第25話 ハイネス攻防戦8

 遠征軍の総司令ドナルド・ザカリアス大将は、遠征軍の旗艦『モノポライザー』の艦橋の一番高いところに設置された司令官席で、ハイネス攻城戦の模様をジッと見詰めていた。


 ――この調子を続けていけば、ハイネスの守備部隊は、じきに限界を迎える。


 ザカリアスは安堵の表情を浮かべた。

 実際のところ、戦闘の序盤に、作戦の裏を突かれ、ハイネス守備部隊に奇襲を受けた時は、本陣が落とされる危機を前に、心中穏やかではなかった。

 現在は、物量で押し切る戦術に変更したことが奏功していた。

 伝達されてくる情報は、戦局が遠征軍優勢に転じたことを示していた。戦果を実感するとともに、心の落ち着きを取戻していた。


 ザカリアスはテーブルに置かれた紅茶入りのティーカップを手に取った。


 ――この段階に至れば、小細工など無用だ。


 ゆっくり時間を掛けてもいい。ハイネス守備部隊を、ひとつひとつ確実に打ち破っていくことを継続するようにと、改めて命令を下した。


 ザカリアスから少し離れた位置で立っていた側近の参謀長ヒューゴ・マクスウェル准将のもとに、下士官のひとりが近づいてきた。

 呼応するように、マクスウェルが下士官に近づいた。

 ふたりが怪訝な表情で、声をひそめて何かを話し合っていた。

 ザカリアスは、ふたりの話が終わり、下士官が艦橋を出て行ったことを確認してから、マクスウェルに尋ねた。


「マクスウェル准将、何があったのか」


 マクスウェルが目だけで頷いたあと、ザカリアスのもとに速足で寄ってきた。耳元に顔を近づけて、小声で言った。


「オステリアに向かったスン・シャオライ中佐から『至急ザカリアス閣下に伝えたいことがあるため、ハイネスに戻ってくる』と、連絡がありました」


 ん、思わず、ザカリアスは呟いた。


「スン・シャオライ中佐がハイネスに戻ってくる!? 通信を使って連絡してくれば良いではないか」

「内密に話がしたいとのことです」

「それでは、オステリアに向かっている中佐に預けた軍勢は、誰が率いているのだ?」

「そのことですが、軍勢を引き連れて、ハイネスに戻ってくると聞いています」


 ザカリアスは眉をひそめた。


「それはおかしな話であろう。3個師団の軍勢ごとハイネスに戻す必要があるのか」

「確かに、閣下の仰る通り、おかしな話です」


 マクスウェルが首を傾げた。

 ザカリアスの頭に血が昇った。


 ――内密の話があるにしても、なぜ、スンはオステリアに向けた軍勢を戻すのだ。


 この勢いでハイネスを攻め続ければ、ハイネス陥落は時間の問題だ。そうだとしても、オステリアが敵軍の手に落ちて、新たな反抗拠点となってしまえば、第二のハイネスとなってしまう。それを防ぐために、オステリアに軍勢を向けたのだ。

 頭に昇った血が蠢く。


 ――落ち着くのだ。


 ザカリアスは努めて冷静に、マクスウェルに指示を出した。


「内密の話の件は了解した。スン中佐に、指揮をいずれかの者に委ねて、軍勢をオステリアに向かわせろと厳命してくれ。そのうえで、スン中佐本人は、少人数でこちらに向かうようにと」

「承知しました」


 ただちに、マクスウェルが伝令をスン・シャオライ中佐に伝えるように指示を出した。




 遠征軍の大本営から、スン・シャオライ中佐に軍勢をオステリアに向かわせる命令が伝えられた。

 命令を受け取ったスン中佐は「大本営の指示に従う」と通信で返答してきた。


 にもかかわらず、3個師団の軍勢はオステリアに向かうことなく、ハイネスの遠征軍本隊に近づいてきた。

 遠征軍の大本営からは、再三、停止命令を発出された。

 命令は無視され続けた。

 スン・シャオライが率いる軍勢は、停止せずにハイネスに向かってくる。

 ついに、接近してくる3個師団の軍勢を抑止するため、ハイネスに布陣するジェムジェーオンの遠征軍の陣から、部隊が出撃した。




 この事態を受けて、バルベルティーニ伯爵国のベリウス・クラウディウス将軍が率いる黒騎士第二軍団の司令部は、ざわついていた。

 道のはるか向こうに、バトルシップが巻き起こす砂埃が舞うのを認めた。肉眼でも、かすかに部隊を視認できる距離まで、軍勢が迫っていた。


 クラウディウスは居ても立っても居られず、立ち上がった。


「どういうことなんだ」


 バルベルティーニの若手士官のひとり、アスセット少尉がクラウディウスの強い口調に押し出されるように立ち上がった。


「ジェムジェーオン司令部からは、あの部隊は味方で、ハイネスから距離10000の地点に留まると報告を受けています」

「距離10000だと? すでに、肉眼で確認できる位置に迫ってきている。それより近い距離に迫っているのは、明らかではないか」

「は、はい。その通りなのですが……」

「どの程度の兵力なのだ」

「3個師団の戦力と聞いています」

「……3個師団。相当な戦力だ。無視できない」


 クラウディウスの本能は、告げていた。


 ――間違いない。これは敵襲だ。


 3個師団がこの遠征軍を襲えば、戦局が新たな局面を迎える。可及的速やかに対処する必要がある。

 クラウディウスは早口で、アスセット少尉に指示を与えた。


「再度、ジェムジェーオン司令部にあの部隊の正体を確認しろ。至急だ」

「はい」


 アスセット少尉が椅子に座り、身体をコンソールのほうに向き直した。ジェムジェーオン司令部と連絡を取るため、ヘッドセットを頭に装着した。

 艦橋のクルーたちがざわついた。

 その様子が、クラウディウスの耳に入ってきた。


〈衝突だと! どういうことなんだ〉

〈憶測はいらない。現在の状況を正確に報告してくれ〉


 クラウディウスはクルーのひとりに声を掛けた。


「どうしたのだ?」

「どうやら、接近してくる部隊と、それを抑止するために向かったジェムジェーオンの部隊が戦闘状態に突入しているようです」


 クラウディウスの背中に、冷汗が流れた。


 ――決断が遅れたか。


 すでに、ジェムジェーオン遠征軍の対処は後手に回っている。さらにここで、対処を躊躇すれば、取り返しのつかない事態に陥る。

 アスセット少尉が、視線をクラウディウスに向けていた。報告するタイミングを窺っている。

 クラウディウスは顔を向けた。


「ジェムジェーオンの司令部は何と言っている」

「同じ答えです。当該の部隊は、味方のはずだと」

「いまさら、何を血迷ったことを言っている! 戦闘が始まっているではないか」

「詳細は調査中とのことです。ジェムジェーオンの司令部は混乱しているようです」

「接近している部隊は、どのくらいの距離まで近づいている。こちらで測った結果を伝えてくれ」

「お待ちください」


 アスセット少尉がモニターをのぞき込み状況を確認した。

 青い顔で、答えた。


「およそ2500まで迫っています」


 クラウディウスは天を仰いだ。


 ――近づけすぎだ。


 迎撃の限界距離を超えて、至近となっていた。

 直ちに、接近する部隊を潰さねば、クラウディウスたちを含む遠征軍は、この戦場でハイネス守備部隊との挟撃を受けることになる。

 この段階に至って、調査などと悠長に時間を費やすことはできない。

 クラウディウスは、横目でガルバ大佐を見た。


「ガルバ。分かっているな。止めてくれるな」


 ふぅ、ガルバが大きく息をついた。


「できることならば、クラウディウス閣下には、ジェムジェーオンの司令部からの要請を受けて、出撃していただきたいと思っていますが」

「ジェムジェーオンの回答を待っている間に、俺たちは全滅するぞ!」


 ガルバが苦笑した。


「閣下の言、尤もです。仕方ありませんな」

「もちろん、俺自らがASアーマードスーツで出撃するぞ」

「止めたとて、無駄なのでしょう」


 クラウディウスはニヤリと笑った。


「俺はバルベルティーニのトライデント『赤槍』だ。トライデントは、常に戦場の最前線にあるのだ。ガルバはこの艦に残り、引き続き、ジェムジェーオンとの連絡を継続してくれ。ザカリアスから追認を受けてくれ」

「承知しました」


 クラウディウスは自らが率いるバルベルティーニ黒騎士第二軍団に指示を出した。


「すぐに、ASアーマードスーツ部隊に出撃の準備を整えさせよ」


 ガルバが割って入った。


「決して、無理はなさらぬよう」

「ああ、判っている。だが、心配は無用だ。敵はどこぞの衆、俺たちはバルベルティーニ黒騎士第二軍団だ。最精鋭の部隊の敵ではない。無理せずとも、目の前の敵を打ち破っていくのみだ」


 クラウディウスは意気込んでいた。


 ――ようやく、本領を発揮できる。


 ジェムジェーオンに到着して以来、自らが率いるバルベルティーニ黒騎士第二軍団は行動を制約されていた。鬱憤を晴らすとともに、武名を轟かせる好機だった。




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