第43話 常勝の軍神1
帝国歴628年3月24日、シャニア帝国直轄領、南東部の都市エルベルク。
この地において、民主制への政治体制移行を掲げて、エルベルク都市防衛軍の司令官ケッペル准将が、自身が所属するシャニア帝国南東方面軍に反旗を翻しエルベルクの都市を掌握した。
「シャニア帝国は腐っている。市民の苦しみを顧みず、六家を中心とする中央貴族たち相伴衆は、政治を自分たちの権力争いのオモチャにしている。帝国を変革するには、我々民主派が立ちあがって、この国の在り方を変えていくしかない」
ケッペル准将のエルベルク占領から2日が経過していた。
エルベルクはシャニア帝国直轄領の南東部に位置しており、帝国の5大方面軍のうち、南東方面軍の管轄となっていた。
帝国南東方面軍の司令官はヘーネス大将だった。ヘーネスは中央貴族たちの間で巻き起こった政局に巻き込まれ、首都シャニアエルデに召喚されており、軍に不在だった。最高責任者がいない南東方面軍は、自軍の管轄で発生したこのクーデターに対して、即座に対応できなかった。
隣接する軍管轄、首都中央方面軍と南西方面軍と北東方面軍も、南東方面軍と同様に首都シャニアエルデの中央貴族たちの間で発生した政局の影響を受けており、司令官不在で軍を動かせる状況になかった。加えて、隣国パイナス伯爵国をはじめとする東方諸国は、ジェムジェーオン伯爵国で発生した内乱の講和会議に出席するため国主が不在であり、容易に軍を動かせる状況ではなかった。
帝国内の反動分子である民主派のひとり、エルベルク都市防衛軍の司令官ケッペル准将が、待ち望んでいた蜂起の機会は、今ここをおいてなかった。
ケッペル准将は民主移行を掲げて蜂起した。
たちまち、民主派によって、エルベルクは占拠された。
この報せが、シャニア帝国のなかを駆け巡った。帝国内に潜伏している民主派が勢いづいた。帝国各地で、エルベルクに続く蜂起の準備が、密かに進められた。
エルベルクを手中に収めたケッペル准将のもとに、ひとつの報がもたらされた。
「正体不明の部隊が、ここエルベルクに向かっきています」
「南東方面軍がもう動いたのか。司令官ヘーネス大将は、まだシャニアエルデにあるはずだ。誰が指揮しているのだ」
「南東方面軍の軍勢にしては、部隊構成がおかしいです。
報告を受けたケッペルは、報告の意味を理解できなかった。自らが抱いた疑問を、自分自身に言い聞かせるように言葉にした。
「
「小官もそのように考えまして、確認の電文を何度も送りました。ですが、そのどれもが無視されています。ただ、まっすぐ、エルベルクに向かってきます」
「では、対応を考えねばならぬな。規模はどの程度なのだ」
「
ケッペルは目を剥いた。
「
「その通りなのですが……」
「あるいは、我々の蜂起を軽んじているということか。よかろう、眼にもの見せてやろうではないか」
ケッペルは拳を突きあげて立ちあがった。
「私自ら出撃する。相手が小勢であろうが、エルベルク都市防衛軍が帝国正規軍を撃退したとなれば、戦果は帝国全土に喧伝され、民主派の同志たちに勇気を与えるだろう」
「圧倒的な力の差をみせつけましょう」
部下の士官たちがケッペルに同調した。
ケッペル准将が直接出馬を表明したことで、エルベルク都市防衛軍の士気は最高潮に達していた。
30分後、バトルシップの艦橋で指揮を執るケッペル准将の眼に映っていた光景は、味方の惨劇だった。
黄金に塗装された
味方のひとりが、戦場で叫び声を上げた。
「あの黄金の
「『常勝の軍神』ヴァイシュ・アプトメリア侯爵……」
気付くと、ケッペル准将はわなないていた。
「なぜ、あの『常勝の軍神』がエルベルクにいるのだ」
ケッペルの目に、自分と同様に味方の士官たちが動揺している様子が映った。
ここで自分が踏ん張らなければ、目標として掲げた民主移行を実現できない。
ケッペル准将は必死になって、気持ちを立て直した。
「冷静になるのだ。たとえ『常勝の軍神』が相手であろうとも、たかだが、
ケッペルが乗艦するエルベルク都市防衛隊の旗艦バトルシップは、防衛特化型の火力重視仕様だった。
旗艦を中心に翼を広げるように、火力部隊を展開させた。敵の
シャニア帝国の征東将軍、ヴァイシュ・アプトメリア侯爵は自身の専用
――いまさら、布陣を変えたとて、遅い。
『ポーラスター』のコックピットのなかで、ヴァイシュは親衛隊に指示した。
「敵軍は散開して、火力を集中させる気だ。こちらもバラバラに展開して、一気に間合いを詰める」
「承知」
エルベルク都市防衛隊の火力部隊が鶴翼に広がった。
集中砲火を開始しようとした時、既に、ヴァイシュが率いる
ヴァイシュと親衛隊の
ケッペル准将のバトルシップから連続で砲撃が放たれた。
『ポーラスター』と親衛隊の
続けて、鶴翼に拡がった火力部隊から砲火が放たれたが、これも当たらなかった。
この事態に、エルベルク都市防衛軍は、慌てふためいた。
「こちらの攻撃が当たりません」
「とにかく、撃ち続けるのだ。弾幕を張って、近づく敵を跳ね返すのだ」
「それでは、砲火が味方に当たってしまいます」
ケッペルがバトルシップの指揮官席で叫んだ。
「多少の犠牲は仕方ない。砲火の波状攻撃で、敵
「本当に防ぐことができましょうか」
「敵は寡兵、各個撃破して、敵
アプトメリア侯爵が率いる親衛隊は、砲撃の波をかいくぐった。
エルベルク都市防衛軍の
ヴァイシュ・アプトメリア侯爵専用
ケッペルが目を見開いた。
「これがギフテッドと呼ばれるヴァイシュ・アプトメリア侯爵の力量か」
『ポーラスター』は、旗艦バトルシップの前で、威風堂々と立ち構えた。
専用武器『サンダーボルト』を振りかざした。
電撃光が走った。
次の瞬間、旗艦バトルシップの艦橋が雷光に包まれていた。
ケッペルが乗艦していた旗艦バトルシップが爆発した。
周囲に展開していた親衛隊も、エルベルク都市防衛軍との戦闘を終わらせていた。
ヴァイシュは苦笑いした。
「この程度の相手であれば、ギフトを使用するまでもない。通常の戦闘で充分だ」
親衛隊のうち、1機の
「雷神卿、良かったのですか」
「ヴァルトガイストか。何がだ」
アプトメリア3神剣のひとり、親衛隊長のヴァルトガイスト大佐がアプトメリア侯爵に尋ねた。
「帝国の南東方面軍に引き渡すため、相手の首魁であるケッペル准将を生きて捕えなくてもよかったのですか」
ヴァイシュは不敵に笑みを浮かべて答えた。
「吾らはジェムジェーオン伯爵国に向かう途中、少しだけ寄り道しただけだ。そこで、たまたま帝国に抗う賊に出くわし、抵抗を受けた。誰の命令を受けた訳ではない。群がってきた虫を打ち払っただけだ。動きの遅い帝国軍のことなど気にしていられるか」
ヴァルトガイストが苦笑いを浮かべながら頷いた。
「これほど戦力を削っておけば、いくら動きが鈍い帝国南東方面軍であっても、問題なくエルベルクを奪回できるでしょう」
「その通りだ。早いところ、吾らもジェムジェーオンに向かうぞ」
ギフト。天啓として与えられる特殊能力で、選ばれた僅かな人間にだけ発現する。
ギフテッドと呼ばれるギフトを発言させた人間は、人を超越した力を有する。アクアリス大陸のこれまでの歴史に、大きな影響を及ぼしてきた。
ギフトの発現は、人間が精神的に、あるいは肉体的に追い込まれた状況が関係しているといわれている。ギフトに関する研究は、昔から様々な場所で実施されてきたが、能力の発現に遺伝的な要素は関係なく、後天的な性質であること、人間誰しもが発現する可能性があることくらいしか判明していなかった。
ヴァイシュ・アプトメリア侯爵が、天啓を受け、ギフトが発現したのは15歳の時だった。アプトメリア侯爵に発現したギフトの特徴は、肉体の潜在能力を限界を引き出せるというものだった。このギフトにより、
ヴァイシュ・アプトメリア侯爵専用
量産タイプの
ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリード、ジェムジェーオン防衛軍本部庁舎。
ギャレス・ラングリッジ元帥がショウマ・ジェムジェーオンのもとを訪ねていた。
「ショウマ様、アプトメリア侯爵のこと、耳に入っていますか」
「ああ。たった50機の
「はい。アプトメリア侯爵は帝国皇帝代理人として、ここジェムジェーオンに赴くため、本国の親衛隊の一部を随伴していました。そのうち50人で、エルベルクの反乱を鎮圧したとのことです」
「親衛隊50人。中隊規模の戦力で、都市防衛軍を圧倒したのか」
「そのようです。帝国本国の動きが遅いとみるや、侯爵自身が
ショウマはその様子を想像したあと、大きく手を広げた。
「アプトメリア侯爵以外であれば、ただの暴挙だな」
ギャレスが頷いた。
「その通りですが、早期鎮圧を成し遂げたことにより、帝国内の民主派は気勢を削がれました」
「結果的に、戦略的に正しい対処だったということか」
「戦術の優位が戦略を凌駕したというべきでしょうか。ただ、アプトメリア侯爵以外には真似できる所業ではありませんが」
ショウマは苦笑いしながら応じた。
「誰もがそのような化物じみた芸当をされては困る」
「まったくです」
「ギャレスの口から聞いておきたい。ヴァイシュ・アプトメリア侯爵とは、どのような人物なのだ」
「私はアスマ・ジェムジェーオン伯爵の随伴で帝国首都のシャニアエルデに赴いた際、一度だけアプトメリア侯爵に拝謁したことがあります。直接、話したのは短い時間でしたが、言葉の随所に皇帝陛下への忠誠と、現在の帝国を立て直したいという意思を感じました。それが自らに課せられた信念であると感じ取りました」
「そうか。噂に違わないということか」
シャニア帝国皇帝に対する絶対の忠誠、気高く公明正大な人物。これが、世のヴァイシュ・アプトメリア侯爵に対する評判だった。
今回、アプトメリア侯爵は皇帝代理人としてジェムジェーオン来訪することを志願したといわれている。さらに、来訪途中にパイナス伯爵領に寄り、アルベルト・パイナス伯爵をジェムジェーオンに随行させている。
パイナス伯爵国は、アクアリス大陸前脚地方でジェムジェーオン伯爵国と並び称される名門で、長期に渡って、この2国は覇を争ってきた。
ショウマは、アプトメリア侯爵がパイナス伯爵を随行させた意図を掴めないでいた。
――味方か。それとも、敵か。
訪問前に、パイナス伯爵がアプトメリア侯爵に何かを吹き込んでいたとしたら、面倒なことになりかねない。
「ギャレス、アプトメリア侯爵が自ら望んでジェムジェーオンに来訪する意図は、何だと思うか」
「次期ジェムジェーオンの当主であるショウマ様を、自らの目で確認したいという意図はあると思います。ただ、政治的意図は不明です」
「侯爵の考えを把握するまで、慎重に対峙する必要があるな」
ショウマ・ジェムジェーオンの掌は、いつの間にか汗で滲んでいた。
征東将軍ヴァイシュ・アプトメリア侯爵。
『常勝の軍神』と呼ばれる圧倒的な力、ジェムジェーオン来訪の思惑を掴むことができない事も相まって、ショウマの気持ちからゆとりを削いでいった。
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