第45話 常勝の軍神3

 帝国歴628年3月28日夕方、ヴァイシュ・アプトメリア侯爵一同の歓迎祝宴の開催の2時間前。ショウマ・ジェムジェーオンはグランドキルン龍巣殿奧の小部屋で、コーヒーを飲みながらある男の到着を待っていた。


 待ち人の名は、レオン・ジェムジェーオン。

 ショウマの父アスマ時代からの伯籍親族、ジーゲスリードとニケロニアの中間に位置するバルトリアの街を治めるジェムジェーオン東家の当主だった。

 明日、ジェムジェーオン内戦の講和会議が始まる。

 講和会議の終了後、ショウマのジェムジェーオン伯爵襲名式が開催されることが決まっていた。レオンはジェムジェーオンの伯籍親族のひとりとして、伯爵襲名式に参列するため、バルトリアから首都ジーゲスリードを訪れていた。


 約束の時間ぴったりに、レオンが姿を現した。

 レオン・ジェムジェーオンは今年45歳、洗練された容姿と着崩したシャツにパンツという格好だった。実際の年齢より若々しく映った。現在は独身だったが、別れた妻と娘が一人いる。度重なる浮気に愛想を尽かした妻が、娘を連れてレオンのもとを出て行ったのは、6年前のことだった。

 部屋に入るなり、レオンが軽い口調でショウマに告げた。


「ショウマ様、お早い到着ですな」


 ショウマは、テーブルにコーヒーカップを置いた。


「独りになって、考える時間が欲しかったので、早くにこの部屋に赴いて、コーヒーを飲んでいました」

「私はお邪魔ではないのですか」


 ショウマは口許に笑みを浮かべながら言った。


「貴公をこちらにお呼びしたのは、私です」

「そうでしたな」

「どうぞ。お座りください」


 レオンが軽くお辞儀をして、ショウマの前に着座した。


「で、お話とは何でしょう」


 レオンが柔和な笑みを、ショウマに向けてきた。

 ショウマが憶えている限り、レオンは常に鷹揚としていた。この姿勢を崩した記憶がない。何事にも拘泥せず、余裕すら感じる立ち振る舞いは、つかみどころがなかった。

 レオンは内務省参事官という役職に就いているものの、担当する職務はなく、ジェムジェーオンの国のなかをぶらついていた。その姿を目撃した市民から寄せられる意見は、中傷非難がほとんどだった。

 これらの意見に対して、レオンは「愛人が国中にいる身にもなってみろ。大変さが判るはずさ」とうそぶいている。

 付いた呼名が『ジェムジェーオンのプレイボーイ』だった。


 ショウマは話を切り出した。


「貴公の伯籍親族の身分に関してになります」

「まあ、その話でしょうな」

「予想していましたか」

「ええ。新たにジェムジェーオン伯爵を継承するショウマ様が、私に改まる話題は、この他にありましょうか。このたび、ユウマ様が伯籍親族に降下されると聞きました。次は、私が伯籍親族から臣下に降下する番というものでしょう」

「理解が早くて助かります。早速ですが、私がジェムジェーオン伯爵位を継承したあとの貴公の身分について、お話させてください」

「どうぞ」

「端的にお伝えします。貴公には今後も継続して伯籍親族の身分に留まってもらうつもりでいます」


 レオンの褐色の目が大きく開いた。

 ショウマは念を押した。


「現在と同じ伯籍親族の身分に留まってください」


 レオンが奇異の色を顔に浮かべた。


「率直に言いますと、驚きました」


 ショウマは、レオンの感情を動かしたのが観てとれて、内心でほくそ笑んだ。


「意外でしたか」

「ええ。私の評判はショウマ様の耳に入っておられるはず。しかも、ショウマ様と私は7等親の血縁となる。ジェムジェーオンの内規に照らせば、誰に憚ることなく私を臣籍に降下させることができましょうに」

「伯籍親族に関する内規は、数は3家族以内、血縁は6等親以内が望ましいとあります。ユウマと母親であるミランダを伯籍親族の身に降下させたとしても、貴公を含め3家族です。数の方は問題ありません。確かに、血統の近さに関しては内規を満たさなくなりますが、望ましいくらいの緩い規定であれば、どちらかの条件を満たせば問題ないと考えています」


 レオンが首を傾げた。


「私が言うのも何ですが、それで良いのですか」

「民衆の一部や政府高官のなかに、貴公のことを快く思っていない者がいるのは知っています。異論があることは承知のうえです」

「強引な手を用いる価値が、私に対してあるとは、自分のことながら思えませんが」

「私はこの内戦に勝利しました。ジェムジェーオン国内の少々の異音を封じ込めるくらいの力は行使できると考えています」

「そのことは、否定はしませんが……」

「先代に仕えたと同じように、私に貴公の力を貸してほしいのです」


 レオンが一瞬、眼光を鋭くしたあと、俯いた。

 顔を伏し表情を見せずに、言葉を発した。


「私がアスマ伯のもとで何をしていたのかをご存じということですか?」

「ええ、一部かもしれませんが認識しています」

「つまりは、……そういうことか。なるほど」


 レオンが顔をあげた。あごを撫でながら、視線をショウマに向けた。


「ラオジットのガオ・オンピン。違いますか」


 ショウマも視線を合わせて、笑みを浮かべた。


「正解です。ガオ殿に話を聞きました」


 ショウマはクードリア地方の秘密都市ラオジットに滞在している時、統治委員会主席ガオ・オンピンから、現在、ラオジットとジェムジェーオン政府の間で窓口を務めているのは、レオン・ジェムジェーオンであることを聞いた。

 レオンは『ジェムジェーオンのプレイボーイ』という顔の他に、秘密裏に国家安全情報局の局長代理という裏の顔を持っていた。国家の最高機密を扱う国家安全情報局の局長は、ジェムジェーオン伯爵自身が務めることが慣習となっている。情報のすべてをトップに集約する体制を構築するためだ。実務面においては、内密に局長代理職に就いたレオンが、管理監督していた。国中を歩き回っているのも、各地の情報を直接、収集することが目的だった。

 ラオジットの交渉窓口は、アンナ=マリー・マクミラン大佐の父親であるロディ・マクミラン卿が亡くなったあと、レオン・ジェムジェーオンが引き継いでいた。

 レオンが姿勢を正した。静かな口調で言った。


「もし、私がショウマ様の要請を受けれないと言ったら、どうなりますか」

「そのような返答は、考えてもいません」


 レオンが苦笑した。


「そう言われると、こちらも返すべき言葉がないですね。その強引さは、父君アスマ様と同じですな」

「私なりに貴公のことを調べさせてもらいました。結論は、レオン・ジェムジェーオンは自らの名声を捨て、国のために働く真の忠士だと判断しています。国家の機密を管理し得るのは、貴公以外に適任者はいないです」


 レオンが思案顔で、あごを撫でた。


「私はこれまでも国家の情報部門を預かる身でした。この立場にありながら、今回の内乱を未然に防げませんでした。しかも、内乱の過程で、主君アスマ・ジェムジェーオン伯爵は不慮の死を遂げた。慚愧に耐えないとはこのことです。私は、すべての公職を捨て、個人としてアスマ様が亡くなった真相を明らかにすることが、自らに課せられた責任と思っています」


 ショウマはレオンに頭を下げた。


「レオン卿、私も父アスマ・ジェムジェーオン殺害の真実を知りたいと強く思っています。貴公と目指すべきものは同一です。私に協力していただけませんか」

「いまのところ、闇の深さがどの程度が図りかねているとのが実情です」

「難しいのですか」

「簡単な話でないことは確かです」

「私の力を使ってもですか」

「ショウマ様はどんな結果でも、責任は自分が受容れるから、事実を探ってくれと言うのでしょうな」

「理解が早く助かります」


 レオンが即座に応答せず、視線を上げた。

 何も言わず、目を瞑った。しばらく、考え込む様子をみせた。

 ふぅ、と大きくため息をついた。


「私とショウマ様の利害の方向は、一致しているようですね。確かに、私が真相を探ろうとした時、現在と同じように公的な力を持っていた方が、都合が良いことがあるのは確かです」


 ショウマは間髪入れず、続けた。


「再度になりますが、私に協力してください」


 レオンがしっかりとショウマの視線に応えた。


「いや、私から言わせてください。協力させてくださいと」

「ありがとうございます。お願いします」


 ショウマは、個人としても国を預かる身としても、父アスマ・ジェムジェーオンの死の真相を、どうしても掴んでおきたかった。統治者となる意味や進むべき道標が、そこにある気がしていた。加えて、現実の問題として、国家の情報管理の重要さを痛感していた。安心して情報部門を任せえる人材を得ることは喫緊の課題だった。

 レオンの協力を得たことは、二重の意味で、胎動し始めたショウマの国造りにとって、大きな収穫だった。

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