第4話 聖女様とアシスタント

「あ。おはようございますっ、マナさ……久堂さん!」

「……おはよう」



 週明け。学校に着くと、十和田セイさんに挨拶された。

 いや、この人は常日頃から挨拶を欠かさない人だ。だから挨拶されること自体はいいんだけど……。


 今まで見せたことがない程、煌びやかな笑顔を見せていた。



「今日はいつもより遅かったですね。どうしたんですか?」

「あー……ちょっと準備に手間取って、寝坊した」

「ふふ。ダメですよ、睡眠はちゃんと取らなければ」



 俺が行ってた準備のことも、当然セイさんは知っている。

 何故なら、昨日も22時くらいまで俺のスタジオで手伝ってくれたからだ。


 さすがに遅くなりすぎるとダメだから帰したけど。

 俺とセイさんの秘密で歪な関係は、当然だが俺たちしか知らない。


 そんな十和田さん聖女様に、いつもの取り巻き達も首を傾げた。



「あれー? 十和田さん、久堂と仲良かったっけ?」

「はい。週末にちょっとお話する機会がありまして」

「へー、意外」

「2人って正反対だよねー、色々と」



 悪かったな、聖女様と正反対で。

 小さく嘆息し、セイさんとその他の取り巻きから離れる。

 あんまり接しすぎても、ボロが出るだけだからな。



「真日、おはよう」

「ん、おはよう咲也」



 相変わらずのイケメンフェイス。

 美男美女レイヤーを数多く見てきたが、咲也はその中でもトップレベルに入る。


 前に一度、コスプレしないかと誘ったんだが。

『僕はROM専だから』

 と断られてしまった。勿体ない。



「そうだ。これ、例のやつ」

「おおっ。ありがとう……! うわっ、凄い。本物の【トワノセイ】のサインだ……!」



 十和田聖らしく、全く崩すことなくキッチリとした文字で書かれている。


 ビニールに入れたセイさんのサインを渡すと、目を輝かせて見入っていた。

 コスプレモデル、【トワノセイ】のサインは少ない。

 理由は簡単で、ここ最近売れだしたばかりだから。

 しかも相手の名前入りとなると、その数は極端に減る(セイさん談)。

 だから今現在の【トワノセイ】のサインは希少なのだ。



「大事に取っとけよ。それ、書いてもらう時めちゃめちゃ恥ずかしがられたんだから」

「もちろん!」



 クラスメイトに渡すためのサインとか、考えただけで軽く拷問だよな。



「あれ。十和田さん、顔真っ赤だよ?」

「もしかして風邪?」

「い、いえ、違います。だだだ大丈夫ですよ」



 全然大丈夫じゃないよね、あなた。

 熟れたトマト並に顔真っ赤じゃん。



「聖女様、どうしたんだろうね」

「さあな」



 まあ、十中八九……。



   ◆



「私の目の前で渡さなくてもいいじゃないですかばかぁ!!」



 ああ、やっぱり。


 今日もスタジオにやって来たセイさん。

 顔を真っ赤にして激怒している。激怒してる顔も可愛いんだけど。



「もうっ、もうっ」

「悪い。渡し忘れたらダメだと思って」

「で、でも……うううぅっ」

「ステイ、ステイ」



 全く痛くないけど殴るのやめて。

 頬を膨らませてぽかぽか殴ってくるセイさん。

 そんなに恥ずかしかったのか……なんだか悪いことしたな。



「そんなことより」

「そんなことより!? わ、私の羞恥をそんなことよりですか!? 酷いですっ、あんまりですー!」



 だからぽかぽかやめれ。

 セイさんの頭を掴んで引き剥がし、「そんなことより」と話を続けた。



「今日の準備は?」

「あ、はい! 言われた通りに調整しました!」



 怒り顔から一転。満面の笑みでセットを見せてくる。

 さすがセイさん。細かいところまで完璧だ。


 今日の依頼者は常連の男性レイヤーで、科学アニメのマッドサイエンティストのコスをするらしい。

 その為に、スタジオの一角を古びた実験室風に変えてある。


 そんな大掛かりなものでもないが、細かいところを忠実に再現した。

 こういう細かいところも、レイヤーさん達が俺をリピートしてくれる所のひとつである。


 だから妥協は許されない。


 そのことが噂を呼び、レイヤーさん達もここに来る時は本気で衣装を作る。

 セットだけ凄くて自分のコスプレ姿が安っぽいと、プライドを傷つけるらしい。


 だからここに来る人達は、業界でも有名な人ばかりなのだ。


 ところで、何故セイさんがスタジオの手伝いをしてくれてるというと。



「ありがとう、セイさん。細かいところまで気を使ってくれて」

「いえいえ。これもアシスタントの役目ですからっ」



 そう、アシスタントを買ってでてくれたからだ。

 さすがに無償で撮影だけさせてもらうのは気が引けたみたいで、なんとなく押し切られて今の形になっている。


 まあ、無償で手伝うって聞いた時は、流石に躊躇したけど。


 と、丁度その時、玄関のチャイムが鳴った。



「お、来たね。セイさん、扉開けてくれる?」

「了解です!」



 セイさんはキャップを被ってマスクを付けると、玄関に向かった。


 見る人が見れば、あの子が【トワノセイ】だというのはわかってしまう。

 セイさんがアシスタントとして働いてるなんて知られたら、面倒なことになりかねないからな。念の為の変装だ。


 セイさんがレイヤーさんを連れて来るまで、目を閉じて集中する。


 俺は、被写体を完璧に撮影するパーツ。

 心臓に鍵を掛け、カメラを手にレイヤーさんを迎えた。

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