第3話 面白き 事もなき世を 面白く

 ◇◇◇


「チートって最近聞いた言葉だよな。巫矢」

「ああっ、ルールの外に存在にして反則級に強いってことよ。大和」

 地面に着地した軽いショックの後、気が付けば紫(ゆかり)の周りに二人の男女がいる。

 言わずとも知れた神魂一族の最強戦士、大和と巫矢だ。この二人は以前、未来からやってきた女が着ていた制服という物と同じ物を着ていることから、この女も未来からやってきたと推測した。


「お前、未来から来たのか?」

「天空歴何年の世界に住んでいたの?」

 矢唾の質問に混乱したのは紫のほうだ。質問の意図も分からず、次から次に出てくる質問に答える紫。

 その質問の受け答えで、どうやらここは神魂一族の里で、大和と巫矢がその一族で、それに時代は天空歴一八六七年の幕末だということが、紫にも分かった。紫はほんとにタイムリープした事実を噛みしめていた。しかも、大和と巫矢はすでに何度も歴史改変をしていることもだ。


「違和感はあったんだけど、天空歴一九四五年の太平洋戦争を解決して戻ってきた時、行った時の世界と微妙に違ってたんだ、俺たちが解決した明治維新とは人物や流れが若干違うなとは思っていたんだ」

「元の世界に戻ってきたように見せかけて、新たな歴史のターニングポイントに送り込まれたとは、あの土偶神のやろう、次に会った時には息の根を止めちゃる。でも、紫のおかげで今までの違和感の辻褄が合いました」

 しれっとタイムリープしたことと歴史のゆがみを矯正してきたことを宣言する二人。


 大和と巫矢そして紫の話をすり合わせて共通認識できたのは次のとおりだ。

 信じられないことに、時代のターニングポイントで未来が分岐するというのだ。分岐した世界はそれぞれ違う未来を作り出す。その分岐するポイントで悪魔の秘術を使い歴史に介入してきたのが石屋(フリーメーソン)であり、人の欲望につけ込み洗脳し、自分たちの都合のいい世界を作り出そうとしてきた。

 しかし、この世界を作った創造神(土偶神)は、天孫降臨時につき従い「門外不出の神技」を継承する神魂一族を使って、石屋(フリーメーソン)の野望を阻止してきたのだ。


「石屋(フリーメーソン)は天孫降臨時に神魂一族と同く神々につき従った一族なんだけど、魂を悪魔に売って堕天したやつらなんだ」

「そうそう、神と悪魔の代理戦争なのよね」

 気楽に大和と巫矢は答えるが、紫の頭はついていかない。

「ふーん?! そうなんだ……」

「英霊たちの言葉と、俺たちの経験をすり合わせると、この時代に紫を送り込んできた英霊たちが言った天皇をすり替えたということは、十中八九バックに石屋(フリーメーソン)が絡んでいないと実現は不可能だな」

「この時代に代替わりする天皇って、明治天皇かしら?」

「さすが、紫です。私の知る未来では、維新改革をした天皇は孝明天皇なんですよね。何が起こったのか天皇の近くで見極めるしかないですね」


 大和と巫矢の話がまとまれば話は早い。

 神魂一族が天孫降臨時に使用した天浮舟を再び呼び出し、3人で長崎までひとっ飛び……、のはずが、紫は密命を帯びて下関で天浮舟から転移門を使って降ろされてしまった。

 ここにいる男をこれで救えと、神魂一族に伝わる秘薬を渡され、転移門で無理やり降ろされてしまった。

 降ろされた場所は、下関の桜山神社の近くに立つ小屋の前である。

 現代育ちの紫にとれば、目の前にあるのは掘っ建て小屋にしか見えない。「こんなところに歴史を変えるような人物がいるの?」そんなことを考えながら紫は家の中に声をかけた。

 しかし、中から答える者はいない。しばらく躊躇していた紫は、意を決して引き違い戸を開ける。

「ごめんください。誰かいませんか?」

 そう声をかけながら、土間から家の中を覗き込む。すると開いた障子から奥の部屋に眠っている人がいるのが見えた。

「あの……」

 恐る恐る声をかけたが、一向に起きてくる様子がない。この人が重要人物? しばらく悩んだが好奇心には勝てない。

 とうとう、紫は家の中に上がり込んでしまった。

 そして、布団に寝ている人をまじまじと覗き込んだ。その顔は頬もこけ、生気もなく、病人であったが、その顔は歴史の教科書に乗っている幕末の超有名人だ。

「高杉 晋作?!」

 間違いない。確かに、結核を患い桜山神社の近くで療養していたはずだ。それに天空歴一九六七年は高杉の没年だったはずだ。この人の命は風前の灯火……?!

 焦って周りを見回した紫は、枕元にある粗末な紙を見つけた。

「これは?」

 手に取ってみて、書いてある内容に手が震えた。

『面白き 事もなき世を 面白く』

 これは高杉の辞世の句だ。そうか、臨終の時を迎えて、看病していた野村望東尼(のむらもとに)が、高杉の妻マサや息子を呼びに行ったんだ。

 この続きを 野村望東尼は『すみなすものは 心なりけり』って詠むのを紫は思い出していた。すると自然に野村望東尼に反発心が、ふつふつと湧き上がってきたのだ。

「面白きことなき世っていうのは、つまらない世って意味じゃない。高杉は私たちの世界に続く未来を知っていたんだよ。面白きなき世っていうのは、誰かの手の平で躍らされている脇役である自分を面白くないって言ってるの。だから、抜け駆けして思うようにやるってやるって意味なのよ。

 だったら『すみなすもの』(そうさせるもの)は心の持ちようじゃないの! 誇りであり魂だよ。師匠の松陰先生が辞世で歌った大和魂よね。外国の情勢にも詳しい高杉さんが、この国を憂いながら詠んだ句ですもの」

 そう言って、その紙に墨で『すみなすものは大和魂』と付け加えた。

紫が枕元で動いたせいで、高杉が気が付いたのかうつろな目で紫を見た。

「おのう?」

 高杉はそう言って、紫の手を掴んだ。

(やべっ、気が付いた。私をおのうという人と間違えている。えーっと、おのうさんって、野村望東尼といっしょに高杉さんを看病していた人だ。

 確か、妓女で高杉さんの妾だった人だ。山口の萩一の美人って言われてたマサさんの正妻と子どもより、高杉さんと心がつながっていて、高杉さんの死後、おのうさんは出家して、

東行庵の庵主となって高杉さんのお墓を生涯守った人だよ。

 そんな人と間違われるなんて?!

「おのう、お前が俺を看取ってくれるのか?」

(ああっ、高杉さんの臨終については、おのうさんは立ち会えなかったはず。正妻と息子と野村望東尼さんだった。でも、高杉さんはそばにいてほしかったんだ……)

「当然ですよ。「三千世界の鴉を殺し 主と添い寝がしてみたい」です」

 この高杉さんが詠んだ都都逸は遊女と客を想定して唄ったと言われている。

 弱く笑う高杉にとって、三千世界の鴉を皆殺しにする覚悟でおのうと添い遂げようとしたのだ。

 その気持ちを痛いほど感じた紫は、大和と巫矢に渡された薬を懐から取り出した。

「(本物のおのうさんと添い遂げてくださいね)まだ見せてもらってませんよ。「長州男児の腕前お目に縣け申す」んでしょ」

 そういって、紫は高杉を抱きかかえ、薬を飲ませた。

この言葉は、高杉が、武士ではなく農民から有志を募り作り上げた騎兵隊を率いて巧山寺挙兵をしたとき、京都にいる孝明天皇に向い、騎兵隊に檄を飛ばした言葉だ。

まだまだ、この世を面白くするのはこれから……、長州男児の心意気しかと見せてもらうわ。そんなことを考えていた紫だったが、腕の中で、高杉が穏やかな寝息をたてて寝ているのに気が付いた。

「顔色もずいぶんよくなったわ。劇的に効くみたいね」

 高杉を布団にもどして、ふとんを掛けようとして、紫は自分の手が透けているのに気が付いた。

「なんで? これって、わたしは消えるの?! やだ、怖い!! 怖いよー!!」

 高杉の腕を必死につかもうとするが、半透明の手は空を掴むのみだ。狂ったように腕を振り回すが、ついに力尽きてがっくりと肩を落とす。

 すると、遠くのほうから誰かが読んでいる声がする。私は臨死体験をしているのかしら?この声にこたえた方がよかったんだけ? それとも……、突然襲ってくる倦怠感に思考する意志さえ削がれていく。

「はあいー!!」

 紫はついに呼びかける声に返事をしていた。すると紫は意識を失ってしまった。


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