第27話 ハイネス攻防戦10
正体不明の3個師団が、遠征軍の背後を襲ったことで、ハイネスを巡る攻防戦は新しい展開を迎えようとしていた。
突如、戦場の中心に、『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンの声が響き渡った。
「私の名はジェムジェーオン伯国後継第一位、伯世子『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンだ。私たちの進軍を阻む者は、国逆の賊とみなす」
遠征軍を背後から奇襲した正体不明の3個師団を率いていたのは、行方不明となっていたショウマ・ジェムジェーオンだった。
ジェムジェーオン暫定政府の遠征軍は、背後を急襲され足並みを乱したことに加えて、ショウマ・ジェムジェーオンの言葉によって、大混乱に陥った。
ハイネス城内、
――兄貴が生きていた。……良かった。
ハイネス攻防戦の戦局の変化よりも、兄ショウマが生きていたことに安堵していた。
ジェムジェーオン暫定政府の遠征軍総司令官ドナルド・ザカリアス大将は、混乱に陥った司令部のなかで、静かにモニターを凝視していた。
スン・シャオライ中佐に預けた3個師団の軍勢が、敵軍を率いる『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンに寝返った。
ザカリアスが率いる遠征軍は、陣の背後から奇襲を受けて、いままさに危機に陥っていた。
遠征軍の参謀長ヒューゴ・マクスウェル准将がザカリアスに指示を求めた。
「ザカリアス閣下、次の命令を」
ザカリアスは軽い目眩に襲われた。
ふらつく頭を抑えながら、目線だけをマクスウェルに返した。
「……」
「下知を」
マクスウェルがすがる様な目つきでザカリアスを見上げていた。
――いったい誰のせいで、こんな失態に至ったのだ。
ザカリアスは言葉を絞り出すように発した。
「マクスウェル准将。どうして、ショウマ・ジェムジェーオンがスン・シャオライ中佐に預けた軍隊を率いて、この戦場に戻ってきたのだ?」
「認めなくてはなりません。スン・シャオライ中佐が、ショウマ・ジェムジェーオンと合流し、オステリアに向かった部隊ごと、敵軍に寝返ったのだと思われます」
マクスウェルの返答に、ザカリアスは声を荒げた。
「なぜ。どうしてだ? このような結果となった」
「原因の究明はあとにしましょう。この瞬間は、いまこの事態をどうするかをお考えください」
「このような結果になるなど、私は聞いていない」
ザカリアスは、再びモニターを凝視した。
目眩は、毒が回っていくが如く、ザカリアスの全身に伝播していった。
現実を忌避するがごとく現状を認めようとしないザカリアスの姿を見て、マクスウェルが宙を見上げた。
ハイネス守備部隊の司令部で、アンナ=マリー・マクミラン大佐は震えていた。
――ショウマが生きて戻ってきた。しかも、援軍を引き連れて戻ってきた。
アンナ=マリーの胸は熱くなった。
だが、感慨に耽っているわけにはいかなかった。ハイネス守備部隊の責任者として、任を全うしなければならない。
この事態を受けて、出撃直前だったカズマ・ジェムジェーオンとジョニー・マクレイアー少佐に、待機の指示を出した。
アンナ=マリーは熱くなった頭を冷やしながら、戦況を分析した。
――攻勢に移っていいのか。
暫定政府の遠征軍は予期していなかった奇襲を受けて、混乱しているようだった。
乾坤一擲の一撃。
ハイネス守備部隊に残された戦力を考えると、次の出撃が、全面的に反抗できる最後のチャンスだった。
――ここが勝機なのか。
アンナ=マリーの決断に掛かっていた。
確かに、ショウマの声を聞いた。だが、本当にショウマが戻ったと確実な情報があった訳ではない。偶然、戦場の通信を拾った声を聞いたに過ぎない。確実な事実と断定するには、情報が足りなかった。
「至急、援軍の正体と軍を率いているのがショウマ様なのかどうかを確認して」
「ショウマ様はハイネスにいるのでは」
「いいから。お願い」
「承知しました」
ハイネス守備部隊の司令部が、アンナ=マリーの指示を受けて、情報を集め出した。
少しでも確かな戦場の情報が欲しかった。
モニターが映し出す戦場の画像だけでは、正確な状況を掴みきれなかった。
アンナ=マリーは額から流れ落ちる汗を拭った。
その時、前線で戦っていたアレックス・ラングリッジ大尉から一報が入った。
「こちら、アレックス・ラングリッジ大尉。司令部の応答を願う」
すぐさま、アンナ=マリーはアレックスとの通信に応じた。
「アンナ=マリー・マクミラン大佐です。現場の状況がどうなっているか、教えてもらえませんか?」
「こっちが聞きたいくらいです。どんな魔法を使ったんです」
「報告をお願いします。目に見えている状況の報告で構いません」
アンナ=マリーの切羽詰まった声の調子に、アレックスが硬い口調で答えた。
「暫定政府の遠征軍は混乱状態に陥っています。退却する
「ショウマ様が援軍を引き連れて帰還したとの情報があります。ただし、裏は取れていません。未確定な情報です。司令部も情報の真偽を、確認しているところです」
「ショウマ様が……、そうだったのですか。どこかの部隊が、敵軍の後背より襲ったことは間違いないのですが、それがショウマ様だったのですか。小官としては納得です。言えることは、戦場の敵軍は援軍の登場で混乱しているということだけです」
もっと、確実な情報がほしい。
同時に、別の通信が司令部に入った。
「アンナ=マリー・マクミラン大佐」
通信は、
「カズマ様」
「マクミラン大佐。兄貴、ショウマ・ジェムジェーオンの言葉を聞いたか」
「はい。いま、あの声の主が、本物のショウマ様なのかどうか、事実を確認しているところです」
「こんな奇策ともいえる戦術を大胆かつ精密に実行できるのは、兄貴以外に誰がいるだろうか?」
「確かに、その通りなのですが……」
「オレはジョニー・マクレイアー少佐とともに出撃する。責任者であるマクミラン大佐に許可願いたい。挟撃のチャンスだ。よもや、この機会を逃すような指示はないだろうな」
カズマの言葉に迷いはなかった。
――私も決断しなければならない時だ。
アンナ=マリーはモニターに映るカズマとアレックスの顔を観た。
どちらも、真剣な表情で、アンナ=マリーの言葉を待っていた。
吹っ切れた。気持ちが決まった。
「出撃を許可します」
続けて、回線をパブリックに変更して、全軍に告げた。
「ハイネス守備部隊の全員に告げます。ここハイネスに現れた援軍を率いているのは、ショウマ・ジェムジェーオン殿下です。遠征軍の背後を襲っています。この動きに連動して、遠征軍を挟撃します。アレックス・ラングリッジ大尉の部隊は、このまま敵軍を押し込んでください。カズマ様とジョニー・マクレイアー少佐の部隊は、ラングリッジ大尉の部隊を補佐しながら敵軍を叩いてください」
「承知」
息を吹き返したハイネス守備部隊の返答が木霊した。
ジョニー・マクレイアー少佐の部隊がハイネスを出撃した。
出撃を待っていたカズマが軽く笑った。
「また、最後のいいところを、兄貴に持っていかれるなぁ」
「カズマ様はショウマ様に負けないように武勲を上げてください」
「了解した。任せておけ」
アンナ=マリーは真摯に応えた。
「カズマ様、頼みます」
「カズマ・ジェムジェーオン、出るぞ」
カズマ・ジェムジェーオンが騎乗する
背後を襲われ混乱した暫定政府の遠征軍は、正面からハイネス守備部隊の総攻撃を受け、挟撃にさらされた。
スン・シャオライ中佐が率いていたオステリア遠征軍は、ショウマ・ジェムジェーオンに忠誠を誓っていた。それだけでなく、新たに加わっていたランサー部隊は屈強な精鋭部隊で次々と遠征軍を破っていった。
ハイネス守備部隊は、この機会を逃さなかった。
ジョニー・マクレイアー少佐の
流れは一変した。
戦闘は時間の経過とともに、一方的なものとなっていった。
ハイネス守備部隊が暫定政府の遠征軍を打ち破っていった。
勝負は決した。
戦場に登場したショウマ・ジェムジェーオンは、敵味方関係なく全軍に告げた。
「こらからのジェムジェーオンに力になりたいという者を、私、ショウマ・ジェムジェーオンは拒まない。志をともにするものは私のもとに集ってほしい」
最終的に、『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンによるこの呼びかけが、勝敗の決定打となった。
遠征軍のジェムジェーオンの兵士たちは、相次いで『勝唱の双玉』に投降した。投降兵の数は、ハイネス守備部隊を上回る程に膨らんでいった。
ショウマ・ジェムジェーオンが3個師団の援軍を引き連れて、遠征軍の背後を突いてから2時間後、ドナルド・ザカリアスが率いる暫定政府の遠征軍は、全軍崩壊を避けるために、首都ジーゲスリードへの全面撤退を始めた。
ショウマは命じた
「同じジェムジェーオンの市民だ。掃討戦は無用。負傷兵と投降兵を助けることに専念してくれ」
ハイネス攻防戦は決着した。
ハイネスは陥落一歩手前という状態から蘇った。
ここに、『勝唱の双玉』による奇跡の大逆転劇が演じられた。
帝国歴628年3月8日、3日間に及んだハイネス攻防戦は『勝唱の双玉』の大逆転勝利で、幕を閉じることになった。
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