第48話 ジーゲスリード講和会議1日目 1

 帝国歴628年3月29日、後の世にいうジーゲスリード講和会議が始まった。


 抗争に直接関与したバルベルティーニ伯爵国やライヘンベルガー男爵国だけでなく、周辺諸国の君主や首脳たちがジェムジェーオン伯爵国の首都ジーゲスリードに集まった。

 特に、アクアリス大陸前脚地方の二大国、ジェムジェーオンとパイナスのトップが一堂に会するとあって、帝国全土から注目されていた。

 アクアリス大陸の前脚地方で、ジェムジェーオン伯爵国とパイナス伯爵国の両国は、長期間に渡って、雌雄を競ってきた。その結果、周辺諸国はどちらかの陣営に色分けされていた。直接二大国が戦闘に至ることはなかったが、頻発する周辺諸国の紛争において、代理戦争の形で対峙していた。それが故に、相手陣営で式典が開催される場合も、君主代理人として準トップ級の人間が出席し最低限の礼を示すことが慣習となっていたが、今回は皇帝代理人ヴァイシュ・アプトメリア侯爵の名において参集が掛けられた結果、パイナス側の諸国からもトップの人間が列席することになった。


 各国の出席者は次の通りであった。


・シャニア帝国の皇帝代理人ヴァイシュ・アプトメリア侯爵

・パイナス伯爵国アルベルト・パイナス伯爵

・ニューウェイ子爵国タイガ・ニューウェイ子爵

・ライヘンベルガー男爵国オリバー・ライヘンベルガー男爵

・ノリス共和国オズワルド・シナモマム首相

・デル=サルト都市群パスクォーリオ・ブルーニ代表

・コントラニーニ男爵国ユルゲンス内務大臣

・バルベルティーニ伯爵国クーペル外務大臣


 これら出席者たちに、当事国ジェムジェーオン伯爵国から、ショウマ・ジェムジェーオンとカズマ・ジェムジェーオンの兄弟、軍部を代表してギャレス・ラングリッジ元帥、政府からはイアン・ブライス内務大臣の4人が出席していた。


 ヴァイシュ・アプトメリア侯爵が、皇帝代理人として講和会議に強い意気込みをもって臨んでいたのと同様に、各国の列席者たちも、自国のために、少しでも有利な条件を引き出そうとこの場に臨席していた。

 当然ながら、各国の思惑が同じ方向を目指すはずはなかった。




 ジーゲスリード講和会議の初日。

 皇帝代理人ヴァイシュ・アプトメリア侯爵が口火を切った。


 シャニア帝国皇帝への讃辞から始まった。

 会議出席者全員の最敬礼が5秒間続いた後、アプトメリア侯爵が宣言した。


「吾ヴァイシュ・アプトメリア侯爵は、シャニア帝国皇帝ヴィンセント3世陛下の代理人として、陛下の恩寵に感謝すると同時に、忠実なる臣として公正を期して、この講和会議に臨みます」


 会議出席者全員が腕を胸の前に置き、敬礼した。


「公明正大な精神にて、この講和会議に望むことを誓います」


 中央上座のアプトメリア侯爵が着席した。


「叩頭を免除する」

「はい」

「叩頭を免除する」

「はい」


 2度目で会議出席者が顔をあげ、着席した。皇帝代理人アプトメリア侯爵にも皇帝陛下に対する作法が適用される。

 アプトメリア侯爵が、会議出席者ひとりひとりの顔を順に確認していった。

 末席のところで顔の動きが止まった。


「バルベルティーニ伯爵代理人」

「はい」

「卿の名を聞かせてもらえないか」


 バルベルティーニ伯爵代理人はクーペル外務大臣だった。

 中肉中背で白髪の混じった茶色の髪をきっちりと分けている。アプトメリア侯爵の口調のなかに冷厳さが含まれているのを、クーペルは嗅ぎ取った。青ざめた表情で、絞り出すように返答した。


「ク、クーペルであります。……バルベルティーニ伯爵国において、外務大臣の職を拝命しております」

「残念ながら、吾は卿の名を耳にした憶えがない」


 クーペルが、しどろもどろな口調で謝意を示した。


「そ、そうですか。申し訳ありません」


 アプトメリア侯爵の言葉は短く痛烈だった。


「謝罪の必要はない」


 クーペルが次に繋ぐ言葉を失った。

 アプトメリア侯爵が、言葉を続けた。


「吾ヴァイシュ・アプトメリア侯爵は皇帝陛下の名代として、バルベルティーニ伯爵国に対して、伯爵本人の出席を要請したはず」


 皇帝代理人たるヴァイシュ・アプトメリア侯爵の要請に従って、各国からトップがジェムジェーオンの首都ジーゲスリードに参集していた。そのなかで、国のトップが出席していないのはバルベルティーニ伯爵国とコントラニーニ男爵国の二国だけだった。

 コントラニーニの場合、当主マルコが10歳という年齢で、代理人として出席しているユルゲンス内務大臣は、前代ロベルト・コントラニーニ男の爵時代からの宿老として、広く名が知れていた人物だった。


「もちろん、承知しております。ただ、当主フランク・バルベルティーニは病に伏せております。そのため、小職が代理人として派遣された次第です」


 アプトメリア侯爵の表情が一変した。

 激しい感情に支配されていくのを目の当たりにした。侯爵の鋭利な視線が、クーペルを見据えた。


「では、なぜ、当主フランク・バルベルティーニ伯爵の代わりに臣下最高位にあるジャン=ルイジ・アコスタ宰相がこの会議に出席しないのだ。彼の者がバルベルティーニ伯爵国を動かす力をもっているのは、吾の耳に届いている」


 クーペルが、アプトメリア侯爵がジャン=ルイジ・アコスタの名前を出したことに、明らかな動揺を示した。


「アコスタですが、……その、アコスタ宰相も、当主フランクと同様に、病気を患っており出席が叶いませんでした」


 アプトメリア侯爵の視線は、クーペルの目を冷たく刺したままだった。


「クーペル卿」

「はい。なんでしょうか」

「卿に個人的な恨みはない。だが、今回のバルベルティーニの態度、吾は決して忘れはしない。そして、吾は卿に、この会議に出席する者として責任を求める」


 クーペルが頷いた。


「も、もちろん小職が責任を全うします」

「その言葉、確かに受け取った。言いたいことはそれだけだ」


 アプトメリア侯爵がバルベルティーニ伯爵代理人クーペルに告げ終えると、ジェムジェーオン陣営に視線を送った。


「以後の進行は任せる」


 当事国ジェムジェーオン伯爵国の出席者のうち、会議の進行役はイアン・ブライス内務大臣に任されていた。ブライスは「私は暫定政府が武力によって国を掌握するという手段に同意できない」と最後まで暫定政権に与さなかった豪毅な人物だった。

 ゴホン。ブライスが空咳をひとつ入れて、場の雰囲気を正した。


「ジェムジェーオン伯爵国で内務大臣を拝命しておりますイアン・ブライスです。今回の講和会議において、進行を勤めさせていただきます」


 アプトメリア侯爵が腕組みをしながら首を縦に振った。ショウマだけでなくアプトメリア侯爵も、ブライスの敢然なる行動を耳にし、姿勢を高く評価していた。


「まず、この会議を始める前に、事務方において、関係各国と折衝を開始していることを報告いたします。ジェムジェーオンから提案、また、各国から要望を受け付け、講和条件を協議しております」


 ブライスが手許の資料に目を落とした。


「提案と要望を精査した結果、今回の講和に関して、ジェムジェーオンと条件を妥結する対象国は、ライヘンベルガー男爵国、ニューウェイ子爵国、バルベルティーニ伯爵国の三国となります。最初に確認いたしたいのですが、この対象三国以外の諸国におかれては、今回の講和を無条件に認める、とみなします。よろしいでしょうか」

「了承した」


 ノリス共和国オズワルド・シナモマム首相、デル=サルト都市群パスクォーリオ・ブルーニ代表、コントラニーニ男爵国ユルゲンス内務大臣の3人が即座に返答した。

 ブライスが返事のないアルベルト・パイナス伯爵に視線を向けた。

 金色と茶色の中間色の髪をオールバックにしたパイナス伯爵アルベルトが、金縁丸眼鏡をいじりながら、高圧的な態度で、苦い表情を作った。


「ああ、よかろう。それとも、この機に乗じてパイナスがジェムジェーオンに何かを要求するとでも思っているのかね」

「パイナス伯の同意が得られて安心しました」


 ブライスがアルベルトの当てつけを軽く受け流した。

 さすが暫定政府の圧力に屈しなかっただけはある。

 ショウマは進行をブライスに任せたのは正しかったと確信した。

 ふん、アルベルトが鼻を鳴らした。

 ブライスがアルベルトの悪態を一顧だにせず、会議を進めた。


「各国より同意をいただけたところで、対象三国との講和条件を協議したいと思います。各国との講和条件はそれぞれ異なることから、一国ごとに進めさせていただきます」


 ついに、ジェムジェーオン講和会議は本題に移ろうとしていた。

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