第55話 ジーゲスリード講和会議2日目 2
ジェムジェーオン東家当主レオン・ジェムジェーオンがスン・シャオライ中佐を連れて部屋に戻ってきたのは、ちょうど10分後だった。
ショウマ・ジェムジェーオンは机に座っていた。部屋に入り近づいてくるスンに話しかけた。
「ラオジット以来だな、達者であったか」
スンがショウマの前で恭しく頭を下げた。
「ショウマ殿下もご壮健のようで何よりです」
ショウマはスンが頭を上げたタイミングで言った。
「早速、教えてほしいことがある」
「御意」
スンがショウマの言葉を待った。
「ジェムジェーオン暫定政府の樹立に向けて、ザカリアスを動かしたのは誰だ」
「小官はザカリアス大将の不興を買い、側近から外されました。機密を知る立場になかったため、何も知りません。しかしながら、状況から考えてみると、ある程度絞り込むことはできます」
スンの表情は冷たく、感情が読み取れなかった。
――相変わらずか。
ショウマの呼び掛けに応じたスンの言葉や表情が、ラオジットで会った時と同様に、一切揺らがなかった。核心を突くような言葉で、動揺を誘ったが、スンの表情は変わらなかった。心の動きを全く掴めなかった。
「貴官の憶測で構わない。考えを述べてくれ」
「ザカリアス大将は『ジェムジェーオンを身分など関係ない平等が与えられる国にする』という大義を掲げていました。その大儀は、平民出身であるザカリアス大将自身を権威付ける装置や手段に過ぎませんでしたが」
「元の上官に対して、随分と辛辣だな」
「ザカリアス大将の行動から、そのように判断したまでです。ザカリアス大将は暫定政府で主導的立場を獲得したあと、大義に従って改革を進めるどころか逆の方向に舵を切りました。国内の治安維持を理由に、改革派を弾圧しました。しかも、自らの身を貴族に列しようとしました」
「その通りだな」
スンが話を本筋に戻した。
「ショウマ様の質問の回答に話を戻しますと、この国に力を行使しようとする勢力も、ザカリアス大将の態度から、旺盛な野心を嗅ぎ取ったのでしょう。以前から、その勢力とザカリアス大将が接近している様子がありました。この騒乱を切っ掛けとして、両者の結びつきが強くなり、ザカリアス大将を動かしたのではないかと」
「その勢力との結びつきを示す明確な証拠は持っているか」
「残念ながら、証拠はありません。ザカリアス大将は痕跡を残しませんでした」
明確な証拠を得られなかったのは残念だった。
――だが、私の考えとほぼ同じ方向を向いている。
レオンの調査資料とスンの証言は、ショウマの思考を確固とした。講和会議の前に、面会の時間を作った意味はあった。
ショウマは納得した。
「よろしい」
スンがショウマに頭を下げた。
そのまま部屋を退出しようとしたところ、ショウマは呼び止めた。
「スン中佐、貴官には個人的に、まだ聞きたいことがある」
部屋を退出しようとした足を返し、スンがショウマの前で直立を戻した。相変わらず、表情の変化はなく、ショウマの次の言葉を待った。
「貴官は影背人であったな」
「御意」
「そして、ジェムジェーオンの軍人でもある」
「御意」
スンが頷いた。
ショウマは続けた。
「私は今回のジェムジェーオン内戦において勝利者となった。この勝利をもたらした要因のひとつは、私の身に起きた幸運にあると考えている」
「幸運とは何か、お聞きしてよろしいでしょうか」
ショウマは姿勢を正した。
「私はクードリア地方のラオジットで囚われの身となった。その地において、ラオジットのガオ・オンピン殿と貴官から、3個師団の指揮を譲り受けた。私はこの3個師団をハイネスに進め、ザカリアスたち暫定政府軍を打ち破ることに成功した。この勝利によって、ハイネスの防衛を果たし、今回の騒乱決着のターニングポイントとした」
「それは幸運ではなく、ショウマ殿下の実力がもたらしたものです」
ショウマは頭を振った。
「そうではない。そもそも、ザカリアスたち暫定政府軍が、兵力を分散させずにもとの兵力をハイネスで維持していれば、私が3個師団を率いることは不可能だった」
スンが言った。
「結果から逆算すると、往々にして幸運と思えることもありましょう」
ショウマは手を組んだ。厳しい視線をスンに向けた。
「本当にそうなのか。私はこの幸運を手放しで喜ぶべきか」
「どのような意味でしょうか?」
「この幸運は作為的に創られたと疑っている。絵を描いた人間は、ラオジットのガオ・オンピン殿だ。そして、実行に移したのは貴官だと思っている」
スンが黙した。
ショウマの詰問は続いた。
「もちろん、結果には満足している。この幸運が無ければ、私はジーゲスリードに戻れなかった。それを考えれば、むしろ、感謝すべきなのかもしれない。ただし、貴官にひとつだけ問いたい。貴官はジェムジェーオンの軍人であり、ザカリアスの幕僚の一員であった。その意味において、貴官の行為は背信行為といえる。貴官の忠誠心は、影背人としての誇りやガオ殿に向いているのか」
小さな間。
――今後、スン・シャオライをどのように扱っていくか。
ショウマは決めかねていた。
スンが口を開いた。
「小官の忠誠心がザカリアス大将に向いていなかったのは事実です」
ショウマはスンの目を見据えた。
話は終わっていないようだ。
ショウマは眼でスンに「続けろ」と命じた。
「ザカリアス大将が掲げた『ジェムジェーオンを誰もが平等な機会が与えられる国にする』という大義に、小官は奉仕していました。ショウマ殿下がラオジットでガオ・オンピンに語った信念に従って行動し続ける限り、小官の忠誠心はショウマ・ジェムジェーオン殿下に向き続けます」
「貴官は、私個人ではなく、私の信念に対して忠誠を誓うと宣言しているように聞こえるが?」
「御意」
「では、私も貴官に対して、個人としての気質を考慮することなく、能力と結果を求め続けることになるが、構わないな」
「御意」
「私に有能であることを示し続けよ」
「微力ながら、尽力いたします」
スンがショウマに対して、頭を大きく下げ、部屋をあとにした。
ショウマは机の上で両手を組み、頭を乗せて目を閉じた。部屋の隅でショウマとスンとのやり取りを立ち会っていたレオン・ジェムジェーオンに訊ねた。
「貴公にお尋ねしたい。スン・シャオライという人物はどのように感じた?」
「これほど表情が変わらない人間がいるのかと」
人間は、言葉以外の表情や仕草から多くの情報を読み取り、理解する。それらが欠如しているスンは、理解の器から零れだし、不気味な印象を抱かせる。
レオンが続けた。
「しかしながら、同時に、信頼という言葉とは違いますが、ある種の誠実さを感じたのも事実です」
「なるほどな」
レオンがショウマと目を合わせて、小さく笑った。
ショウマは何度か軽くうなずいた。
――案外、素直な人物なのかもしれないな。
国造りには多様な人間が必要になる。
ショウマ・ジェムジェーオンにとって、スン・シャオライは活動させる機会を与えるべき有意な人材のひとりとなった。
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