っていう活動」
なんですかそれは。地域の行政機関がやることじゃないのかな。高校の生徒会を町役場と勘違いしてらっしゃる? そういうこと考えるのは少なくともここで言ったら上四葉町の町長とか広島県庁のお偉いさん方ではないのかな?
「相変わらず途方もないこと考えるねぇ奏ちゃんは」
「だから最近私のパソコンに地域シンボルがどうのっていうPDFが大量に保存されてたわけかぁ」
「会長らしいっちゃ会長らしいがな」
僕の周囲は三者三様の理解の仕方をしているようで、結論から言えばいつも通りの平常運転であり別に珍しいことでもないらしい……発想と行動だけは。
これを毎回やっていると思うと元生徒会の副会長としてはかなり気が遠くなるような案件だ。
「そういえば町おこしがどうのこうのって選挙の時言ってたわね」
「次はその公約をかなえようとしているわけか」
「……あの人は何を公約に掲げたのかが僕は気になる」
たいてい生徒会選挙とかは適当に叶えれそうなそれなりのこと言えば当選するというのが前の高校の見解だったのだが……。どうもこの高校に限って言えば毎年生徒会長に立候補する人は4~5人くらいいるらしい。
「それで、僕は……その、会長を、助けてあげたくて……その」
「わかってるって。私たちも普段からお世話になってるから協力するって~」
「だな。困ったときはお互い様だしな」
「私も。乗り掛かった船だからね」
「じゃあ、放課後、僕の、部屋に来て……? 会長は、僕が呼ぶから」
……あれ? なんか僕が少し上の空になってた間にトントン拍子に話が進んでいってるんですけど?
あ、これって拒否権ないやつだ。
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