第3話 聖女様との歪な関係

「お、お待たせしました、です……」

「いや、待ってな……い……ぞ……」



 ──天使がいた。

 サキュバニーは、サキュバスとバニーガールを掛け合わせたような衣装だ。


 魅惑の生足。

 胸が大胆に開いた紫のバニースーツ。

 頭には黒いうさ耳。

 腰から生えているコウモリの翼。

 天女の羽衣のようなシルク生地。

 赤いカラコンを入れ、歯にも牙が生えている。


 見た目は完全にサキュバニーそのもの。

 けど、扉を盾に恥ずかしがっている姿は、天使そのものだった。


 律した心が揺らぐ。

 学園の聖女と呼ばれる十和田さんが、俺の前でこんな際どいコスプレをする、て……。

 思わず後ずさってしまった。


 けど、ここで怯んじゃダメだ。

 俺はカメラマン。被写体を美しく撮るパーツにすぎない。


 再度目を閉じ、集中する。



「……じゃあ、撮影を始める。サキュバニーに合いそうな小道具も用意してるから、好きに使ってくれ」

「え? ……は、はいっ。よろしくお願いします……!」



 撮影機材を準備する。

 十和田さんも気を引き締めた顔をし、準備を始めた。



   ◆



 17時から20時までのたっぷり3時間。

 休憩を挟みつつ、撮影を終えた。

 今はシャワーを浴びて着替えた十和田さんと一緒に、パソコンで写真の確認をしている。


 真剣な眼差しで写真を見つめる十和田さん。

 いつもの聖女らしい今の彼女と、さっきまでの蠱惑の微笑みを浮かべていた写真の中の彼女。


 どっちも同じ十和田さんだが、そのギャップは凄まじい。

 正に【トワノセイ】そのものだった。



「っと、これで全部だな。どうだった?」



 パソコンから顔を上げる。

 と、十和田さんはまだ写真を見つめていた。



「……十和田さん?」

「……です……」

「え?」






「……すっっっっっごいです!!!!」

「おわっ!?」






 ちょ、何!? 顔近っ、えっ!?



「こ、こんな風に私を撮ってくれた方は、初めてです!」

「そ、そうなのか……?」

「はい! 男性視点の確かな下心を感じさせつつ、それでいて一線を引いて肝心の所には踏み込んでこない腕前! 【MANA】さんの写真は色々見ていましたが、ここまで素晴らしいとは思いませんでした!」



 お、おぉぅ……凄い褒めるじゃん、この子。

 確かに今まで撮ってきた女性レイヤーさんも同じことを言っていた。

 でもここまで直接的に褒められたのは初めてだ。



「久堂くん、お願いがあります!」

「は、はいっ?」



 十和田さんは俺の手を握り、キラキラ輝く顔で。



「是非、私を久堂くん専属モデルにして欲しいんです!」



 ……はい?



「専属、て……え?」

「私、今までは自室で自撮りをするか、ファン箱を通じて得たお金でプロのカメラマンさんにお願いしていました。ですがそれもいつでも撮れる訳ではありません。ですので……」

「つまり、この場所を無償で貸してほしいってことか?」

「む、無償だなんてそんな! ちゃんとお金はお支払いします!」



 ん、んー……そうだなぁ……。

 ……ん? あ、そうだ、いいこと考えた。



「わかった。いいぞ」

「本当ですか!?」

「ただし条件がある」

「え……まさか、エッチな条件じゃ……!?」

「ちゃうわい」



 だから脅えた目をしないでくれ。



「で、ですが……そうですよね。これだけの素晴らしい腕を持っているのです。こ、こ、ここは、私も覚悟を決めて……!」

「決めんでいい、決めんでいい」



 そんなことしたら、俺捕まっちゃうから。社会的信用も失墜しちゃうから。



「条件は二つ。一つ、俺のことを誰にも言わない。俺は、十和田さんのことは誰にも言わない」

「はい、もちろんです」

「よし。二つ、金はいらん。その代わり、今後俺が撮ったコスプレ写真には、【MANA】の名前とアカウントIDを載せて欲しい」

「……それは、売名として利用するって意味ですか?」

「端的に言えばそうなる。俺もカメラマンとしてはそれなりに有名になったが、十和田さん……【トワノセイ】に比べたらそうでもないからな」

「…………」



 十和田さんは腕を組み、悩んでいる。

 たっぷり1分ほど悩み、深々と頷いた。



「わかりました。それで構いません。いえ、むしろそれだけでいいのなら、こちらからお願いしたいくらいです」

「決まりだな」



 俺は立ち上がり、十和田さんに向けて手を出す。



「ここではお互い、被写体とカメラマンだ。だから名前で呼ぶことはない。……よろしくな、セイさん」

「では私も、マナさんとお呼びします。よろしくお願いします、マナさん」



 聖女の微笑みを浮かべる十和田さんと握手をする。

 こうして、俺と十和田さんの歪な関係はスタートしたのだった。

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