第30話 クードリア秘密都市ラオジット3
ガオ・オンピン。ラオジットの第5代主席委員に就任して18年、街のトップの地位にあった。歴代の主席委員のなかで、中興の祖といわれる第3代主席委員ザオの20年に次ぐ在任期間となっている。
在任期間中、ラオジットの街はいくつかの危機を迎えた。それらを乗り越え、ここまで街を大きくしてきたのはガオ自身の功績という自負はあった。
だが、ここ数年、ガオの苦慮は深くなっていた。
これまで、ラオジットの街は拡大志向に支えられてきた。限りある閉鎖空間のなか、物理的な拡がりは限界に達しつつあった。
ガオはラオジットという街が、分水嶺に立っているのを意識していた。
街の仕組みの構造を、変えねばならない。
縮小均衡政策への転換を試みたこともあった。しかし、これまでラオジットの街は、市民の進取の気性や拡大志向を基盤としてきた。ラオジットの成長を支えてきた仕組みそのものが、政策の転換を許さなかった。
ガオを中心に円卓に座る5人の人間、ラオジットの行政を司っている統治委員会のメンバーだった。ショウマ・ジェムジェーオンとの会談にも臨席してした初老の男、ユアン・ジールドも統治委員のひとりだった。今回の臨時委員会には、特別参加者としてふたりの仮面の人物を呼んでいた。
臨時委員会の議題は「ショウマ・ジェムジェーオンの支援可否」だった。
ユアンが議論の口火を切った。
「ショウマ・ジェムジェーオンは危険です。あの者に手を貸して、我々ラオジット市民に何の得がありましょうか」
ユアン・ジールドは影背人ではなかったが、年齢はガオより20歳ほど下で、ラオジットの次世代の主席委員との期待を受けていた。
「確かに、ショウマ・ジェムジェーオンは、わたしが想像していた人物とは違っていたのは認めます」
「我々は基本に戻るべきです。望むのは、アスマ・ジェムジェーオン伯爵統治時代と同様の権利。すなわち、ラオジットの自治権です。ショウマを支援するならば、代償として我らが得るべきものです」
「わたしは、ショウマ殿はラオジットの自治を約束したと思っているが」
「長、私の理解は異なります。ショウマはそれ以上のものを望んでいます。ラオジットそのものを、自らの手で変化させようとしている」
ユアンのショウマに対する印象は、野心的な青年というもので、良好といえないものだったようだ。
――ショウマ・ジェムジェーオンがラオジットを変える。
ガオもユアンと同じ意見だった。
ただ、それが意味するものの捉え方は異なっていた。
「ユアンはラオジットがこのままでいいと思っているのか」
「もちろん、状況に即して、変化すべきだとは思っています」
「どのように、実現するというのか」
「これまで、我々は様々なことを試みてきました。正直なところ、有効な成果が上がっていないことは認めます。ですが、その事実から目を逸らさず、諦めずに、これからも試行し続けることが重要ではないでしょうか」
ユアンは何も間違えたことを言っていない。
――正論だ。
だが、統治委員会は、7年前の第3次クードリア掃討戦の終戦以降、ラオジットの変革を求めて、同じことを言い続けてきた。そして、何も変えることはできなかった。
ユアンが感情を前面に出して、迫ってきた。
「長も認めた通り、ショウマ・ジェムジェーオンは我らの期待する人物ではありませんでした。当初から、意中の人物でなければ、残しておくのは危険である、排除すべきと、決めていたはずです」
「わたしは、ショウマ殿が想像していた人物とは違ったとは言ったが、意中の人物ではなかったとは言っていない。ある意味で、わたしが期待したものを超えていた人物だったと言っていい」
「長……」
ガオは初代主席委員でありこの街の基礎を創りあげたラオ・ツーロンをショウマ・ジェムジェーオンに重ねていた。
初代主席委員ラオの死から45年が経過し、姿を直接見た者は、ラオジットの街にも僅かとなっている。現在のラオジットの街の人々は、ラオを英雄として崇め、全知全能で何事も完璧に行ってきたとも思っている。
だが、実際のラオ・ツーロンは違った。
ガオはラオの存命中の姿を知っている数少ない者のひとりだった。
ラオは小さなコミュニティーのなかで、皆の先頭に立って精力的に働き、皆を鼓舞するように夢を語っていた。反面、失敗も多くした。仲間から煙たがられることもあった。初代主席委員という大層な職名も、行政組織を制度化した第3代主席委員ザオが遡って与えたものだった。
幼かったガオは、ラオを皆の頼れる兄という存在で見ていた。
死後に美化されたラオの統治者像しか知らないユアンたちは、ラオの真実の姿を知らなかった。
ガオは仮面のふたりに顔を向けた。
「あなた方には、3日間、ラオジットでショウマ・ジェムジェーオン卿とともに、過ごしていただきました。また、わたしとの会談にも同席いただきました。わたしたちよりも、ショウマ卿と接した時間が長い。そのなかで、どのような人物と感じたか、率直な話を聞かせてもらえますか」
仮面のふたりのうち、先に、華奢な体格の仮面の人物が感想を述べた。
「政治的な立場を抜きにして話をさせていただきます。上に立つ人間として、ショウマ・ジェムジェーオンは稀有な才能を持った人物であると感じました。わたしは、ショウマはもっと賢く打算的な考え方をする人物であると考えていました。長との会談で、その考えが違っていたと知りました。理想を語り、人を惹きつけ、行動力を与える力を持っている人物であると感じました」
体格の良い仮面の人物が、同意するように頭を縦に振った。
「私もラオジットの街で3日間、行動をともにし、ショウマを観察していました。思考力や洞察力に優れ、頭が切れる。しかも、長との面会をに臨席させていただいた際、あの立場にありながら、臆せずに自分の意見を主張したことは、尊敬に値すると思いました」
仮面のふたりのショウマ評を聞いていたユアンが、食って掛かった。
「我々とあなた方では、立場が違う」
ガオはユアンを制した。
「ユアン、止めなさい」
「しかし……」
「意見を求めたのは、わたしです」
ユアンがガオの顔を凝視した。
ふぅ、と大きく息をつき、引き下がった。
「わたしは、いま、ラオジットを、いや、この国を、ショウマ・ジェムジェーオン卿に託すのが最善であると考えている」
ユアンが食い下がった。
「本当に、それが最善なのでしょうか」
「様々な角度から考えた結果です」
「他に選択肢はないのでしょうか」
「ショウマ・ジェムジェーオン以外に、この国に人物がいますか」
「たとえば、ドナルド・ザカリアスは」
「あの者は小物です。大層な大儀を掲げ、理路整然としているように見えるが、一方的に正しさを主張しているに過ぎません。正論を述べて、他人が自分に従うことが正しいと信じて疑わない。決して、自らを犠牲にせず、己の身は常に安全地帯に置く。理屈だけで、人は動かない。つまり、人間としての器が小さい。あのような特質の者がトップに立った時、国や組織は悲劇を迎えます」
「それでも、ショウマは……」
ユアンがまだ、不服そうな顔をしている。
ガオは断じた。
「直接会って話をして、判りました。ショウマ・ジェムジェーオン卿は、わたしたちに新たな可能性をもたらす人物であると。わたしたちもまた、決断しなければならない。選択肢は多く残っていません」
「我々は多くを期待しているのではありません。ただ、このラオジットをいつまでも平和に保ちたいと望んでいるだけです」
「ユアンは間違えていない、わたしもラオジットの平和を願っています。しかし、それは昨日と同じことを明日も行うという意味ではありません。ラオジットの未来のために、わたしはショウマ・ジェムジェーオンを支持します。しかし、わたしの一存では決められない。それがラオジットのルールです。わたしたちは決めねばならない。ショウマ・ジェムジェーオンを支援するかどうか決をとりたい」
統治委員5人のうち、ユアン・ジールド以外の4人が賛意を示した。
ガオはユアンに頭を下げた。
「ユアン、協力してくれないか」
「私ひとりが異を唱えるのは間違えているのでしょう。承知しました」
最終的に、ユアン・ジールドも手を上げ、統治委員全員の賛意をもって、ショウマ・ジェムジェーオン支援が決定した。
ラオジット統治委員会が散会してから2時間後、ショウマ・ジェムジェーオンがガオ・オンピンのもとを訪れてきた。
ショウマが部屋に入ってくるなり、すぐさま、ガオに頭を下げた。
「ガオ様、ご支援いただくことになり、ありがとうございます」
ガオは、まだ、ショウマに何も伝えていない。
ショウマを連れてくるように指示した人間にも用件は伝えていない。
「わたしはまだ、何も言っていません。なぜ、ショウマ殿はわたしから支援を得られると考えたのですか」
「支援しないのであれば、私のもとに遣わされたのは刺客であったことでしょう。生かしたままにするには危険が多すぎる」
ははは、ガオは高笑いした。
思わず、笑いがこみ上げてきた。
「ショウマ殿は正直な方だ。しかしながら、あなたはわたしたちから支援を受ける身です。この場は、殊勝な態度で臨んで、わたしの口から正式に支援することを聞くという選択肢を考えなかったのですか」
「ガオ様は、そのようなショウマ・ジェムジェーオンを望んでいますか?」
ショウマが不敵な笑みを浮かべた。
――なるほど。この若さにして、人を魅了する術を掴んでいる。
ガオは、背中から高揚した気分が湧き上がってくるのを覚えた。
口許を緩めながら告げた。
「改めてお伝えします。ラオジットは、ショウマ・ジェムジェーオン殿を支援することに決めました」
「ご期待に沿えるよう尽力します」
「早速ですが、ショウマ殿を助力する面々を紹介します」
ガオは奥の部屋から呼び寄せた。
3名の人物が部屋に入ってきた。ラオジット到着以来ショウマと行動をともにしてきた仮面の人物ふたりと、ジェムジェーオン防衛軍の軍服を着た人物だった。
ガオは3人を手招きした。
「仮面のふたり、改めての紹介は不要でありましょう。訳あってこの場で正体を明かすことはできませんが、素性は確かな者とわたしが保証します。ラオジットが保持している最新鋭の
ショウマが、顔をほころばせ右手を差し出した。
「協力していただき感謝します」
華奢な体格の仮面の人物が手を伸ばした。
「よろしくお願いします」
体格の良い仮面の人物が、直立不動のままショウマに言った。
「貴公を失望させるつもりはない」
ガオは、もうひとり、ジェムジェーオン軍の軍服を纏った人物を紹介した。
「こちらは、ジェムジェーオンのスン・シャオライ中佐です」
ショウマの表情が変わった。仮面のふたりに対するのと明らかに異なり、厳しい口調で詰め寄った。
「スン・シャオライ中佐。私の記憶が確かならば、ドナルド・ザカリアス大将の司令部に所属する士官のひとりだったと記憶している」
機械で造形したような綺麗な顔立ちをしていたスンが、表情ひとつ変えずに返答した。
「ショウマ・ジェムジェーオン殿下の認識に、間違いはありません。小官はザカリアス大将旗下の司令部に所属しています」
ショウマが依然として厳しい口調で問い質した。
「では、なぜ、私に協力する」
「ドナルド・ザカリアス大将では、国を変えられないと悟ったからです」
「私に理解できるよう説明してもらえないか」
「ザカリアス大将は平民出身で、この国の有様は間違えている、血統よりも個人そのものに重きを置くべきだと主張しています。背影人である自分と境遇が似ており、志を共にできると考えておりました。だが、彼は自分が掲げた正義よりも、自分自身を優先します。その姿勢に限界を感じました」
ショウマが訝しげな表情で言った。
「であれば、貴官自身が正義を掲げ、先導すればよかろう」
「人にはそれぞれ、能力という名の器を持っています。残念ながら、小官は人を統べる器量を持っておりません。自ら先頭に立つのではなく、先頭に立つ人間を補佐することが小官の器と考えています」
「私は、貴官の思想に対して、最も打倒すべき対象になるのではないか」
「小官の判断基準は、血統や地位ではありません。あくまで、その人物の能力です。小官が補佐すべきと考えた人物が、たまたま体制の中心にいたに過ぎません」
「私がザカリアスと同じように、自分自身を優先するような人間だったら、貴官はどうするのだ」
「ショウマ・ジェムジェーオン殿下のもとを去ることになりましょう」
ショウマが口の端で歪めた。
「なるほど」
ガオはふたりのやりとりに入っていった。
「こちらスン・シャオライ中佐は、ハイネス遠征軍のうち、3個師団を割いてオステリアに遠征する途上にありました。この軍勢をショウマ殿が率いてハイネスに戻れば、カズマ殿を助けるだけでなく、遠征軍を打ち破ることも不可能ではありません」
スンが続けた。
「兵士たちを味方につけるのは、ショウマ・ジェムジェーオン殿下にお任せします」
「早速、私を試そうということか」
「そのように理解していただいて構いません」
「よかろう。私は自らの役割を全うしよう」
スンがショウマに頭を下げた。
1時間後、ショウマ・ジェムジェーオンは3個師団の兵たちの前に立っていた。
これまでの兵士たちの勇戦に感謝し、戦いの大義を説き、未来のジェムジェーオンについて語った。
話が終わるころには、3個師団の兵たちは、ショウマ・ジェムジェーオンの兵士になっていた。ここに、ハイネス戦線の援軍が結成されることになった。
この軍勢が、ハイネス攻防戦の大逆転劇の主役となった。
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