第42話 ジーゲスリード入城5

 クラウディウスは、ガルバをその場に残して、仮面の人物に連き従った。

 しばらくの間、仮面の人物が無言のまま、クラウディウスを先導した。陣屋のテントに着くと、頭を振ってなかに入るように促した。

 なかには、もうひとりの仮面の人物がクラウディウスを待っていた。こちらの人物は華奢な体格をしていた。

 クラウディウスはテントのなかに入室した。

 すると、体格の良い仮面の人物が、陣屋のテントの入口を隙間なくしっかりと閉じた。


 華奢な体格をした仮面の人物が、クラウディウスに向かった。


「お久しぶりです。ベリウス」


 クラウディウスは仮面のふたりを凝視した。

 ふたりが仮面を外した。


「やはり」


 クラウディウスは跪き、頭を下げた。


「ご無沙汰しております」

「頭を上げて立ちあがってください。誰に見られるか、分かりません」

「注意を怠るわけにはいかないのでな」


 ふたりが仮面を再び着用した。

 クラウディウスは立ちあがった。


「ご無事で何よりです」


 体格の良い仮面の人物が低い声を響かせた。


「それにしても相変わらずだな、ベリウス。その強引さは」

「そうですか」


 フッ、体格の良い仮面の人物が鼻で笑った。


「いくら終戦後とはいえ、バルベルティーニのクラウディウスともあろう者が、敵対していたこちらの陣に、護衛も付けずに訪れるなんて、正気とは思えん」

「幸いなことに、俺の名は純粋な武人として通っています。だから『戦闘中に圧倒されたASアーマードスーツランサー部隊の隊長と国に戻る前に話がしたい』という動機は、不可思議という程には的外れには聞こえません」

「いかにも、ベリウスらしいものな」

「そして、官職を解かれ本国から召還命令を受けているのは事実です。事実を織り混ぜていることが、言葉の真実味を補強します。この話を聞いた者は思うはずです。なにか企てがあるのならば、そのように堂々と振舞うわけがない。クラウディウスは単純な思考の持ち主で、純粋な興味として単独行動したのだ、と」

「なるほど。ベリウスにしては考えているのだな」


 クラウディウスは苦笑いした。


「苦手なんですがね。バルベルティーニで置かれている立場が、考えることを俺に要求しています」

「皮肉か?」

「まあ、それもあります。あなたがいれば、俺の役回りも変わったでしょうから」

「だからこそ、俺は戦場でメッセージを送ったのだ『ここにいる』と。こんな無理をして、確認する必要はなかったろう」

「俺は直に、自分の目で見たものしか信じられないタチなんです。ただ、ここに来た動機は、それだけではありません。バルベルティーニに戻る前に、ふたりに確認したかったことがあります」

「何をだ」


 クラウディウスは、真剣な目で訊ねた。


「ショウマ・ジェムジェーオンです。お会いになる機会がありましたか」

「ああ。何日間か行動を共にしていた」

「隣国の当主となる人物です。ショウマがどのような人物であるか、情報を入手しておきたいと」

「確かに、直接伝えた方がよいことだな」

「お聞かせください」


 体格の良い仮面の人物が腕組みをした。

 一瞬、考えた後、言葉を選びながら語った。


「頭の回転の速さや決断の大胆さは、相当に傑出している。しかも、自らが置かれた立場を良く理解している。若い身で反発もあろうに、貴種であることや類い希な容姿を自然と利用している。簡単なようで、誰しもができることではない」


 クラウディウスは華奢な仮面の人物の方を向いた。


「どうでしたか」

「普通に考えれば、一連の戦いは、ほとんど勝機のない暴挙といえるものでした。あれだけ不利な状況が重なっていたのですから。しかし、それらを覆して、最終的に勝利したのはショウマ・ジェムジェーオンでした。運が良かった、良将に恵まれた、という声もあります。しかしながら、私は、それらは勝因の一部に過ぎないと思います。最大の勝因は、ショウマ・ジェムジェーオンの存在と考えます。彼が先頭に立って、実現可能であると信じたことが、今回の勝利をもたらしたと思います」


 ふむ。クラウディウスは軽く頷いた。


「おふたりとも、随分と高い評価ですね」

「ベリウスは敵の立場から見て、どう思ったのだ」

「敵に回すと、これほど厄介な将はいないですね。決断力があり、実行力に優れていると感じました。そして、強運の持ち主だとも。これは天賦の才といえます。やはり、バルベルティーニの未来のために味方にすべき、ですね」


 体格の良い仮面の人物が答えた。


「現段階のショウマ・ジェムジェーオンは、バルベルティーニにどのような作用を及ぼすか、未知数だ」


 クラウディウスは口の端に小さな笑いを浮かべた。


「ひとつ考えがあります」

「何だ」

「ショウマ・ジェムジェーオンは、まだ独身です」


 ハハハ、体格の良い仮面の人物が笑った。


「ベリウス、そのようなことを考えていたのか」

「あくまで、未来の選択肢のひとつです」


 体格の良い仮面の人物が再び腕組みをした。


「よし、判った。こちらは引き続きショウマと行動をともにしよう。心配は無用だ。バルベルティーニ本国より、よほど安全といえる。それより、ベリウスの方こそ、大丈夫なのか」

「何がです?」

「本国での貴公の立場のことだ」

「アコスタですか」

「そうだ。黒騎士第二軍団長の職を解任されたのは本当か」

「事実です。アコスタが肩入れしていたジェムジェーオンの暫定政府から、抗議があったようですしね」

「俺たちのせいでもあるな」


 クラウディウスは諦観していた。


「解任の口実が欲しかっただけでしょう。もともと俺の行動は、逐一監視されていましたから、いまさらジタバタするつもりはないです」

「ベリウスの背後には、バルベルティーニの権門クラウディウス一門が控えている。これが邪魔なはずだ。アコスタが今回を機に、ベリウスの身を処分することはないのか」

「それはないと思います。確かに、アコスタは俺を処分したいと願っています。とはいえ、現段階で、俺を処分すれば、軍の半分を敵に回します」

「アコスタは軍を掌握していると聞いているが」

「軍務大臣など事務方の背広組だけでなく、バルベルティーニの象徴、黒騎士団の3武臣トライデント『青槍』ミケーレ・アウレリウス将軍を味方に引き入れたのは驚きました。ただ、実戦部隊はクラウディウス一門が多くを占めています。鼻が利くアコスタのことです。武力を必要とする限り、迂闊に俺に対して手を出せないはずです」

「危ういバランスでの安全保障か」

「まったくです」


 華奢な仮面の人物がクラウディウスに言った。


「だが、バランスはいつ崩れるかわからない。無理してはならない」

「承知しました」


 クラウディウスは付け加えた。


「そうそう、全く違う話になるのですが、アコスタについておかしな話があります。これまで国内掌握を第一として、一切国外への派兵を認めてこなかったのに、今回のジェムジェーオン内乱は、いつになく積極的で、当初から介入に前のめりでした」


 体格の良い仮面の人物が訝しげな口調で言った。


「何かあるのか?」

「残念ながら、理由は現在のところ不明です」

「気に留めておこう」


 体格の良い仮面の人物が壁に掛かった時計を気にした。


「あまり長い時間この場に留めると怪しまれる。今日はこの辺にしておこう。今後の連絡手段は何とか確保する」


 クラウディウスは時計を観ながら言った。


「忘れていた! これほど時間が経過していたとは」


 華奢な仮面の人物が心配そうな口調で訊ねた。


「何か問題があるのですか?」

「大きな問題です。衛兵の処に、ガルバを人質として残してきました。早く戻らないと、また説教が始まってしまう」

「それはご苦労なことです」

「全くです」


 体格の良い人物が言った。


「勘違いするな。ガルバ卿が、だ。よろしく伝えてくれ」


 クラウディウスは両手を広げた。


「それはひどい」


 華奢な仮面の人物も続いた。


「ガルバ卿に、よろしく伝えてください」

「ガルバだけですか」

「もちろん、卿もです」

「判りました。伝えておきましょう。では。近いうちバルベルティーニで、おふたりに会えると信じております」


 クラウディウスは頭を深々と下げたあと、右手を挙げ、陣屋のテントをあとにした。




 帝国歴628年3月20日、帝国からジェムジェーオンに連絡が届いた。

 1週間後、ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリードに、皇帝代理人として『常勝の軍神』征東将軍ヴァイシュ・アプトメリア侯爵が、到来することが記されていた。

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