第2話 聖女様の懇願

 お互い唖然とし、思考が固まる。



「え、と……とりあえず、上がる?」

「お、お邪魔します……?」



 十和田さんを部屋に上げて、扉を閉める。

 部屋にみんなの憧れである十和田さんがいる。その非日常感に、頭がついて行かない。


 なんだこれ、どういうことだ?


 とりあえず十和田さんをソファーに誘導し、用意していたオレンジジュースを差し出す。



「ありがとうございます」

「いえいえ」



 対面に座り、オレンジジュースで唇を濡らす。

 ふぅ……。

 …………。



「確認してもいいか?」

「は、はい」

「本当に【トワノセイ】さん?」

「そっ、そうですっ。【トワノセイ】です」



 ……マジかぁ。



「逆にお尋ねしますが、本当に【MANA】さんですか……?」

「ああ。俺が【MANA】だ」

「え、でも女性なんじゃ……!?」

「SNSのプロフィールにも男って書いてあるぞ」



 十和田は急いでSNSを確認すると、愕然とした顔をした。



「……見逃してました……」

「やっぱりか。男のカメラマン相手にサキュバニーを要求するから、おかしいとは思ったんだ」



 こりゃ、どうするかな。

 頭を掻いて思案すると、十和田さんが泣きそうな顔で俯いた。



「こ、このことは……学校に、報告するのでしょうか……?」

「え?」

「その、あの……私、先生にもお友達にも秘密でコスプレしていて……」



 ああ、そういうことか。

 成績優秀、容姿端麗。

 教師からの人望も厚く、どんな相手にも分け隔てなく接し、友人も多くいる。


 聖女様と呼ばれる才女が、まさかSNSに上げられているくらい際どいコスプレをしてるなんて知られたら、どうなるかは想像にかたくない。


 改めて【トワノセイ】のアカウントを開く。


 メディア欄には【トワノセイ】が撮ったコスプレ自撮り写真や、カメラマンにお願いしたのか誰かに撮られている写真がアップされている。


 そのどれもが万超えの大バズり。

 まさしく、人気コスプレイヤーだ。


 俺が無言なことに心配になったのか、十和田さんは勢いよく頭を下げた。



「お、お願いしますっ、お願いしますっ! ど、どうか学校には……!」

「お、落ち着いて、十和田さん。大丈夫、言わないからさ」

「……ほんとう、です……?」



 涙で潤んだ瞳が俺を見つめる。

 その涙がとても綺麗で、今にも崩れ落ちそうな表情がとても儚げで……って、何考えてるんだ俺は。


 頭を振って煩悩を捨て去り、ハンカチを十和田さんに渡した。



「今日のことはお互い見なかったことにしよう。俺もこのことは学校にバレたくないから。今日は中止して、また明日から干渉しすぎず、普通に生活すればいい」

「え、でも……」



 十和田さんは物珍しそうな顔で撮影部屋を見渡す。

 まあ、教会の廃墟っぽくしてるからな、ここ。準備は大変だったけど、仕方ないか。



「ここで撮らなかったら、これってどうなるんです……?」

「ん? まあ、片付けるけど」

「……業者の方にも、ご迷惑を掛けてしまいますね……」

「いや、業者はいない。俺一人で準備したから」

「ええっ!?」



 これ、新しい人には毎回驚かれるんだよな。

 だけど、あの十和田聖がこんなに驚いた顔をするのは、なんか新鮮だ。


 ハンカチで涙を拭いた十和田さんは、今度は覚悟を決めた顔をした。



「……やらせてください」

「え? でも……」

「大丈夫です。せっかくここまで来たんです。私、やります」



 真剣な顔で俺を見つめる十和田さん。

 その目は、ベテランコスプレイヤーと同じ、プロの目をしていた。


 こんな目をされたら、断るのは野暮か。



「……わかった。そこの扉の向こうが控え室だ。そこで着替えてくれ。冷凍庫に氷も入ってるから、目を冷やすといい。腫れずに済む」

「わかりました」



 十和田さんは礼儀正しく頭を下げ、控え室へ向かった。

 あんなに真剣な顔で取り組むんだ。俺が下心を出してどうする。

 自分を律しろ。被写体を美しく撮るパーツになれ。


 目を閉じて集中する。

 待つことしばし。扉が開き、十和田が戻ってきた。

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