第7話 聖女様とお出掛け

「申し訳ありませんでした」



 翌日、しっかり睡眠を取って正気に戻ったのか、顔を真っ赤にしたセイさんが戻ってきた。

 といっても、扉を壁にして顔を半分だけ覗かせてるんだけど。

 あんだけ寝惚けてたのに覚えてるんだな。



「いや、気にしないで。でも今度からは注意してほしいかな。俺も男だしさ」

「ぁぅ。ぁぃ」



 顔を伏せてこっちにやって来ると、ソファーにちょこんと座った。


 結局俺は、あのままソファーに横になった。

 ここで寝るの嫌なんだよなぁ。広いし、暗いし、怖い。

 仮眠ベッドは一つだし、仕方ないよな……今度改装しよ。


 無言で向かい合う俺ら。なんという気まずい時間だろうか。

 ……にしても、体が痛い。

 ソファーで寝ると、体が凝るんだよなぁ。関節や筋肉が悲鳴を上げてる。



「体、痛いんですか?」

「まあ……あ、いや。大丈夫だ、問題ない」



 ここで肯定すると、またセイさんが落ち込んじゃうだろうし。

 とりあえずパソコンを開いて昨日の写真を確認していると、セイさんが「あっ」と口を開いた。



「ご、ゴミ箱がいっぱいですね。私、片付けます」

「ああ。ありが……待った」



 セイさんの手首を掴んで止める。

 これは、あれだ。色々とダメなやつだ。

 察してくれ、男心を。



「マナさん……?」

「あー、えっと……き、汚いからさ、触らなくていいよ。俺が後でまとめてやっとくから」

「汚くなんかありませんよ。私、お掃除も好きなので」



 そういう意味じゃない。そういう意味じゃないんだよ。

 ただ、アレがアレでアレなだけに触らせたくないのです。わかれ。



「ほ、本当に大丈夫だから……!」

「そ……そうですか」



 しゅん。あ、また落ち込んじゃった。

 い、いや、別に俺悪いことしてないし。でもある意味で悪いことはしたと思う。ごめん、マジで。



「あー……な、なら朝飯作ってもらおう……かな」

「あさめし……あっ、朝ご飯ですね!? は、はいっ! やります! やらせてください!」



 目を輝かせ、ふんすふんすと鼻息を荒くするセイさん。

 そ、そんなに料理したかったのか?

 ……そういや、口に入れるものは全部自分で作ってるって言ってたな。昨日は夕飯も満足に取れなかったし、余程腹が減ってたんだろう。



「冷蔵庫に材料はあるから、好きに使っていいよ」

「ありがとうございます!」



 コスプレ衣装の中にあるエプロンを付け、控え室の隣にあるキッチン部屋に入っていく。

 そこはかとない人妻感。同い歳の17歳が醸し出していい風格じゃないでしょ。



「あ、そうでした。マナさんは好き嫌いありますか?」

「いや、特にないぞ」

「わかりましたー。楽しみにしててくださいねっ」



 さっきまでの暗い雰囲気はどこへやら。

 セイさんはウキウキ、ランランと鼻歌を口ずさむ。


 が、直ぐに出て来てしまった。



「あの、マナさん? 冷蔵庫の中身、空なんですが……」

「え? ……あ、そうだ。あんま料理しないから、買い溜めしてなかったんだ」

「そんなぁ……」



 ご、ごめんて。そんな落ち込まないでよ。

 あー……でも飯のこと考えてると、腹減って来た。



「買い出し行くか」

「! わ、私も行きます!」

「いや、いいよ。俺が買い溜めしてなかったのが悪いんだからさ。ここで待っててよ」

「行きたいんですっ!」



 近い近い近い。目力とか匂いとか胸の張り出しとか、色んな圧が強い。


 どうしよっかなぁ……朝早いとは言え、十和田聖と一緒に出掛けるところを見られると面倒なんだよなぁ。


 ……あ。



「よし、一緒に行こうか」

「はい!」

「ただし条件がある」

「はい!? きょ、許可してから条件なんて、そんなのズルいです!」

「うるさい。ここでは俺がルールです」

「横暴が過ぎますよ!?」

「じゃあ大人しく待ってなさい」

「うぐ。……何がお望みですか?」



 ふっ、勝った。



「簡単だ。それは──」



   ◆



「うぅ、暑いです……」

「我慢しなさい」



 街中を歩く俺とセイさん。

 が、いつもと違うのはセイさんの格好だった。


 長い黒髪は、プラチナブロンドのミディアムヘアーに。

 茶色の目は青系に。


 そう、条件とはコスプレだ。

 正確にはウィッグとカラコンを付けただけの変装だけど。

 でもそれだけで、学校での十和田聖とは全く印象の異なる美少女になった。


 これだけ変われば、万が一見られてもバレることはないだろう。


 セイさんを伴い街を歩く。

 土曜の九時だというのに人通りが多く、ほとんどの人がセイさんに見蕩れていた。



「凄いな。みんなセイさん見てるぞ」

「ウィッグが目立つからですよ。こんな鮮やかな髪色ですから」



 絶対それだけじゃないと思う。

 みんな、セイさんの美貌に見蕩れてるんだ。


 い、今更だけど妙に恥ずかしくなってきた。こんな可愛い子の隣を歩くのに、大してオシャレしてないし。

 向かう場所はただのスーパーだから、オシャレの必要はないんだけど。


 それとなくセイさんから距離を取り、スーパーへの道を歩くのだった。

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