第53話 ジーゲスリード講和会議1日目 6
ジーゲスリード講和会議の1日目、閉会後の夜、ショウマはジェムジェーオン東家の当主レオン・ジェムジェーオンを呼び出していた。
レオンが約束した時間通りにやって来た。
「ショウマ様も夜遅くまで、ご苦労なことです」
「これで、2日連続で貴公を呼び出してしまった。それも、夜遅くに付き合ってもらい、悪いと思っている」
レオンが小さく笑った。
「いえいえ、アスマ伯も同じでした。これまでも人使いが荒い当主に仕えていたので、慣れています」
「遺伝なのかもしれないな」
ショウマの冗談に、レオンが微笑とも苦笑ともとれない顔をした。
「座ってくれ」
「遠慮なく」
レオンがソファに腰かけた。
ショウマは机の上に置かれたポットからコーヒーをカップに注ぎ、ソファのテーブルに自分とレオンの分を置いた。
「コーヒーしか用意していないが」
「ありがとうございます。昨日言い忘れましたが、どちらかといえば、私はコーヒーよりも紅茶派なんです」
ショウマは小さな笑みを顔に浮かべた。
「それは申し訳ない。今日は我慢できるか」
「コーヒーも飲めない程には嫌いではありません」
「次は、紅茶も用意しておこう」
「それはありがたい。感謝いたします」
お互いに、カップのコーヒーを一口飲んだところで、ショウマは切り出した。
「貴公に来ていただいたのは、私の話を聞いて貰いたかったからだ」
ショウマの表情が真剣に変わったのを見て取ったレオンが、真顔で承諾を示した。
ショウマは話し始めた。
これまでに判ったこと、判っていないこと、繋がりが予測それるもの、まったく関連が不明なものを、包み隠さずレオンに話した。
ショウマの話が終わると、レオンが口唇の端をニヤリとさせた。
「まったく、ショウマ様には驚かされる。私が何カ月も掛けて調査したものに、僅か数日で辿り着くとは」
レオンが手鞄のなかからファイルを出し、ショウマに差し出した。
ショウマはファイルを手にした。
「これは」
「私が調査し収集したものをまとめたものです。そのなかには、ショウマ様の考えを整理する材料もあります。ただ、私の調査も完全ではなく、ショウマ様のすべての疑問を解消するには至らないでしょう」
ショウマはファイルを開き、目を通した。
――なるほど。
資料は、良くまとめられていた。レオンの調査結果のなかには、ショウマの考えを補強する事実が集められていた。
ショウマは資料に目をむけながら、思わず、口に出した。
「これはありがたい」
「しかしながら、これだけでは最期のピースは埋まりません」
「確かにその通りだが、これだけの証拠を集めれば、貴公もある程度の真実を暴く動きがとれたのではないか」
レオンが神妙な顔をした。
「追及するには政治的な力が必要です。もっと確固たる証拠を集められていれば、違っていたのかもしれませんが」
レオンが言いたいことは十分すぎるほど理解できた。
「確かに、貴公の言う通りだ。これは私の役割だ」
「お願いいたします」
ショウマはソファに深く腰かけた。
「明日、講和会議が再会される前に、話を聞きたい人物がいる」
「ドナルド・ザカリアスですね」
「そうだ。ザカリアスの話を裏取りするため、パーネル中将も呼びたい」
「それは良い考えだと思います。常に、マクシス・フェアフィールド元帥の傍にいたパーネル中将が尋問に立ち会えば、ザカリアスは自らに都合の良い事だけを述べる訳にはいかなくなるでしょう。講和会議が再開される前、明日の午前中に、ふたりを召喚しておきます」
「頼む」
レオンが立ちあがった。
ショウマはレオンを見上げながら言った。
「それともうひとり」
「誰ですか」
「明日でなくてもいいのだが、スン・シャオライ中佐に確認したいことがある」
「判りました」
ショウマは軽く頷くと、レオンが部屋を出て行った。
その後姿を目で追いながら、ショウマは自らに言い聞かせた。
――正念場だ、考えることを放棄してはならない。
ショウマは、現時点でもまだ、自分は戦場の最前線に立っていると捉えていた。
帝国歴628年3月29日、ジーゲスリード講和会議の1日目は幕を閉じた。ショウマ・ジェムジェーオンは、亡くなった父アスマ・ジェムジェーオン伯爵に思いを寄せ、父アスマの思いや無念を自らの心に刻みつけ、決意を新たにしていた。
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