第23話 ハイネス攻防戦6

 ハイネス攻防戦は、首都ジーゲスリードからの暫定政府の遠征軍とハイネス守備部隊の間で、互角の攻防が続いていた。


 ハイネスの補給基地に、次々と傷ついたASアーマードスーツが戻ってくる。

 戦闘は長時間に渡っていた。ハイネス守備部隊は兵力差の劣勢を挽回するため、全開で戦わねばならなかった。最新鋭のASアーマードスーツでも全開モードで戦闘し続ければ、2時間ほどで行動限界に陥り、エネルギーパックの交換補給を要する。


 前線から、ジェムジェーオンレッドに白銀のラインが入ったASアーマードスーツを先頭に、ASアーマードスーツ部隊が帰還した。

 先頭を駆けてきたASアーマードスーツのコックピットハッチが開いた。

 パイロットがASアーマードスーツからドッグに飛び降り、颯爽とドッグのなかを歩き始めた。ヘルメットを脱ぐと、美しい銀髪がドッグの照明に輝いた。ジェムジェーオンの『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐だった。


 チーフメカニックのヤング大尉は、ジョニーに近づいて、肩をポンと叩いた。


「お疲れさま」


 振り向いたジョニーの表情は、ひどく強張っていた。

 ヤングの顔を認めた瞬間、ジョニーの緊張した表情が和らいだ。バツが悪そうに苦笑しながら言った。


「ヤングか、脅かすなよ」

「悪かった」


 ジョニーが首を振った。


「いや、ヤングは悪くないな。ピリピリしているのは、私だな」


 ジョニーの表情に力がなかった。

 ヤングはジョニーと出会って以来、初めてこのような余裕のない表情を見た。

 ジョニーとヤングの現在の階級は違っているが、士官学校時代の同期で、かれこれ15年ほどの付き合いだった。颯爽とした表情をどんな時も崩さないジョニー・マクレイアーが、追い込まれた姿を隠せないほど疲れた顔を見せるとは。


「何回目の出撃だったんだ?」

「3回目だ」


 全開モードでのASアーマードスーツ操縦は、人間の肉体を限界まで酷使する。

 通常であれば、一回でもエネルギーパックを空になるまで使い切れば、確実にパイロットの体力は限界となる。1日の稼働限界だった。それを3回連続で続けるなど、パイロットの肉体的限界は超えているはずだった。


「厳しいな」

「仕方ないさ」

「敵もよく続くな」

「数の力だ。交代で、パイロットを戦場に繰り出している」


 寡兵のハイネス守備部隊は全兵力を投入しなければ暫定政権の遠征軍の攻勢を防ぐことが出来ない。戦闘、補給と一時的な休息、戦闘。その連続。それに対し、3倍以上の兵力を有する遠征軍は全兵力のうち半分を稼動させていれば、兵力差の優位を保ったまま戦線を維持することができた。部隊を順にシフトさせ、常に残り半分の部隊に充分な休息を与えていた。

 時間の経過とともに、その効果が露わになってきていた。


 ジョニーが歩きながら脱いだヘルメットをヤングの手に置いた。

 ヤングはそれを受け取り、ジョニーの後ろに続いて歩きながら話し掛けた。


「ジョニーの部隊が無事で良かった」


 ジョニーが足を止めた。複雑な表情を浮かべたあと俯いた。


「全部隊を戻すことが出来なかった。マッテリー大尉の中隊が全滅した」

「そうか」

「ああ」

「凄まじいことになってきたな」


 ジョニーが顔を上げ、歩き始めた。


「それでも、私の部隊は筆頭大隊だ。最前線に立たねばならない」


 部下を失った心痛、肉体的な疲労。しかも、ジョニーの部隊はジェムジェーオン最精鋭のASアーマードスーツ筆頭大隊だった。音を上げる訳にはいかなかった。

 ヤングには、ジョニーの心情が痛いほど伝わってきた。


「わかった。こちらも全力で整備して、送り出す」

「頼む」

「補給物資が不足してきている。予備のASアーマードスーツエネルギーパックが底になった。いま、使用済みバッテリーにエネルギーを補充しているところだ」

「30分で戻る。どのくらいまでエネルギーは回復できるか?」

「80%ほどだ」

「十分だ。頼んだ」


 ヤングは足を止めた。


「わかった。ジョニーは、ゆっくり休め」


 階段を上がるジョニーが振り向いた。


「あと、左足のブースターの出力が一定していない。調整を頼む」

「戻るまでに、完璧にしておく」


 仮眠室へと向かうジョニーの背中から感じたのは憔悴感だった。ジェムジェーオンの『疾風』ジョニー・マクレイアーの後姿とは思えなかった。




 ハイネス市庁舎に置かれた守備部隊司令本部はしんと静まりかえっていた。

 司令本部に詰めている高級士官たちは一様に黙したままで、モニターに映し出された戦場の映像を注視していた。遠征軍の数の力が、戦場を支配し始めていた。戦局が悪い方へと傾きかけているのは、誰の目にも明らかだった。


 カズマ・ジェムジェーオンは焦れていた。

 こんな時、座ったままじっとしていられる性分ではない。アンナ=マリー・マクミラン大佐のもとに歩み寄った。


「アンナ=マリー・マクミラン大佐、オレはASアーマードスーツで出るぞ」


 振り向いたアンナ=マリーの表情は険しかった。

 アンナ=マリーがぎゅっと口を閉じた。逡巡したあと、立ち上がった。


「カズマ様、こちらへ」


 連れられた先は、小規模のミーティングルームだった。

 ドアを閉めて、二人きりになりと、アンナ=マリーがカズマにソファに腰掛けるよう促した。


「ちょっと待ってて。すぐに戻るから」


 アンナ=マリーがそう言い残して、いったん部屋の外に出た。

 副官のローランド大尉を呼び付けて、指示を与えていた。

 こうしている間にも、カズマの焦りは増すばかりだった。

 アンナ=マリーが部屋に戻ってきた瞬間、カズマは間髪入れずに、主張した。


「マリ姐、止めてくれるな。オレは何と言われてもASアーマードスーツで出るぞ」


 アンナ=マリーが入口のドアを静かに閉じて、目の前に座った。


「カズマ。あなたにはASアーマードスーツに乗って出撃してもらうわ」


 カズマは拍子抜けした。


 ――意外な反応だな。


 絶対に、アンナ=マリーは反対すると思っていた。


「本当にいいのか?」

「ええ」

「カズマにはASアーマードスーツに騎乗して、ハイネスを脱出してもらう」


 アンナ=マリーの言葉に、カズマの頭のなかは空転した。


 ――いま、脱出と言ったのか。


 アンナ=マリーの表情を確認した。

 静かにカズマを見つめていた。


「マリ姐、聞き間違えたのかもしれない。もう一度言ってくれ」

「カズマ、分かって。必要な護衛は付ける。何としても、この包囲網を突破して、ハイネスを脱出してほしいの」


 直後、頭に血が駆け上がってきた。


「オレに、ハイネスを捨てて、逃げろと言っているのか!」


 カズマは、思わず大声を出した。

 アンナ=マリーが表情を変えず、小さく頷いた。


「その通りよ」

「そんなこと、オレが望んでいると思っているのか」


 アンナ=マリーが人差し指を口に当てた。


「静かに。部屋の外に声が漏れるわ」


 カズマは必死に自らを押さえ込んだ。

 血が沸騰し、滾り駆け上がってきた。。

 アンナ=マリーを睨みつけながら、声を抑えて言った。


「マリ姐は、オレに、何を言っているのか、理解しているんだよな」

「もちろん」

「だったら」

「カズマが単純にカズマ・ジェムジェーオンという存在であれば、戦力として出陣をお願いしている」

「何を言っている?」

「いま、カズマは、カズマ・ジェムジェーオンであり、かつショウマ・ジェムジェーオンなのよ。あなたを失ったら、私たちはすべてを失う。このハイネスの地で、すべてを失う危険を冒す訳にはいかない」

「兄貴が還ってこないと思っているのか」

「そうは思っていない。いや、思いたくないというのが正確なのかもしれない」


 アンナ=マリーが項垂れた。

 ショウマはアンナ=マリーの肩に手を置いた。


「兄貴は絶対に戻ってくる」


 アンナ=マリーが顔を上げた。


「私はこのハイネス守備部隊の責任者として、個人の願望と現実を混同させてはならない立場にある。ジェムジェーオン伯爵世子で、第一位後継者であるショウマ・ジェムジェーオンは消息不明。これが現実。そして、第二位後継権者はカズマ・ジェムジェーオン、あなたなの」

「……」


 カズマは全身から力が抜けていくのを感じた。

 アンナ=マリーの肩に置かれた手も、弱々しく落ちた。

 頭の熱くなっていた部分が急速に冷めていった。発すべき言葉が見つからなかった。


「私たちには未来への希望が必要なの」

「……」

「ジョニー・マクレイアー少佐とアレックス・ラングリッジ大尉には、戦前より、最後の手段としてこの作戦を伝えている。もし、他に採るべき手段がなくなったら、カズマを連れて、ハイネスを脱出してほしいと。彼らは、今後も必ず、カズマの力となってくれるはずよ」


 カズマはハッとした。


「ここ、ハイネスはどうなるのだ」

「私が残るわ」


 アンナ=マリーの目は澄んでいた。


 ――そういうことか。


 カズマは頭を左右に振った。頭を振り絞ったが、アンナ=マリーの覚悟を覆して、この事態を解決する妙案は思い浮かばなかった。


「マリ姐がハイネスに残って戦うのか」

「ええ、そうよ。誰かが残った兵士たちをまとめなくてはならない」


 カズマは頭を抱えた。


「これ以外に方法はないのか?」

「どうか、理解してほしい」


 カズマは顔だけ上げて、アンナ=マリーを見上げた。


「マリ姐」


 アンナ=マリーが笑った。


「お願い、カズマ。この機を逸することはできない。これ以上、戦況が悪化すれば、カズマを逃がすことも出来なくなってしまう」


 カズマは、アンナ=マリーの言葉を、頭では理解したが、身体が動かなかった。

 今度は、アンナ=マリーがカズマの両肩に手を置いた。


「さあ」


 カズマは促されて、立ち上がるしかなかった。




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