第8話 聖女様と買い物
◆
歩くこと十数分。
俺らは朝早くから開いているスーパーの近くまでやって来ていた。
流石にまだ朝早いから客もまばらで、いたとしてもお年寄りや近所の奥様くらいだった。
俺らはスーパーに入る前に、さっき話し合ったことを再確認していた。
「いいかセイさん。さっき言った設定忘れないでよ?」
「はいっ。もし知り合いを見つけても話しかけない。話し掛けられても、外国人の振りをして日本語がわからない感じに見せる。ですよねっ」
そう、設定だ。
下手をするとボロが出るだろうから、どんなことがあっても外国人という設定で乗り切ることにしたのだ。
ここ数日、セイさんとよく絡むようになってからわかるようになった。
この子気が抜けたりすると、結構ポンコツだったりする。
やるべきことはちゃんとやるが、集中すると視野が狭くなったり、ちょっとしたことでむくれたり。
学校で見せる聖女様然とした笑顔や佇まいからは想像できない。
これが信頼故なのかはわからない。
でもそのせいで今のこの子が十和田聖だと知られた瞬間、俺と十和田聖は休日の朝から一緒に出掛ける仲だという噂が立つ。
それだけは絶対避けなくては。俺の精神衛生と平和な学校生活のために。
セイさんと並んでスーパーに入り、とりあえずカゴを持った。
「基本俺はカゴを持って後ろからついて行くから、セイさんが食材や調味料入れていってな」
「わかりました。調味料も殆どなかったですからね、あのスタジオ。今までどうやって生きてきたんですか」
「ちゃんと家で手作り料理は食ってるから安心しろ」
「スタジオでは?」
「……コンビニ飯っす」
「アウトです」
ばっさりだった。
「い、いやいや。最近のコンビニ飯は美味くてだな」
「確かに、この間頂いて美味しかったです。でもコンビニのご飯ばかりだと、栄養が偏って風邪を引いてしまいますよ。マナさんの体は一人だけの体じゃないんです。色々なレイヤーさんが頼りにしてるんですからねっ」
「う……はい」
嬉しことに、俺に撮って欲しいと言ってくれるレイヤーさんは沢山いる。
その人達のことを考えると、体調管理はしっかりしなくちゃな。
セイさんにそのことを諭されるとは……。
「ありがとう、セイさん」
「いえいえ。私もマナさんのこと頼りにしてますから。これからスタジオでご飯を食べる時は、私がお料理を担当しますね。アシスタントとして、任せてください」
むんっと気合を入れるセイさん。
そんなに気負わなくてもいいけど、セイさんのいう事には一理しかない。
スタジオの台所事情は、セイさんに任せよう。
セイさんが先導し、俺がその後ろについて行く。
カゴの中に野菜や肉、魚、調味料を入れて行くと、かなりの量になって来た。
「重くないですか?」
「大丈夫。セットの準備で、結構鍛えられてるんだ、俺」
「ふふ。男の子ですね。ならもう少し買ってもいいですか?」
「ああ」
結構買ってると思うんだけど、セイさん的にはまだまだらしい。
他にも米やパン、乾麺なんかも買い、この店の宅配サービスを使って送ることに。
なるほど、これがあればどれだけ重い荷物を買っても問題ないってことか。
「朝食は軽めにベーコンエッグとトーストにしますね。サラダはレタスとトマトです。大丈夫ですか?」
「ああ。作ってくれるだけありがたいからな。なんでも食うぞ」
「それはそれで作り甲斐がないですね……お夕飯はどうします? もしよろしければ、お作りしますが」
「本当か? なら頼もうかな。基本土日はスタジオに入り浸りで、満足に飯食ってないから」
「よくそれで今まで体を壊しませんでしたね……」
呆れたような顔で見られ、つい顔を逸らしてしまった。うん、それは俺も不思議。
ある程度の食材をカゴに入れ、セイさんもようやく満足したのか、今度はお菓子コーナーにやって来た。
「買っていいのか?」
「はい。マナさんって、集中する時によくお菓子つまんでますもんね。本当は私が作ってさしあげたいのですが、まだ道具がないので……揃うまでは、市販のお菓子で代用です」
お菓子まで手作りしてくれるって、それもうお母さんじゃん。
ありがとう、お母さん。俺の本当の母さんはお菓子なんて一度も作ってくれたことないけど。
さて、どのお菓子を買おうか──
「あれ? 久堂じゃん」
「え?」
誰だ、俺を呼んだの。
声がした方を振り返る。
そこにいたのは、別に仲がいいわけでも、友達というわけでもない。
ただのクラスメイトだが……十和田聖とかなりの頻度で一緒にいる女子がいた。
そう、俺の友達ではない。
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