第44話 常勝の軍神2
帝国歴628年3月28日、ショウマ・ジェムジェーオンをはじめとするジェムジェーオン伯爵国の首脳陣は、皇帝陛下の代理人たるシャニア帝国の征東将軍ヴァイシュ・アプトメリア侯爵一行を歓迎するため、整列して首都ジーゲスリードの街の正門入口で、到着を待ち構えていた。
わざわざ屋外で、国の首脳陣が総出となって、皇帝陛下もしくは皇帝代理人を歓待するのは、帝国の権威を一般大衆に知らしめるためと、ジェムジェーオンをはじめとする地方の封建領主たちに、帝国への服従を刻み込むために行われていた儀式だった。
歓待するジェムジェーオン首脳陣の中心で、ショウマは待ち構えていた。
最初にジーゲスリードに到着したのは、アクアリス大陸最強と称えられているヴァイシュ・アプトメリア侯爵とその親衛隊だった。黄金色に塗装された
ショウマの隣に立っていたカズマ・ジェムジェーオンが、黄金の
「あれが、『常勝の軍神』のポーラスターか。……かっこいいな」
ショウマはカズマの呑気な言葉に苛立ちを憶えた。
カズマに顔を向けずに、真っすぐヴァイシュ・アプトメリア侯爵たちが到来するのを見据えながら、言い放った。
「カズマ。じきに、アプトメリア侯爵がこちらに来る。気を引き締めてくれ」
「オレも専用の
「だから」
カズマがショウマの言葉を遮るように顔を直視してきた。
「兄貴。らしくないぞ。明らかに、普段よりピリピリしている」
ショウマは目が覚めた思いがした。
喉が無性に乾いていた。自分自身が己で作り出した張り詰めた空気に、支配されていることを自覚した。
目を閉じて、自分自身が恐れている気持ちの正体を探った。
――そうだ。恐れることなど何もない。
常に隣に立っているカズマだからこそ、ショウマがいつになく神経質な状態にあると、気が付いた。
ショウマは呼吸を整えた。カズマに顔を向けた。
「ありがとう。カズマの言う通りだ。確かに、余計な力が入っていたようだ」
「礼は不要だ。オレに専用
「残念ながら、
チッ、カズマが軽く舌打ちしたあと、笑いながら言った。
「新しい国主は、ケチだと言いふらすぞ」
ショウマも笑顔で返した。
「構わないさ。その代わり、国主の双子の弟は、強欲というオマケが付くがな」
アプトメリア侯爵と親衛隊の
最初に、アプトメリア侯爵国旗を掲げたバトルシップ、次に、随行のパイナス伯爵国旗を掲げたバトルシップ、最後に、帝国旗を掲げたバトルシップだった。帝国旗のポール先端には、皇帝陛下もしくは皇帝代理人しか掲げることが許されていない聖獣獅子(アクアリス)の紋章が輝いていた。
ジェムジェーオン首脳陣の眼前に、シャニア帝国の勅使が勢揃いした。
最前に位置する黄金の
ヴァイシュ・アプトメリア侯爵が
アプトメリア侯爵を先頭に錐型になって、ショウマたちに向かってきた。
ジェムジェーオン首脳陣のなかから、ざわめきが起こった。
「あの人物が『常勝の軍神』なのか。思っていた姿と違うな」
「まるで、女性のようだ」
ショウマは無言のまま、アプトメリア侯爵をじっと観察した。
中性的で優美な顔立ち、腰ほどの長さのストレートの黒髪、身体の線は細く華奢といえた。身長は165㎝程度、周囲を屈強な親衛隊たちに囲まれているのも相まって、遠目からは女性と見間違う容貌だった。
目に映ったアプトメリア侯爵の容姿から、『常勝の軍神』という猛々しい威名で呼ばれ、幾多の戦いで勇名を轟かせてきた人物を想起することは難しかった。しかしながら、鋭利な眼光と身体から発しているオーラは特別だった。神々しいまでの激烈さが、ヒシヒシと伝わってきた。
アプトメリア侯爵が、至近まで近づいてきた。
ショウマをはじめとするジェムジェーオン首脳陣は片膝を地に付けて、頭を深く下げた。アプトメリア侯爵は皇帝代理人の身であり、礼式も皇帝陛下を迎える時と同等の格式に則らなければならない。
アプトメリア侯爵が、ショウマの目の前で立ち止まった。
「出迎えご苦労」
アプトメリア侯爵の声色は高かった。
ショウマは頭を下げ目線を合わせずに、返答した。
「遠路はるばるのご来訪、慶賀の至りに存じます」
「ショウマ・ジェムジェーオン卿か」
「左様です」
「叩頭を免除する」
「はい」
「叩頭を免除する」
ショウマは2度目で頭を上げた。一度の諾了で顔をあげないのは、皇帝陛下に対する作法だった。
ヴァイシュ・アプトメリア侯爵が、ショウマの顔をじっと見た。
「起立を許す」
ショウマは立ち上がり、礼をした。
「ショウマ・ジェムジェーオンです」
「皇帝陛下の代理人としてこの地に赴いた。征東将軍ヴァイシュ・アプトメリア侯爵だ」
アプトメリア侯爵が手を差し伸べた。
ショウマはその手を握った。華奢な手から想像できない力強さだった。
手を離したあと、アプトメリア侯爵が周囲を見渡しながら、言った。
「ジェムジェーオンは温かいな。吾の領国では、ようやく雪が解け始めようとしているところなのに」
アプトメリア侯爵の領地はジェムジェーオンのずっと北部に位置しており、冬の寒さが厳しいことで知られていた。
「ジェムジェーオンにとって、今年の冬は様々な意味で大変厳しい季節となりました。国民の誰もが、本当の春が訪れることを心待ちにしております」
アプトメリア侯爵が少しだけ口許を緩めて、頷いた。
「卿の言うこと、尤もだな」
改めて、ショウマはヴァイシュ・アプトメリア侯爵を観察した。
年齢は30歳をゆうに超えているはずだが、肌質は若々しくショウマやカズマと同じく20代中盤くらいの年齢に見えた。
「重ねてになりますが、アプトメリア侯爵には、ジェムジェーオンにお越しいただき、ご尊顔を拝しましたこと、慶賀に堪えませぬ」
アプトメリア侯爵が言った。
「率直に話してくれて構わない」
「承知しました」
「して、この後の予定を聞かせてもらえるか」
「ジェムジェーオンの宮殿、グランドキルンにて、ささやかながら侯爵一同の歓迎祝宴を用意しております」
「儀礼的な催しは好きではないのだが、最低限の儀礼は必要であると理解している。今夜の祝宴は、受けることにしよう。ただし、なるべく簡素なものにしてほしい」
「承知しました。礼を失さない程度の規模にいたします」
「グランドキルンか。貴公の父君アスマ・ジェムジェーオン伯爵より、ジェムジェーオンの誇りである宮殿『グランドキルン』の名を伺っていた。そして、いつか吾を招きたいとも言われていた。……このようなかたちで、実現するとはな」
アプトメリア侯爵の目が遠くを見ていた。
――父アスマとアプトメリア侯爵。
父アスマとアプトメリア侯爵は、帝国首都シャニアエルデにて、交流があった。その際のアプトメリア侯爵の振舞いについて、父アスマが語っていたことを思い起こした。
「父とアプトメリア侯爵は、どのような関係だったのですか」
「吾とアスマ伯は、皇帝陛下直臣である相伴衆の中央貴族たちに、対抗する同志となるはずだった」
「そのような約束を交わしていたのですか」
「吾からアスマ伯にお願いしていた」
ショウマはアスマが話したこと内容を思い出した。
父アスマは、アプトメリア侯爵から「帝国の中央政府は、六家を中心とした名門の門閥貴族たちに牛耳られている。手を携えて、シャニア帝国を改革しようではないか」と誘われた、と語っていた。
「吾らはジェムジェーオンに着いたばかりだ。今はここまでとし、今夜の歓迎祝宴で貴公と話せることを楽しみとしよう」
「はい」
ショウマはアプトメリア侯爵に頭を下げて、同意を示した。
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