第33話 ジーゲスリード奪還戦1

 帝国歴628年3月10日、ハイネス防衛戦の勝利から2日後、ギャレス・ラングリッジ元帥が中心となり西部要衝の都市オステリアを攻略したとの報せが、ハイネスの『勝唱の双玉』の許に届いた。


 早速、その日の夜、ハイネスとオステリアの間で、オンライン会談が催された。

 ハイネス市庁舎の貴賓応接室にて、ショウマ・ジェムジェーオンとアンナ=マリー・マクミラン大佐のふたりが、ハイネス側を代表して出席した。オステリア側の出席者は、オステリア攻略を指揮したギャレス・ラングリッジ元帥と、援軍のオリバー・ライヘンベルガー男爵のふたりだった。


 会談が始まると同時に、ギャレスが頭を下げた。


「これまで、力になることができず、慚愧に堪えないとはこのことです」

「何を言っている? 私はラングリッジ元帥の無事な姿が見ることができて嬉しい」

「ご心配には及びません。老骨の身には鞭を打ってください」


 アンナ=マリーの目に、『麗髭卿』ギャレス・ラングリッジの顔は、以前と同じように生気あるものに映った。


 ――壮健で良かった。


 ギャレス・ラングリッジはアンナ=マリーを始めとする部下を逃がす代わりに暫定政府に捕えられた。5ヶ月もの間、ジーゲスリードで監禁が続き、身を案じていた。


「ショウマ様が指揮したハイネス攻防戦の記録を確認させていただきました。あの逆境を跳ね返すとは。まったく、見事な戦術としか言葉がありません」

「それは、こちらの台詞だ。ジーゲスリードを脱出して、短期間で兵士たちをまとめ上げて、ライヘンベルガー男爵と連携する。このような迅速かつ有用な対応は、ラングリッジ元帥にしかできない。感謝している」

「ショウマ様にはこの命を救っていただきました。これしきのことで、ご恩を返しできたとは考えておりません」

「えっ」


 思わず、アンナ=マリーは驚きの声を上げてしまった。

 隣に立つショウマが、アンナ=マリーの方に向いた。


「マクミラン大佐には、この顛末を伝えていなかったな。クードリア地方でスン・シャオライ中佐と合流した際、ザカリアスがラングリッジ元帥を狙っている、命が危ないと聞いたのだ。そこで、元帥の救出を命じていた」

「軟禁されていたジーゲスリードの防衛軍本庁の部屋で、この命は奪われる寸前でした。スン・シャオライ中佐から指示を受けたウェン・ズーフォン大尉が部屋に現れて、救出されました」

「そのようなことがあったのですね」


 初耳だった。

 ギャレスの身にそんな危険が迫り、ショウマが救出の指示を与えていたとは。

 画面の向こうから、オリバーが割って入ってきた。


「ラングリッジ元帥がオステリアに到着してくれたことによって、オステリアの戦線が動いたのは間違いない。瞬く間に、ラングリッジ元帥はクーランドの兵士たちを掌握し、俺たちライヘンベルガーと連携する手はずを整えてくれた。オステリア攻略は、それから僅か1日で終わった」


 ギャレスが苦い表情を浮かべ、頭を振った。


「自分の力など微々たるものです。ハイネス攻防戦でショウマ様たちが勝利を収めたことが、敵味方を問わず、オステリア戦線に大きな影響を与えたのは間違いありません」


 オリバーが真剣な表情で腕を組んだ。


「とにかく。ハイネスの防衛を果たし、オステリアを支配下に治めた。ここまでの戦果は上々だろう。素直に喜ぶことにしよう。だが、俺たちは最終的な勝利を掴んだわけではない。次の行動目標を決定することが重要なのでは」


 アンナ=マリーはオリバーの言葉に、自然と頷いていた。

 ショウマやギャレスもアンナ=マリーと同じく、オリバーに同意していた。

 発言したのは、ショウマだった。


「次はいよいよ、首都ジーゲスリードだ」


 皆が考えていた思いと同じだった。

 ギャレスが厳しい顔を作った。


「ハイネス攻防戦で、首都方面軍は大きくダメージを受けました。しかし、首都ジーゲスリードには、マクシス・フェアフィールド元帥の直轄軍が無傷のままで残っています。加えて、ジーゲスリードの街自体が不落の堅城です」

「できれば、ジーゲスリードを戦場にしたくないな」


 ショウマの言葉だった。アンナ=マリーの想いも同じだった。


 ――ジェムジェーオン国内の人間同士で遺恨を残すことを避けたい。


 内戦全体の戦局が、『勝唱の双玉』陣営優勢に傾き始めていた。これからは、局地戦での勝利だけでなく、戦後統治も考えなければならない。これ以上犠牲者を増やさないことも、重要な施策だった。

 ショウマが沈んだ空気を打ち払うように言い放った。


「それでも、私たちは進むしか道がない」


 アンナ=マリーは、やりきれない思いだった。


「一刻も早くこの内乱に終止符を打つためにも、私たちはジーゲスリードに進まねばなりませんね」


 ギャレスが厳しい口調で、意見を述べた。


「帝国中央は征東将軍ヴァイシュ・アプトメリア侯爵をジェムジェーオンに派兵することを正式に決定しています。残された時間は多くありません。それまでに、私たちの手で決着を付けなければなりません」


 ショウマが大きく首肯した。


「その通りだ。私たちの手で決着を遂げることが、今後のジェムジェーオン再建の主導権を握るうえで重要になる」


 ショウマの言葉に、アンナ=マリーを含め全員が頷いた。


「明日にでもハイネスからジーゲスリードに軍を出立させる。ラングリッジ元帥もオステリアからジーゲスリードに出来るだけ早く向かってほしい。できるだけ、多くの軍勢でジーゲスリードを囲むことで、相手の戦意を削ぎたい」


 ショウマが画面越しにオリバーに向かって、頭を下げた。


「ライヘンベルガー男爵にはオステリアの守備をお任せしたい。よろしいでしょうか」

「もちろんだ。留守は任せてくれ」


 ギャレスが続いた。


「ジーゲスリードへの行軍、承知しました。早急に軍を編成して向かいます」

「頼む。迅速にジーゲスリードへの進軍を開始してほしい。だが、進軍自体はゆっくりとした速度で構わない」


 ギャレスがショウマの言葉に疑問を呈した。


「一刻も早く、ジーゲスリードに向かうのではないのですか」

「私はできるだけ早く、ジーゲスリードに向かう姿勢を明らかにすることが重要だと考えている。私たちが強行な姿勢ではなく寛容な姿勢を示せば、血を流すことなく自然と、ジェムジェーオンの各都市は、味方になってくれると思っている」


 ショウマの言葉に、ギャレスがニヤリと笑った。


「確かに。無用な反抗を防ぎ、これ以上無用の血を流さない選択を採るべき時期なのかもしれませんな」


 同感だった。

 アンナ=マリーは、ハイネスの準備状況を、ショウマに報告した。


「ハイネスの準備は着々と進んでおります。明日、予定通り出発できます」

「了解した」


 ショウマがアンナ=マリーに頷いたあと、画面越しに力強く言った。


「では、ラングリッジ元帥、ジーゲスリードでの再会を楽しみにしている」

「承知しました。首都ジーゲスリードで会いましょう」




 ハイネスとオステリアのオンライン会談が終了した。

 オステリアの市長室で、ギャレス・ラングリッジ元帥はホッとため息をついた。

 オリバー・ライヘンベルガー男爵が、ギャレスに確認口調で言った。


「いつの間にか、ショウマは立派な君主に成長していたのだな」


 もともと、ショウマ・ジェムジェーオンは聡明な青年だった。

 それでも、ジーゲスリードが暫定政府に占拠される前、ショウマは26歳という年齢相応の若さを感じさせた。


 ――なるほど、ライヘンベルガー男爵も同じ気持ちを持たれたか。


 約半年ぶりに対面したショウマは、想像以上に君主としての風格を備えていた。

 主君として頼もしいと感じた反面、幼少時からショウマの成長をみてきたギャレスの目には「成熟が早急過ぎる」とも映っていた。オリバーも、ギャレスと同様にショウマを若い時から知っていた。同様の気持ちを抱いたのかもしれない。

 ギャレスはオリバーの気持ちに同調しながらも、意見を述べた。


「ショウマ様の成長には、驚くばかりです。しかしながら、この戦いが終結してからも、ジェムジェーオンは苦労を重ねることになります。ショウマ様は自らが望む望まないとは関係なく、ジェムジェーオンの当主として、成長を求められていくでしょう」

「ラングリッジ元帥の言う通りだな。君主という立場は、綺麗ごとだけでは務まらない。時に犠牲が出ることが判っていながら、決断しなければならい場面もある」

「ライヘンベルガー男爵ご自身の体験談ですか」


 オリバーが苦笑いした。


「そうだ」

「やはり、そうですか」


 オリバーが、はにかんだような笑顔を浮かべて続けた。


「いまでも、うまく立ち振る舞えないがな」

「ご謙遜を」


 オリバーが真顔で言った。


「謙遜などではない、事実だ。常に、これでいいのかと悩んでいる。反面、悩みがなくなって、うまく立ち振る舞えていると思うようになったら、俺は終わりと思っている。未来は誰にもわからない、正解はどこにも用意されていない。だからこそ、その時々に全力で臨まねばならない。老婆心から言わせてもらうと、ショウマは頭が良すぎるのが心配だ。成長のスピードが速すぎると、精神的な諦めや割り切りに舵を切ってしまうのではないかと、一抹の不安をいだいている」


 ギャレスは、オリバーの言葉はショウマの特質を的確に捉えたものだった。かつ、真剣で誠実であると感じた。


 ――腹を割って、直言している。


 オリバーはギャレスより20歳近く若かった。しかし、今後のジェムジェーオンにとって、成熟した大人で、人間として信用できるライヘンベルガー男爵の存在は、ますます大きくなると予感した。


「自分はショウマ様が、良い君主になると信じています。ただ、あの性格です。良い君主であろうとして、孤独を味わうことになると思います。その時は、ライヘンベルガー男爵が手を差し伸べていただきたい。老い先短いかもしれませんが、自分もできる限り、ショウマ様を補佐いたします」

「俺にとって、ジェムジェーオン伯爵家は家族も同然だ。ショウマとカズマは義弟を超えて、本当に血の繋がった弟だと思っている。俺に助力できることがあれば、これからも頼ってほしい。ラングリッジ元帥、そなたのような経験豊富な人間がショウマを助け、導いてほしい」

「承知いたしました」


 ギャレスはオリバーに、心から頭を下げていた。





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