第41話 ジーゲスリード入城4

 帝国歴628年3月16日、ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリード。

 ショウマ・ジェムジェーオンが、新しい当主として、最初に解決しなければいけなかったのは、首都ジーゲスリードの治安に関する問題だった。


 北部要衝ハイネスから出撃した軍勢は、首都ジーゲスリードに向けた進軍途中に、軍の規模を拡大させてきた。なかには、素性が怪しい者も混じっていた。しかも、兵士たちは戦いの勝利によって興奮状態にあった。

 総勢10万人以上に膨らんだ兵士たちが、大挙してジーゲスリードに押し寄せれば、街の治安が維持できなくなる可能性があった。

 ジーゲスリード市民は新しい君主となるショウマに、大きな期待を抱いていた。

 それが故に、兵士たちが街で横暴な振る舞いをすれば、反動でショウマへの失望も大きくなることが予想された。器量が試されていた。


 ショウマは軍勢を、街のなかではなく、郊外で駐留するように命じた。

 無論、兵士たちは不満の声が上げた。


〈一刻も早く家族と会いたい〉

〈どうして、戦いは終結したのに、自分の家に帰れないんだ〉

〈これまでずっと戦いの連続だったんだ。少しくらい、羽目を外して騒いでもいいだろ〉


 兵士たちの声は、ショウマの耳にも届いていた。

 ショウマにとって、兵士たちの絶対的な支持は、自身が現時点で持つ最大の力だった。今後の国造りを考えると、兵士たちの支持を失うわけにはいかなかった。

 幕僚のひとりが具申してきた。


「兵士たちが不満を募らせています。これ以上事態を悪くしないために、一刻も早くジーゲスリード入りを認めた方がいいと思います」


 ショウマは首を横に振った。断固として命令を覆さなかった。


「10万人を超える遠征軍の兵士が、ジーゲスリードに入れば、収拾がつかなくなる」


 ショウマは双子の弟カズマ・ジェムジェーオンとともに、揃って直々に、兵士たちの駐屯地に出向いた。


「ここにいる全員がジーゲスリードの街に入れば、混乱が生じる恐れがある。申し訳ないとは思っているが、計画的に休暇を与えることを理解してほしい」


 家族をジーゲスリードに残している者を優先して、休暇を取得させた。兵士には代わりに、特別ボーナスを支給した。

 この間、『勝唱の双玉』のふたりは、昼間は、内戦の後処理や政務を街のなかのジェムジェーオン防衛軍本部庁舎で務め、夜間は、居城である『グランドキルン』に戻らず、郊外の駐留地に出向いて兵士たちとともに寝食をともにした。


〈『勝唱の双玉』のふたりですら、グランドキルンに戻らずに我慢しているのだから、俺たちが文句を言えないな〉

〈私は休みを貰って、家族と一緒に過ごせた。にもかかわらず、『勝唱の双玉』は終戦から休みなく働いている〉


 ジェムジェーオンの内戦が終結してから5日が経過した。

 全兵士が計画に沿って、一度はジーゲスリードの街で休息を楽しんだ。戦争の緊張感から解放されて興奮状態にあった兵士たちは、落ち着きを取り戻しつつあった。刹那的な享楽よりも、未来へ向けて気持ちを切替えし始めていた。


 明日からは、ジーゲスリード以外から集結した兵士たちの帰還も始まる。

 首都ジーゲスリードは平穏を取り戻しつつあった。

 ショウマ・ジェムジェーオンは、民衆と兵士、両方からの支持を失うことなく、当主として最初に降りかかってきた問題を、無事に切り抜けることに成功した。




 ジーゲスリード郊外に駐留している第一師団第三連隊のもとに一台の車が近づいてきた。

 第一師団第三連隊は、ショウマ・ジェムジェーオンがクードリア地方で味方にした者たちを中心に構成された部隊だった。

 車は立派な黒塗りの高級車だったが、非武装の通常車両だった。

 仮設の陣に設けた門の前に、車が止まった。車中から長身で赤毛長髪の男性がひとり降り立った。

 直ちに、ふたりの衛兵が近づいた。


「通行証は持っていますか」

「持っていない」

「それでは、通行を許可できません」

「俺はバルベルティーニのベリウス・クラウディウスだ。ここに、ハイネスの戦闘で、俺の部隊と遭遇したASアーマードスーツランサー隊が駐留していると聞いている。俺はあの戦闘に、深い感銘を覚えた。ぜひとも、バルベルティーニに帰国する前に、あの部隊を指揮していた者と話がしたい」


 衛兵が目を見開いた。


「バルベルティーニのクラウディウス!?」

「おい、まさか」


 2メートル近い長身、長髪の赤毛、特徴的な左耳の大きなピアス。噂に聞くバルベルティーニ黒騎士第二軍団を率いるクラウディウス将軍だった。

 衛兵が同僚の衛兵の耳元で囁いた。


「間違いないだろ」

「だが、護衛もつけずに来るものなのか」


 衛兵のひとりが伺いを立てるように尋ねてきた。


「確認させていただきたいのですが、バルベルティーニ黒騎士第二軍団長ベリウス・クラウディウス将軍ですか」


 クラウディウスは頷いた。


「そうだと言ったであろう」


 衛兵ふたりともが、驚愕の表情を浮かべた。


「アポイントは取っておりますか」

「ない」

「そうですか……」

「出直した方がいいか?」


 衛兵のひとりがクラウディウスに言った。


「い、いえ。こちらで確認します。少しだけ、お待ちいただけますか」


 衛兵のもうひとりが呟いた。


「おい、バルベルティーニのクラウディウス将軍だぞ。こんな場所で待たせていいのか」

「と言っても、俺たちで決められない。上の判断を仰ぐしかなかろう」


 クラウディウスは手を振った。


「俺のことは気にしないでくれ。突然、何の約束もなく訪れた俺が悪いのだ。この場所で待たせてもらう」

「承知しました。少々お待ちください」


 ふたりの衛兵のうち、ひとりが走って、衛兵室に戻った。

 10分ほど、その場でクラウディウスは待った。

 衛兵が帰ってきた。衛兵の後ろを、ふたりの人物が続いていた。衛兵の上官と思われる人物と、恰幅が良く髪をドレッドロックスにまとめた仮面の人物だった。

 体格の良い仮面の人物が、クラウディウスと相対するなり、言い放った。


「貴公か。俺をここに呼びつけたのは」


 横にいた衛兵の上官が顔を顰めた。体格の良い仮面の人物を諫めた。


「こちらの方を、どなたと思っているのだ」

「知らん」

「バルベルティーニ黒騎士第二軍団長クラウディウス将軍だ」

「それがどうした」


 ハハハ、クラウディウスは高笑いした。


「約束もなく呼びつけた俺が悪い。それに、実を言うと、バルベルティーニ黒騎士第二軍団長という大層な官職で呼ばれていたのは、昨日までのことだ。今は、本国のバルベルティーニより官職を解かれたうえで、召還命令を受けている身だ」


 衛兵の上官が苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「そう仰られても、隣国バルベルティーニ伯爵国のクラウディウス卿といえば、名門クラウディウス一門の当主。失礼があってはなりません」


 クラウディウスは上官の軍服の襟の階級章を見た。少佐だった。


「少佐、心遣いは無用だ」


 クラウディウスは仮面の人物に訊ねた。


「貴官があのランサー部隊の指揮官か」

「そうだ」

「突然の訪問を許してくれ。改めて、バルベルティーニ伯爵国のベリウス・クラウディウスだ」


 クラウディウスは右手を差し出し、握手を求めた。

 体格の良い仮面の人物が、差し出した手を無視した。


「どれほど、バルベルティーニのクラウディウスが偉かろうと、俺は呼びつけられる筋合いはない。帰らせてもらおう」


 衛兵の上官が、踵を返そうとする仮面の人物を引き留めた。


「ちょっと待ちたまえ」

「なんだ」

「貴官はショウマ様の客将とはいえ、ジェムジェーオンに陣借りしている身。ジェムジェーオンにとって、クラウディウス卿は大切に遇すべき御方だ。そのあたりを踏まえた態度を考えてもらいたい」

「そんなこと、知らん」


 衛兵の上官が顔を紅潮させた。

 爆発する寸前で、クラウディウスはふたりの間に入った。


「少佐、俺が無理を言っているようだ。バルベルティーニ本国に戻る前に、ぜひ、ハイネスの戦場で見たあのランサー部隊の指揮官と、同じランス使いとして戦術の話がしたいと思っただけだ。しかし、ジェムジェーオンの者ではなく、ショウマ・ジェムジェーオン卿の客将だったとはな」


 体格の良い仮面の人物が言った。


「そうだ。だから、俺はジェムジェーオンの陣中で、自分の部隊の戦術を、ベラベラと話すバカなまねはしない」

「当然だな。だが、俺も世に名が通っているバルベルティーニの黒騎士軍団を指揮していた身。バルベルティーニの3武臣『トライデント』のひとりだ。貴官も武人であるならば、俺たちの戦術に興味があろう。決して損をさせないつもりだ」


 うむ、仮面の男が腕組みをした。

 クラウディウスは衛兵の上官に顔を向けた。


「この者と俺、ふたりだけで話をさせてもらえないか。改めて、少佐にお願いしたいのだが、どこか別の場所で時間を作れないか」


 衛兵の上官が忌々しい目つきで仮面の人物の方をちらりと視た。


「しかしながら……」


 仮面の人物が腕組みを解いた。


「よかろう。貴公が俺たちの陣屋に来るというならば、話し合いを考えよう」

「何を勝手に! クラウディウス卿の身に何かあっては」


 クラウディウスは大きく手を広げた。


「よし、決まりだな。彼の者の陣に参ろう。交渉成立だな」

「クラウディウス卿!」

「少佐、心配は無用だ。俺は自らの意志で、彼の者の陣屋へと赴くのだ。何があったとしても、少佐は責任を負う必要はない。腹心のガルバを車に残している。こちらに連れてきて、俺の言葉の証人としよう」

「しかしながら……」

「もし、俺の身に何かあったとしても、ガルバが証言してくれる。すべてはベリウス・クラウディウスの意志であったと。それで問題がなかろう」


 衛兵の上官が渋々頷いた。


「クラウディウス将軍が、そこまで仰られるのならば」


 クラウディウスはガルバが残る車に戻った。

 他の者に聞こえないように、耳元でこの経緯と事情を説明した。すべてを理解したガルバが頷いた。


「承知いたしました」

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