第28話 クードリア秘密都市ラオジット1

 ハイネス攻防戦が決着した3月8日から遡ること5日前、帝国歴628年3月3日、クードリア地方。ハイネスを出立して西部要衝オステリアに向かったショウマ・ジェムジェーオンは、この地で囚われの身となっていた。


「ショウマ・ジェムジェーオンだけを連れて行く」


 ジェムジェーオン伯爵国の西部要衝オステリアに向かうため、ショウマたちが搭乗していたバトルシップ『ギュリル』に乗り込んできた仮面の人物、体格が良くドレッドロックスの髪型にした白いASアーマードスーツのパイロットが、ショウマの身柄を確保した。

 ラリー・アリアス中尉を筆頭に、バトルシップ『ギュリル』のクルーたちが、この措置に抵抗した。


「連行するのは判った。だったら、せめて、ショウマ様だけでなく俺たちも連れていけ」


 憤るアリアスたちを、ショウマは落ち着いた口調で宥めた。


「この者たちは分別があるようだ。私の身に危険が及ぶことはないと思う」


 それでも、アリアスたちは渋った。


「しかし、ショウマ様をひとりで行かせるわけには」

「大丈夫だ」


 すでに、ショウマの生殺与奪は握られていた。

 アリアスたちも、この状況を理解していた。ショウマの言葉もあり抵抗をやめた。

 体格の良い仮面の人物が低く太い声で言った。


「賢明な判断だ。来てもらおう」


 仮面の人物が、ショウマを自分たちのバトルシップに引致した。

 体格の良い仮面の人物に加えて、華奢で身のこなしが軽い仮面の人物が加わり、道中のショウマの監視が2人となった。

 ショウマは目隠しをされ、両手を縛られた。

 何の情報も与えられることなく、監視の2人が言うがままにバトルシップを降り、いくつかの乗物を換え、連行されていった。


「降りろ」


 体格の良い仮面の人物の言葉だった。

 ショウマは自動車と思える乗物から降りた。視覚を塞がれていたが、外気や気圧の変化から、標高の高い場所、クードリアの奥地へと連れられてきたと、漠然と認識できた。


「あともう少しだ。ここからは、歩いてもらう」


 強い足音が前方に響いた。体格の良い仮面の人物が、ショウマの前を歩き始めたようだった。


「付いて来い」


 ショウマはその言葉に従った。目隠しされたままで、歩き続けていると、目隠し越しから感じ取れる光量が少なくなっていった。外気は寒くもなく暑くもなかった。音は静かで、雑音がなくなっていた。


 ――ここはトンネルか。


 しばらく、歩いたあと、体格の良い人物が言った。


「止まれ」


 ギィィ、重厚なドアが開けられた音がした。


「歩け」


 目隠し越しだったが、周囲の光量が大きく変化したのが判った。様々な音も耳に入ってきた。

 トンネルから外の世界に出たようだった。


「ここで止まれ」


 体格の良い仮面の人物の声だった。

 ショウマは立ち止まった。

 次の瞬間、両手を縛っていた紐が切られた。


「目隠しをとって構わない」


 背後から聞こえた。中性的な声色だった。華奢な体格の仮面の声だった。

 ショウマは自由になった手で、目隠しを外した。

 光が目に飛び込んできた。


 暗闇に慣れた目が、眩しさに、一瞬、視界を失った。

 光に目が慣れてくると、更なる驚きが襲ってきた。

 空がなかった。天井があった。上空に人工の光源が存在し、そこから眩い明りが、この空間を照らしていた。


「何だ……、これは」


 ショウマは思わず、言葉が漏らした。

 体格の良い仮面の人物が前方を指さした。


「ここが、『ジェムジェーオンの病巣』と呼ばれるクードリアの中心。貴様たちジェムジェーオンの人間たちが忌み嫌っている社会の不穏分子と呼ばれる者たちが、集まってできた街だ」


 ショウマは顔を回しながら、しっかりとこの空間を観察した。

 天井の高さは建物5階分くらい。空洞のなか、建物が並び、街を造っていた。上空高い場所にいくつものライトが吊らされ、光を照らしている。天井の高さは場所によってまちまちで、もとは天然の洞だった場所を切り開いたのだと判った。岩肌が剥き出しになった壁にはドアが幾つか並んでいる。ショウマたちがいま出てきた扉もそのひとつだ。扉の奥は、外に繋がる道や倉庫などの部屋になっていると思われた。


「噂通りの人間だな。ショウマ・ジェムジェーオン」


 華奢な仮面の人物が、ショウマの様子を眺めていた。


「その言い方だと、私の噂はあまりいいものではなさそうだな」

「周到で、注意深く、そして抜け目がない」

「どうして、そうのような評価になるか、聞かせてもらえるか」

「何が役立つか判らないが、少しでも多くの情報を得る。そういう目で周囲を観察しているように見えた。違うか?」


 相手の顔は仮面に覆われていたため、感情を読めなかった。


 ――どういう意図で、言っているのか。


 逆らうことは得策ではないと、本能が告げていた。


「そうかもしれないな」


 ショウマは両手を広げた。

 体格の良い仮面の人物が割って入った。


「この街での行動は、貴様に任せる。不都合があるようであれば、その時点で俺たちが貴様を制止する」

「私はこんな場所で、無駄に時間を費やすことはできない。ここに私を連れてきたのは、何か訳があるのだろう。用件を早く済ませてほしい。私は、一刻も早く、オステリアへと向かわねばならない」

「勘違いしてもらっては困る。貴様の行動を決めるのは俺たちだ。俺たちが貴様に許しているのは、この街のなかでの自由だ。街の外に出ることは許さない」


 ショウマは体格の良い仮面の人物を強く見返した。


 ――私は何をしているのだ。


 危機感に近い焦りが突き上げてくる。


 ――焦りは禁物だ。


 自らに言い聞かせた。

 ショウマをこの場所に連れてきたのには、必ず、理由があるはずだ。状況を打開するチャンスは、その事情に寄るはずだ。


「判った。言う通りにしよう」


 華奢な身体の仮面の人物が言った。


「念のため言っておくと、見て解るとおり、この街自体が閉鎖空間になっている。逃げるなんて無駄なことは考えない方がいい」


 体格のよい仮面の人物が続いた。


「この街の名前はラオジット、覚えておくといい」




 シャニア帝国は、帝国直轄領とジェムジェーオン伯爵国を含む封建領主との連合国家だった。ジェムジェーオン伯爵国に属するクードリア地方には、帝国全土から多くの人間が流れ付いていた。ここラオジットは、その中心都市だった。


 ショウマ・ジェムジェーオンは、連行されてから3日間、ガイド兼監視の役の仮面のふたりを連れながら、自由にラオジットの街のなかを出歩いた。


 ――私をこの地に留める目的は何だ?


 当初、ショウマはそればかりを考えていた。

 だが、仮面の人物たちは、何も語らうとしなかった。

 しばらく経つと、このことを考えることををやめた。


 ――判らないものは判らない。考えるだけ無駄だ。


 濃霧に前方が遮られているかの如きだったが、ショウマは手探りでも、できることを行うしか、前に進む方法はなかった。それは、この街を知ることだった。


「街のなかを案内してくれ」


 仮面の人物たちをガイドにして、ショウマは、ラオジットの街を巡った。

 そうしているうちに、思いがけず、気持ちに変化が生じてきた。ラオジットの街自体やこの街で暮らす人々に興味が湧いてきた。

 ラオジットの街は、ショウマが長年暮らしてきたジェムジェーオンの首都ジーゲスリードと明らかに違っていた。街並みは、ジーゲスリードに比べて秩序があるとは到底いえない。猥雑で、非衛生的な路地裏も至る所で散見している。それでも、ここで暮らす人々の顔は、前や上を向いていた。人々が活き活きと生活しているように見えた。


 強烈な不協和音が、ショウマのなかで響き渡った。


 ――この感覚は何だ。


 いつの間にか、ショウマはラオジットの街のいろいろな場所を、注意深く、意味を解釈しようと、観察するようになっていた。

 不協和音の正体を掴むべく、ショウマは思うがままに街を歩き回った。

 ラオジットに来てから3日が経とうとしていたが、ショウマはこの不協和音の正体を掴めずにいた。


 ラオジットでは、人工的に夜と昼が造られる。今は夕方の時間帯だ。上空の人工灯の光が絞られ辺りは薄暗くなっていた。

 突然、体格のよい仮面の人物が、ショウマの後ろから肩に手を掛けた。


「ちょっと、よいか」


 この3日間、ショウマと仮面のふたりは必要なこと以外に話すことはなかった。

 この時、肩を掴まれたショウマは、戸惑い驚いた。


「どうしたのですか」


 背後から付いてきた体格の良い仮面の人物が、立ち止まったショウマを追い越した。そのまま進んで、振り返りもせずに一言だけ告げた。


「俺に付いてこい」


 有無を言わさない口調だった。

 ショウマは体格の良い仮面の人物に従った。背後から華奢な仮面の人物が付いてきた。




 体格の良い仮面の人物に連れてこられたのは、ラオジットのサロン街地区だった。合法非合法問わず、帝国内のあらゆる物が取引される場所で、歓楽街も合わせ持つ旧市街地区だった。新しい建物が並ぶメイン通りの華やかさはなかったが、雑然とした雰囲気のサロン街を、古いラオジットの人々は街の本当の姿と呼んでいた。

 狭い路地にはネオンが煌々と輝く。

 ネクタイを締めたスーツのビジネスマンもいれば、ドレスをまとった女たちもいた。路上を通る人々に声掛けてしていた客引きの男たちが、仮面の人物たちを見ると、道を開けた。通り過ぎる際、軽く会釈してきた。


「ご苦労様です」


 体格のよい仮面の人物が、右手を軽く上げて応えた。

 ショウマに振り返りもせずに独り言のように言った。


「俺たちは普段、この街の治安を担当している」


 ショウマは何も言わず、頷いた。

 華奢な仮面の人物が老朽化した3階建ての建物を指さし、立ち止まった。


「ここだ」


 古く色あせた看板には『ロウ商会 食品サロン』とあった。その下に『穀物、果実、食用肉』と明記されている。看板の横に張られた薄いボードには、手書きで『二階へどうぞ』と書かれていた。

 老朽化した3階建ての建物の階段に向かって、仮面の人物のふたりが進んでいった。

 ショウマもふたりに従った。

 階段を上り、2階のドアを開けると、その先は長く細い廊下が続いていた。

 最小限の明かり。薄暗い廊下の天井には監視カメラ。突きあたりには、建物に不似合いの最新式の電動扉が据え付けてあった。


 ショウマは細心の注意を払った。


 ――厳重に侵入者対策が施されている。


 横に画面モニターとボタンが付いていた。

 体格の良い仮面の人物がボタンを押した。

 すぐに、赤く点滅し、画面モニターが光った。体格の良い仮面の人物が、画面を覗き込んだ。


「俺です。連れてきました」


 扉が開いた。

 なかに入ると、護衛が2人、銃を携えて待ち構えていた。

 体格の良い仮面の人物と華奢な仮面の人物がなかに進んでいくと、何も言わず左右に割れて道を空けた。

 ショウマも続いてなかに進んだ。護衛の視線を感じた。


 ――まるで、見定められているようだ。


 護衛が腕に構えている銃が、否応なく横目に映った。

 張り詰めた空気のなか、一番奧の部屋に通された。

 程々の広さ、5人以上の人が集まっても狭さは感じない大きさだ。置かれている家具は、豪奢というよもりも機能的で、細部には優美な装飾が施してあった。


「ここで、しばらく待て」


 体格の良い仮面の人物の言葉は、有無を言わさなかった。

 仮面の人物たちが、ショウマを部屋にひとり残し、出ていった。


 ショウマは部屋のなかを、改めて確認した。

 窓際に歩み進んだ。

 外は猥雑としたサロン街のネオン灯の光が輝いていた。


 ショウマは窓のガラスに触れた。

 二重で特殊な材質のガラスが使われていた。

 よく見ると、窓の外には赤外線センサーが張り巡らされていた。


 ――誰がここに私を呼び寄せたのか。


 当然、私がショウマ・ジェムジェーオンであることを理解している者だ。仮面の人物たち、特にあの体格の良いドレッドロックスの人物は、隙が全く見当たらない。相応の人物であると踏んでいた。その彼にショウマをこの場所に連行するよう命じることができ、特別なセキュリティで護られたこの場所をセッティングできる者。この街のなかで、選択肢は多くはないはずだ。


 ショウマは静かに思考を巡らせた。



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