第24話 ハイネス攻防戦7

 アンナ=マリー・マクミラン大佐はカズマ・ジェムジェーオンがハイネス脱出のため、ASアーマードスーツドックに向かったのを見届けた。

 ホッと、胸を撫で下ろした。


 ――これで、未来に希望が繋がる。


 カズマの性格から、ハイネスを捨てて脱出するこの案を、容易に同意しないであろうことは予想できた。


 ――もし、これがショウマだったら。


 脱出を説得する相手がカズマ・ジェムジェーオンではなく、双子の兄ショウマ・ジェムジェーオンだったら、きっと、アンナ=マリーがすべてを説明する前に状況を理解して、行動を起こし始めていたかもしれない。


 その時、私はショウマにどのような感情を抱いただろうか。

 アンナ=マリーは頭を振った。


 ――いま、考えることではない。


 通信装置を操作し、副官のローランド大尉を、ミーティングルームに呼んだ。

 あらかじめアンナ=マリーの命令を受けて、報告準備を済ませていたローランドが、すぐさま部屋に現われた。


「ローランド大尉であります」

「連絡は取れましたか」

「ジョニー・マクレイアー少佐とは連絡が取れましたが、アレックス・ラングリッジ大尉とは連絡が取れませんでした。ラングリッジ大尉のASアーマードスーツ部隊は、現在、戦場の最前線を支えています」

「分かりました。仕方ありません。マクレイアー少佐との連絡は」

「ジョニー・マクレイアー少佐は補給を受けるために、ハイネス城内のASアーマードスーツドッグに戻っています。マクミラン大佐から連絡を付けてほしいと依頼を受けたのとほぼ同時に、マクレイアー少佐自身から『仮眠室で休んでいるので、マクミラン大佐が呼んだら、遠慮せずに起こしてほしい』という言付を、司令部が受けていました」

「了解しました」


 アンナ=マリーは改めて、ジェムジェーオンの『疾風』ジョニー・マクレイアーに感心した。


 ――さすが、ジェムジェーオンの『疾風』だ。


 現場の第一線に立ちながら、全体の戦局を読むことは非常に難しい。自分の持場である前線を維持することに力を注けば、全体に目が届かなくなるからだ。アンナ=マリーからの連絡を事前に予測していたということは、ジョニーは冷静に戦局を分析していたということを示唆していた。


「マクレイアー少佐が休憩している仮眠室には、このミーティングルームから連絡できますか」

「可能です。番号表は机の中に入っています」


 机を開くと、ファイルがあった。


「これですか」


 アンナ=マリーはファイルを取り出した。

 ローランドが頷いた。


「アレックス・ラングリッジ大尉への連絡は継続しますか」


 アンナ=マリーは少しだけ考えた後、手を振った。


「いや、連絡は不要です」


 戦場で、アレックス・ラングリッジ大尉は、劣勢の味方を鼓舞しながら、果敢に遠征軍へ立ち向かっているに違いない。いま、ハイネス守備部隊が前線を維持できているのは、ジェムジェーオンの『怒涛』アレックス・ラングリッジのASアーマードスーツ部隊が奮戦していることが大きかった。

 アレックスには既に、アンナ=マリーが作戦を説明している。自らの判断でカズマ・ジェムジェーオンと合流してくれると願うしかない。


「他に何かありますか」

「私はこの部屋からマクレイアー少佐に連絡することにします。ローランド大尉、ご苦労でした」


 ローランドがアンナ=マリーに一礼して、部屋から出て行った。


 部屋にひとりとなったアンナ=マリーは、ジョニー・マクレイアーが休んでいる仮眠室に、通信を繋げた。

 銀髪のジョニーの顔がモニターに映し出された。


「ジョニー・マクレイアー少佐です」

「仮眠中のところ、申し訳ありません」

「マクミラン大佐からの連絡をお待ちしていました。むしろ、連絡がないようであれば、小官の方から、もう一度大佐に連絡を入れようと考えていたところです」

「いま、話ができますか」

「この場所では難しいです。少しだけお待ちいだけますか。移動します」

「わかりました。5番回線に繋いでください」


 5番回線はこのミーティングルームに繋がる直通回線だった。


「すぐに、掛け直します」


 ジョニーが通信を切った。

 静寂が部屋に訪れる。

 アンナ=マリーは椅子に深く身をゆだね、目を伏せた。


 ――本当にこれでいいのだろうか。


 カズマ・ジェムジェーオンのみをハイネスから逃がしたとしても、ハイネス守備部隊の主力戦力が消失してしまえば、今後、軍勢同士による大規模戦闘は不可能となる。イル=バレー要塞も、既に失陥している。身を隠しながら、ゲリラ的に抵抗を続けていくしかない。

 かといって、降伏すれば、カズマの身の安全は保障できない。アスマ・ジェムジェーオンの3男ユウマ・ジェムジェーオンを君主として擁立している暫定政府にとって、『勝唱の双玉』の存在は邪魔者でしかなかった。

 さらに、カズマが脱出に成功するということは、国内の混乱が続くことを意味する。戦闘を継続することが、ジェムジェーオンにとって、正しいことなのだろうか。


 ――いや、違う。


 アンナ=マリーは頭を振った。

 脳裏に浮かんできたのは『勝唱の双玉』のふたり、ショウマ・ジェムジェーオンとカズマ・ジェムジェーオンの顔だった。

 この命を賭しても、ショウマとカズマを護らねばならない。


 ピピピ。通信端末から、着信を知らせる電子音が鳴り響いた。

 アンナ=マリーは身体を起こして、着信ボタンを押した。


「アンナ=マリー・マクミラン大佐です」

「ジョニー・マクレイアー少佐です」


 ジョニーは個室に移っていた。


「お待たせしました」

「理解していると思いますが、時間がありません。手短にいきます。前線で戦うマクレイアー少佐から、現在の戦況について率直な意見を聞かせてください」

「この何時間かで、確実に、戦いの潮目が変わりました。互角の攻防だったものが、味方の劣勢に変わりました」

「この状況から、逆転するのは難しいですか」

「物量の差が顕著です。これから守備を固めたとしても、時間の経過とともに、状況は悪くなる一方と思います。現状のハイネス守備部隊の戦力では、この戦況を覆すのは難しいというのが、私の判断です。力及ばず、申し訳ありません」

「前線で戦っている貴官らは、不利な状況のなかで最善の結果を出しています。無能なのは、私たち司令本部の人間です。最も回避すべきであった消耗戦に突入してしまいました」

「誰の責任でもありません、暫定政府の遠征軍が意図的に消耗戦を仕掛けてきたのです」


 一瞬の沈黙。

 ジョニーが切り出した。


「いまはまだ、私のASアーマードスーツ部隊は戦えます。ですが、次にここに戻ったとき、同じ事が言えるかどうか確信がありません。例のプランEを実施するならば、このタイミングしかありません」


 アンナ=マリーは黙って、目を伏せた。

 もう一度だけ、自分自身に問い掛けた。


 ――本当にこれでいいのか。


 ジョニーの言葉にある通り、迷っている猶予は残されていない。


 ――決断の時だ。


 アンナ=マリーは顔をあげた。


「カズマ様をASアーマードスーツドッグに向かわせています」


 ジョニーがモニター越しに大きく首肯した。


「判りました。カズマ様と合流します。私の部隊が身命を賭してプランEを完遂してみせます」


 アンナ=マリーはジョニーに頭を下げた。


「頼みます。マクレイアー少佐」


 モニターの向こうで、ジョニーが苦い顔をした。


「この作戦で、一番苦しい役回りとなるのは、マクミラン大佐、あなたです。敢えて、私からマクミラン大佐に確認させてください。本当によろしいのですか?」

「大丈夫です。これは私の役割です。マクレイアー少佐には、カズマ様の助けとなってください。願わくば、アレックス・ラングリッジ大尉と合流してください」


 いつも冷静なジョニーが表情を崩した。数秒の間、視線を宙に彷徨わせた。

 そのあと、泣き出しそうな顔のまま無理に笑顔を作って、アンナ=マリーに応えた。


「承知しました。大佐のご武運をお祈りしています」

「マクレイアー少佐も」


 通信を切った。


 ――もう迷いはない。やるしかない。


 アンナ=マリーは立ち上がった。

 闊歩して、ミーティングルームを出て、ハイネス市庁舎に置かれた守備部隊司令本部へと向かった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る