第40話 ジーゲスリード入城3
グランドキルン内廷、ジェムジェーオン伯爵家の家族のみが生活することを許されている西天宮。
サヤカ・ジェムジェーオンを先頭に、ショウマ・ジェムジェーオンとカズマ・ジェムジェーオンは、ユウマ・ジェムジェーオンとアスマ・ジェムジェーオン伯爵継正妻ミランダ・ジェムジェーオンが暮らす部屋のなかに入った。
「お義母様、お兄様たちをお連れしました」
サヤカの言葉に、椅子に座っていたミランダが顔を向けてきた。
ショウマとカズマの姿を認めると、ミランダが怯えた目をしながら椅子から立ち上がって、頭を下げた。その横で、じっとショウマに視線を送ってくる少年がいた。茶色の短髪で顔は幼さを残している。異母弟の14歳のユウマ・ジェムジェーオンだった。
サヤカがミランダとユウマの親子のもとに駆け寄った。
「顔を上げてください。お義母さま。心配することはありません。兄さんたちは、ユウマに罪はないと言ってくれました」
カズマが続けて言った。
「ミランダ様、サヤカの言う通りです。安心してください」
ミランダがサヤカ、カズマの顔を順に見た後に、びくびくと怯えるような仕草をしながら、ショウマに尋ねた。
「ショウマさん、おふたりの言葉は本当ですか」
ショウマはしっかりとミランダの目を見た。
「ええ。ユウマを罪に問うつもりはありません」
「ああ、よかった」
安堵からか、ミランダの瞳から一筋の涙がこぼれた。
「ご、ごめんなさい。ほっとしたら……」
サヤカがそっとミランダにハンカチを差し出した。
ミランダ・ジェムジェーオン。現在の年齢は37歳だった。まだまだ若く美しい。控えめで慎み深い性格の女性だった。
アスマ・ジェムジェーオン伯爵の前妻ミズホが死去してすぐ、縁戚のニューウェイ子爵家より後妻として嫁いできた。ミランダはその時、22歳だった。その1年後にユウマが誕生した。10歳に達していたシオン、ショウマ、カズマとは一定の距離を保ちながらミランダと接したが、まだ幼かったサヤカはミランダに懐いた。
ミランダは華やかなジェムジェーオン伯爵一家のなかで、影が薄い存在だった。ニューウェイ子爵家から連れてきた供の者数名以外に、心を許せる者がいなかった。後ろ盾となるジェムジェーオンの有力な家もなく、常に遠慮がちな態度ですごしていた。そのミランダにもたったひとつ譲れないものがあった。それが唯一の息子、ユウマだった。
ミランダがサヤカからハンカチを受け取り、礼を述べた。
ハンカチで涙を拭いながら、優しい表情で隣の息子ユウマに微笑みかけた。ユウマは何も言わず、じっと、母親のミランダを見詰めていた。親子の傍には無窮光教の教典が置かれていた。父アスマを亡くしたいまのジェムジェーオンに、この親子を後援する者はなかった。すがるための何かが必要だったということだろう。
ショウマは痛感した。この親子は誰かの庇護が必要だと。
その役割は父アスマが亡きいま、自分しか果たせない。しかしながら、ひとつの決断を下さねばならなかった。
ショウマはミランダとユウマをみやった。
「ミランダ様、お話があります」
ショウマの言葉に、ミランダの表情が、一転して警戒で強張った。
「な、なんでしょうか」
カズマとサヤカも、強張った目でショウマの顔を見返した。
ショウマはユウマに笑顔を造って、話しかけた。
「ユウマ、久しぶりにカズマ兄さんと外で遊んでもらいなさい」
ショウマはカズマの方を向いて、この場からユウマを連れ出すように、目配せした。
カズマがショウマに向かって、何か言いたそうな表情をした。
――頼む。
ショウマは無言でカズマに訴えた。
ふぅ、カズマが渋々同意を示した。ユウマに語りかけた。
「ほら、ユウマ、こっちに来い。久しぶりに、オレと遊ぼう。そうだな、オレの部屋でテレビゲームでもするか」
カズマの誘いに対して、ユウマが首を振った。
ショウマを真っすぐに見つめ返してきた。
「ショウマ兄さん、僕にも話を聞かせてください」
時間にして2秒か、3秒。ユウマが何も言わずに、ショウマから目を逸らさずにじっと目を凝らし続けた。
ユウマの目は、怯むのに必死に耐えていた。だが、決して視線を外そうとしなかった。
ショウマはユウマの覚悟を感じた。
「わかった。ユウマも、既に14歳だもな。子ども扱いされるのは心外ということだな。申し訳なかった。もし、私がユウマと同じ年齢でこの場にいたら、同じ言葉を発していたと思う。ユウマもここに残って、私の話を聞いてくれ」
「ありがとうございます」
ユウマがショウマに頭を下げた。
カズマとサヤカがこの様子を見て、頷いた。
ショウマは、柔らかい表情を作って、ミランダとユウマに話を切り出した。
「さて」
ミランダの反応は硬かった。
「はい」
「まずは、お互いに立ちあがったままで話し続けるのも何ですから、座ってから、話を続けましょうか」
あ、ミランダが手で口を覆った。
「すみません。お茶もお出ししないで。すぐに用意しましょう」
「お構いなく。それよりも、座ってください」
ミランダとユウマが、ショウマに促されて、着座した。
その対面にショウマは座り、カズマとサヤカがテーブルを挟んで横に座った。
ショウマはゆっくりと話し始めた。
「今回、ジェムジェーオンで発生した内乱の罪はすべて、マクシス・フェアフィールドをはじめとする暫定政府を主導した者たちにあります。繰り返しとなりますが、私は、ユウマは彼らに利用されただけだと思っています」
「は、はい。それは間違いないことです」
「近日中に、シャニア帝国の皇帝陛下の代理人として征東将軍ヴァイシュ・アプトメリア侯爵が、今回のジェムジェーオン内乱の最終決着を見届けるため、ジーゲスリードに来訪します。連れて、近隣諸国の当主たちも、併せてここジーゲスリードに参集する予定となっています。その場で、私は正式にジェムジェーオン伯爵位を後継することを宣言するつもりです」
「当然のことであると思います」
ショウマはひとつ間を置いてから、告げた。
「その後についてですが、ミランダ様とユウマは伯籍親族に降下していただき、西天宮から東地宮に移ってもらうつもりです」
サヤカが顔色を変えた。
「ショウ兄、それは……」
「サヤカが言いたいことは判っている。だが、今回の内乱では、多くの市民の血が流れたことを忘れてはいけない。ジェムジェーオン伯爵家だけが無傷でいることはありえない。最低限の示しが必要だと思っている」
伯籍親族に降下することは、ユウマ・ジェムジェーオンのジェムジェーオン伯爵位継承権の剥奪を意味した。
ミランダが無言のまま、硬い表情でショウマを見据えていた。
ショウマは視線を受け止め、ミランダを見据えた。
「この案を受容れていただけないでしょうか。ミランダ様」
サヤカがショウマとミランダ、ユウマの顔を交互に見遣りながら、割って入ってきた。
「それだけよね、ショウ兄」
「もちろん。この件はこれだけで終わらせる。ミランダ様とユウマに、罪を負わすことはしない。私が責任を持って、必ず護る」
ミランダが何度か小さく首を縦に振った。表情は硬いままであったが、害を及ぼすことはないと判ったからであろうか、険は消えていた。
「サヤカさん、ショウマさんの言う通りです。ユウマは暫定的とはいえ、ジェムジェーオンの国主として担ぎ上げられました。そのユウマに何のお咎めもなければ、この戦いで傷ついたジェムジェーオン市民は納得しないでしょう」
「お義母さま……」
「ショウマさん。寛大な措置に感謝いたします。むしろ喜んで、私たちはこの話を受け入れさせていただきます」
ユウマがじっとショウマの話を聞いていた。
ショウマはユウマに顔を向けた。
「ユウマが成人する頃には、今回の内乱で被ったジェムジェーオンの傷も癒えていているはずだ。その時には、私がユウマにしかるべき地位を与えて、この国の表舞台に戻すと約束する」
「度重なるご配慮いただきありがとうございます。僕は、ショウマ兄さんに従います」
ミランダがユウマに忠告した。
「ユウマ。ショウマ様は、これからジェムジェーオン伯爵、この国の当主となられるのです。これからは兄さんではなく、ショウマ様と呼ぶのです」
「はい」
ユウマが立ちあがって、ショウマに頭を下げた。
「ショウマ様。これからもよろしくお願いします」
いつの間にか、ミランダも立ちあがって、ユウマと揃って、新しい国主となるショウマ・ジェムジェーオンに対して、深々と頭を下げていた。
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