次世代魔王候補は、自分探しをやめたくない

かま茶

00 遥か先のどこかで

 魔王の城の最深部、玉座の間にて。


 二つの存在が互いに剣を握り、厳めしい圧を互いに掛け合いながら対峙していた。



 一つは、人族の男。


 黒髪に黒目という一見平凡な見た目だが、その手に握る剣からは多大なる魔力が凝縮されており、その大人しめな外見からは予想もつかないほどの力を秘めている。


 また一つは、魔族の女。


 魔王だ。


 彼女は凄まじい。


 透き通るような白髪に、尖った耳。エルフの血も持ち得ている彼女の魔力量はこの世でもトップクラスであり、この魔王城が存在する天空大陸全てを覆ってしまうほどの総量を持っている。


 そして、また目を見張るべきなのは戦闘能力。


 豊満な胸を覆う軽鎧に籠手こて、魔王の一般的イメージにそぐわないその戦士的な装備は、彼女がもっぱらの戦闘狂だということを示す、唯一の要素である。


 彼女に謁見する者どもはみな、その美しい容姿から「おしとやかな魔王」なんて印象を受けるが、怒らせれば一転。


 玉座の脇にある剣を抜き放てば、三秒足らずで首が飛ぶ。


 魔王に常識やらの凛とした幻想を求めるのが間違いだったと、異口同音にため息を吐き、二度と近づかないことを誓う。


 それゆえに、彼女は興奮していた。


 誰も彼もが自らの行動に畏怖し、近寄らんとする者ばかり。



 しかし、彼だけは違った。


 今相対しているこの男。


 この者だけは、逃げず怯えず、戦うことを望んでくれた。


 だから、応えようと思えた。

 全力で、この愛すべき男を、私から逃げずに居てくれる男を____殺す。


 そうして、魔王は飛び出した。


 剣を鞘から抜き放つと同時に床を強く蹴り、男の眼前まで飛ぶように前進した。

 男はまだ反応できていない、首はがら空き。


「獲った_____」


 魔王の剣の輪郭がブレ、高速で男の首を目掛けて一直線。横薙ぎに振るわれた。

 首が刎ね、魔王が勝利する。


 はずだったのだが____




「ハハハッ、やっぱりお前は面白いのう………‼」


「合図してからって約束だっただろうが………‼」




 魔王の剣は真二つに折れていた。


 本来ならば、男の首が刎ね飛んでいる。それが魔王が見ていたビジョンであった。


 勝ちは、確信だったはずなのに。




 男は魔王の剣が折れた先、剣の半身を素手で握り締めていた。




「あのさ! こういう決戦みたいな時って、まず色々セリフを掛け合って、それで和解が不可能だって判わかり合ったあとに戦いが始まるもんだろ?!だからまずは一緒に____」




「知らんッ‼ 早く貴様を殺したいッ‼」




 魔王は男の説得を遮って、折れた剣のままに最大限の魔力を込めて刺突した。


 そして直後、剣の刀身は全て粉砕された。




「話聞けっつってんだよ………‼ あとその鎧、胸がちょっとはみ出て気にな_____」


「死ねぇェッ‼」




 剣が折れたと認識するやいなや、魔王の攻撃手段は体術に移行した。


 突き刺すような鋭い上中段蹴り、気象が変動してしまいそうなほどの衝撃を纏う正拳突き。


 鎧から艶やかに伸びる四肢から繰り出される全ての攻撃が、骨身を怖気づかせるような重い一撃だった。




 でも。




「ナハハハハハッ‼ 受け流すかッ‼」


「そうでもしねぇと、当たったら死ぬだろうがッ‼」




 男は手の平に受け皿のような形で魔力を込め、片手で全てを受け流した。


 一撃の威力は全て明後日の方向へと飛び、確実に男の余裕を削いでいるとは言えど、男の体力を消耗させるまでには至らない。


 しかし魔王は、苛立ちを一切見せずに笑った。




 楽しそうに、嬉しそうに。




 そして、闘志を揺るがさず、次の手を繰り出し続け____最後に。




「【竜光刀】」




 唐突に魔王の手の内へ、刀身が赤く煌めく刀が姿を現した。




 ____仕込み刀。




 魔王の手に、予め埋め込まれていた魔法陣から召喚された、不意の一撃。


 それは大きく振り上げれた魔王の腕から真っすぐに振り下ろされる。




 流石に予想外だったのか、男は体術をいなす手の平の魔力を急いで利き手の剣に加える。


 だが。




「遅いッ‼」


「____ッ‼」




 寸分の遅れは死を招く。それは、魔王の強さの領域では至極当然のこと。


 【竜光刀】は真紅の残像を残し、男の脳天を斬りこみ_____その寸前で、刀身は食い止まった。




「………ッ、ぐっ………‼」




 男は剣を上に翳かざし、【竜光刀】の勢いをなんとか抑えていた。


 互いの膂力は同格。種族の違いか、男の方がやや劣っている。


 魔力で力を補うことで拮抗の体勢を作っているが………それも、悪足掻き。


 一度でも、魔王相手に優勢ターンを獲とられてしまえば、生身の人間では太刀打ちしようがない。それは間違いなく、負けがほとんど確定した状態だった。




「問おう、人族の愚者よ! 貴様は何故我に挑む‼ 望みはなんだ‼ 魔王を打ち倒した英雄の栄華か?!」


「………英雄、なんて。なりたかねぇよ………ッ‼」


「では何を望むというのだ‼」


 偶然。


 魔王が戦いの合間に気紛れで放った問いが、男の腕に力を込めた。


「____………守りたい………。 家族を守りたいッ………‼ 皆を助けたいッ‼ 俺の大切な人だけでも、幸せなってほしい‼ だからァッ………‼」




 目的を思い出させ、背を押すように魔力を加速させた。


 ____そして、条件は整った。



「____俺は、魔王になりたいんだ‼」



 この男を気に入ったとある神が、彼に仕込んだ逆境の秘技。


 彼の望みと、神の思惑がピタリと当てはまった瞬間、それは覚醒する____




「____剣がッ………されている?」




 皮切りとして、魔王の剣がわずかに押された。


 そして、直後。




 ガッ。




 小さく響いた金属音の後、男の剣が【竜光刀】を折った。


 を、真っ向勝負でへし折った。




「まだ強くなるか、人間ッ‼」




 魔王は瞬時に半身の刀を逆手に持ち替え、ナイフのように刺突へと移る。


 だが。




 疾くなっていた。




 数秒前までの全ての動作よりも、男は俊敏さを増していた。


 ____魔王の反応速度を遥かに上回る速さで、剣は振るわれた。

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