第6話 聖女様の心の内

   ◆聖side◆



 私はコスプレが好きです。

 切っ掛けは忘れてしまいました。

 でも、子供の頃にとても嬉しかったことがあったのを覚えています。


 まだコスプレという概念を知らないほど、昔のことです。


 そのことが頭の片隅にあったのですが、中学の頃は目立たず、大人しく生活していました。

 しかし中学の友人が、スマホでコスプレモデルさんの写真を見せてくれました。


 私は衝撃を受けました。


 コスプレというのは、自分ではない第三者になれるものである。

 私はそう認識しました。


 それからは早いものでした。

 インターネットでコスプレについて調べ、お小遣いで自作し、自撮りする。


 私ではない誰かになれる。

 それがとてつもなく心地よく感じ、私は更にハマっていきました。


 一人暮らしで自立性を高めたいと無茶を言い、一人暮らしをさせてもらいました。


 プロのカメラマンさんに依頼し、渾身のコスプレを撮影する。

 それを【トワノセイ】の名前でSNSに投稿する。

 今まではそれで満足していました。

 そう、今までは。


 私は出会ってしまったのです。

 久堂真日くん。【MANA】さんに。


 熱く滾り、ダイヤモンドのように力強く、それでいて燃えるような目で私を射抜く。


 今までのカメラマンさんとは明らかに一線を画す、情熱的な視線に──私は、興奮してしまいました。


 マナさんにもっと撮って欲しい。

 マナさんにもっと撮って欲しい。

 マナさんはもっと撮って欲しい。








 マナさんに、もっと見られたい。



   ◆真日side◆



「ああああああぁぁぁ〜〜〜〜……つかれた」



 凄まじい勢いだった。

 まさかこんなに一気に撮ることになるとは。


 セイさんも疲れてるだろうに、次々に衣装を着ては撮り、着ては撮り。

 合計八着。休みなく撮影して5時間が経過していた。


 しかも、結構際どい系があったし。理性を保つのに必死だよ。



「セイさん、ちょっと休憩しよう。明日もあるんだし、少し寝てさ」

「…………」

「……セイさん?」



 俺の貸したベンチコートを着て、ボーッと俺を見つめてくる。

 え、何? 俺の顔に何かついてる?



「……ぁっ。す、すみません、ボーッとしてしまって……!」

「いや、俺はいいけど……やっぱ疲れてんだよ。寝なさい」

「大丈夫です! やらせて下さい!」



 そんなスポ根漫画みたいに言われても。



「ダメです。カメラマン兼監督権限で、明日まで休憩です」

「そんなぁ……」



 やれやれ。何をそんなに焦ってるんだか。



「セイさん。俺らの関係は今日だけじゃない。専属モデル契約が続くまでずっと続くんだ。焦る必要はないだろ?」

「……それって、続くまで撮ってくれるってことですか?」

「ん? ああ」

「続くまで、私を見てくれるってことですか?」

「見て……? まあ、そうなるかな」



 セイさんが何を言いたいのかわからないけど、見ないと写真撮れないし。


 ベンチコートの余った袖をパタパタ動かし、何やら考えている。

 待つこと数秒。

 セイさんは目を閉じ、肩の力を抜いた。



「ふぅ……すみません。ちょっと焦ってたみたいで」

「気にするな。でも、焦る理由があったのか?」

「いえ、ただマナさんに色々と見られるのが楽しくて、つい」

「見られるのが楽しいって……」

「べ、別に変な意味じゃありませんよ!? コスプレっ、コスプレが楽しいんです! それ以上も以下もありませんから!」



 なんだ、そういうことか。

 セイさん、見られるのが好きな変態さんかと思ったじゃないか。



「ぁ……なんか力が抜けて、一気に眠気が……」

「待て待て、ここで寝るな。風呂沸かしてあるから、入って来なさい。仮眠室もあるからな。今日は泊まっていけ」

「ぁーぃ……」



 ベンチコートを脱いで床に落とす。

 と、内側に来ていた女教師コスを脱ぎ脱ぎ……って!?



「ちょっと待ったァ!」

「ふぇ……?」



 ふぇじゃないわ! 何ナチュラルにワイシャツをおっぴろげしてんだこいつ!?


 慌てて顔を逸らすが、セイさんは「んー……?」と首を傾げる。

 こ、この人っ、眠過ぎて思考が幼児退行してやがる……!



「ひ、控え室で着替えろ! ここで着替えるんじゃない!」

「んー……あ、そーだ。そーでした」



 トロンと目をしたセイさんは、ずいっとこっちに近付く。

 うわっ、近っ……! それにすげーいい匂いっ……! 脳がくらくらするというか、誘惑そのものというか……!


 セイさんは俺のあごを指で撫で、胸元を強調するようなポーズを取る。

 そして甘い、甘い声で──



「マナさん、今日は寝かせませんからね?」



 ──とんでもないらことを呟いた。



「……えへー。さっき女教師でやってほしいって言ってましたもんねー? ちょーどいーから、やっちゃいましたー」

「…………」

「それじゃー、きがえますねー」



 ふらり、ふらり。バタン。


 控え室の扉が閉まったのを見て、俺はソファーに座り込んだ。

 ……しばらく立てない自信あります。

 いやたってはいるけど。


 何考えてるんだ、あの人。

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