第21話 ハイネス攻防戦4

 ジェムジェーオン暫定政府の遠征軍総司令官ドナルド・ザカリアス大将が騎乗する旗艦バトルシップ『モノポライザー』に、ハイネスの『勝唱の双玉』から、面会要請の返答が届いた。

 きっかり、約束の2時間後だった。


 返答の通信文を手に取ったオペレータが、ザカリアスの顔色を覗った。

 ザカリアスはまっすぐオペレータの目を見据えて、返答を読み上げるよう促した。

 オペレータがおそるおそる通信文の内容を読みあげ始めた。


〈私たち『勝唱の双玉』は、弟ユウマ・ジェムジェーオンを傀儡として利用する奸臣ドナルド・ザカリアスと語るべき言葉を持っていない。信義に反する不忠者が対等の交渉を求めるなど、勘違いも甚だしい。私たち『勝唱の双玉』と会談したいのであれば、マクシス・フェアフィールドおよびドナルド・ザカリアスの両人が、ジェムジェーオン伯爵家に対する非礼を詫び、降伏することから始めるべきである〉


 ザカリアスは顔色ひとつ変えずに報告を聞いていた。


 ――やはりな。


 これで少なくとも『勝唱の双玉』のうち、どちらかひとりは、ハイネスを脱出している可能性が高くなった。そして、ハイネスを脱出したのは、ショウマ・ジェムジェーオンと考えるべきだ。ショウマは頭が切れる。ひとりハイネスに残っていたとしたら、会談の場に出てきて、通信文に書かれたような糾弾を直接ザカリアスに言ってくる。しかも、その会談の模様を録画し、戦場に流すくらい考えるはずだ。

 オペレータが、回答を読み終えた。ザカリアスをじっと見上げながら、次の言葉を待っていた。

 ザカリアスは眼鏡の位置を直した。手を払って、下がるように指示した。


「ご苦労だった。下がって構わない」


 オペレータがホッとした表情を浮かべ、下がっていった。


 ――力攻めも仕方なかろう。


 この状況に至れば、ジーゲスリードに退くよりもハイネスを落とす方が、戦略として正しいといえよう。多少のリスクを負ったとしても、ただちにハイネス攻略を進める。決断してしまえば、躊躇している時間が勿体ない。


「マクスウェル」

「はい」


 ザカリアスは隣に控えていたヒューゴ・マクスウェル准将に、遠征軍の諸将を集めるよう命じた。




 1時間後、ドナルド・ザカリアス大将が率いる遠征軍の高級士官たちが、旗艦バトルシップ『モノポライザー』の謁見の間に整列していた。

 ジェムジェーオン伯爵国防衛軍では、少将以上の師団長に特注の専用バトルシップを建造することが許されている。なかでも、ザカリアスの乗艦『モノポライザー』は一際巨大なサイズで、移動型大本営と呼べるものだった。謁見の間は、ゆうに50人を収容できる広さを有していた。この艦の建造が具申された際、他の将校たちは「あんな馬鹿でかいサイズの艦が戦場で役立つものか、ザカリアスの尊大さの表れだ」と揶揄した。ザカリアスの耳にもその声は届いていたが「私には必要なのだ」と、意に返さなかった。


 ザカリアスは『モノポライザー』謁見の間の高座に鎮座していた。

 横に立つヒューゴ・マクスウェル准将が耳打ちしてきた。


「時間です」


 ザカリアスは立ち上がった。

 同時に、バトルシップ『モノポライザ―』の謁見の間に集結した高級士官たちが姿勢を正した。

 この映像は戦場全体にオープンチャンネルで配信している。味方の遠征軍だけでなく、ハイネスに籠る敵軍が観ることを意識していた。

 ザカリアスは周囲を見渡してから、話し始めた。


「私、ドナルド・ザカリアス大将は、ジェムジェーオンの国民同士が争うこの戦いを憂慮している。直前、ハイネスに駐留する『勝唱の双玉』に対して、会談を呼びかけた。もちろん、平和的解決を望むためにだ」


 ひとつ間を置いた。


「だが、ハイネスからの返答は、会談自体の拒絶だった。そして、寄せられた通信文がここにある。全文を読み上げよう」


 マクスウェル准将が一歩前に踏み出し、ハイネスからの通信文を読み上げた。


 ハイネスからの通信文を読み終えると、高級士官たちの一部に動揺の表情が見え始めた。

 ザカリアスは一喝した。


「狼狽えるな」


 高級士官たちが猜疑の混じった目をザカリアスに向けた。


「諸君。私は残念でならない。以前から伝えているように、私やマクシス・フェアフィールド元帥は故アスマ・ジェムジェーオン伯爵の命に基づいて、今日まで行動している。疑わしいというのならば、これも何度も言っている通り、首都ジーゲスリードに保管している証文を確認すればよい。逃げも隠れもしない。しかし、もうひとつだけ、言いいたいことがある。ハイネスの通信文を読んだとき、私の頭に、ひとつの疑問がよぎった。なぜ『勝唱の双玉』は、会談すら拒否して通信文のみを返してきたのか? というものだ」


 ザカリアスは一拍おいた。


「現在、私たちと『勝唱の双玉』は敵対している。しかしながら、私だけでなく『勝唱の双玉』も、出来るならば、ジェムジェーオンの市民同士が争うこの戦いを回避したいと願っているはずだ。だが、会談は拒否された。そして、私はひとつの答えに辿り着いた」


 ザカリアスは将校たちを見回し、意識的に間を空けた。


「『勝唱の双玉』は君側の奸に利用されている、と」


 高級士官たちが騒めく。ザカリアスは捲し立てた。


「ハイネスに籠る逆賊の首魁らにしてみれば、『勝唱の双玉』に自由な意志で語る場を与えては不都合になる。だからこそ、私からの会談の申し出を拒否し、『勝唱の双玉』を表に出さなかったのではないか。そのように考えると、会談を拒絶してきた理由がスッと胸に落ちる。この事実を聞いて、諸君はどのように考えるだろうか」


 高級士官たちが息をのんだ。

 暫定政府軍、この場に居合わせていない映像を見ていた多くの兵士たちも、食い入るようにザカリアスの次の言葉を待った。

 ザカリアスは場を制するように力強く言った。


「私は宣言する。ジェムジェーオンの真の忠臣として、君側の奸たちを打破し『勝唱の双玉』を救出することを。そのために、苦渋の決断としてジェムジェーオンの国民同士が戦う決断を下すことを許してほしい」


 バトルシップ『モノポライザ―』の謁見の間は、高揚感に包まれた。自然と、高級士官たちの多くが握りこぶしを作った。

 高級士官のひとりが叫んだ。


「ザカリアス閣下に敬礼」


 一斉に、高級士官たちが頭を下げた。

 ザカリアスは右手を振り上げ応えた。そして、宣言した。


「これより、ハイネスへの総攻撃を開始する」


 この宣言に、バトルシップ『モノポライザー』の謁見の間に出席していた高級士官たちだけでなく、暫定政府軍の遠征軍兵士たちも奮い立った。

 ザカリアスは遠征軍の士気を統一することに成功した。




 カズマ・ジェムジェーオンたちハイネス守備部隊の首脳部は苦渋の表情を浮かべて、遠征軍のドナルド・ザカリアス大将の演説を観ていた。

 ふぅ、カズマはため息とともに呟いた。


「まさか、ザカリアスの口から、オレを救うと宣言されるとはな」


 アンナ=マリー・マクミラン大佐が応えた。


「こちらから送った会談拒否の回答を、このように利用してくるとは」


 カズマはジョニー・マクレイアー少佐に尋ねた。


「ハイネスを守備している兵士たちはこの映像を観ているのか?」

「映像は流していません。しかし、この映像は兵士たちの間に、流れるとみておいた方がよいです。少なくとも、相手はそのように仕向けてくることでしょう」

「だろうな」


 小さく頷きながらアンナ=マリーがカズマを見やった。


「カズマ様にお願いがあります」

「ああ、判っている。苦手だとか、言っている場合ではない。オレが兄貴として皆の前に出て、話すしかないのだろう」

「ありがとうございます。くれぐれも、言葉は慎重に」

「ちゃんと、ショウマ・ジェムジェーオンを演じ切ってみせるよ」


 アンナ=マリーをはじめハイネス守備隊の首脳部たちの面々が、カズマに頭を下げた。


 ――なんでもやってやる。


 いま、カズマにできること。『勝唱の双玉』として、自らの言葉で、味方の兵士を鼓舞することだった。




 遠征軍旗艦バトルシップ『モノポライザー』の謁見の間は、散会が告げられた後も、高級士官たちの興奮で満ちていた。

 お互いに来るべき戦闘に向けて鼓舞し合う者もいれば、決意を新たにする者もいた。

 ヒューゴ・マクスウェル准将がドナルド・ザカリアス大将の耳元に屈みこんだ。


「おつかれさまです。ザカリアス総司令。大成功です。これで、遠征軍の兵士たちは閣下のために、全身全霊を賭けて戦う集団となったことでしょう」

「マクスウェルの献策のたまものだな」


 ザカリアスは誰よりも高揚感に包まれ、自らの言葉に酔っていた。

 マクスウェルが小声で囁いた。


「僚軍はいかがしますか?」

「バルベルティーニのクラウディウスのことか」


 ザカリアスの頭に、僚軍として連れてきたバルベルティーニ黒騎士第二軍団を頼ることなど選択肢になかった。

 あくまで、ジェムジェーオンの軍勢だけでハイネスを攻略するつもりだった。これ以上バルベルティーニに大きな顔をされ、暫定政府に内政介入されるのは御免だった。借りを作ることを避けたかった。


「きっと、クラウディウス将軍は、ここぞとばかり、出撃を求めてくるでしょう」

「だろうな。だが、こちらが充分に統制できないバルベルティーニが、下手に戦場をかき回すとやっかいだな」

「作戦と関係なく、勝手に暴れて、あげく援軍を求められる事態に陥るのは、避けるべきと考えます」

「後方の予備兵力として配置するのが適当であろう」

「小官も、それが最適であると思います」

「早速だが」

「判っています。小官自らが、バルベルティーニのクラウディウス将軍のもとに伝えに行きます」

「そのように進めてくれ」


 ザカリアスは、ふっと口の端を歪めた。

 マクスウェルがバルベルティーニの陣に向かおうとする背中に、付け加えた。


「クラウディウス将軍には、茶でも飲みながらハイネスが落ちるのを眺めていてくれ、と伝えてくれ」


 マクスウェルが振り返り、笑みを浮かべながら、頷いた。




 帝国歴628年3月6日、ジェムジェーオン北部の要衝ハイネスで大規模な戦闘が始まろうとしていた。『勝唱の双玉』の兄ショウマ・ジェムジェーオンは音信不通になり、弟カズマ・ジェムジェーオンは遠征軍の多数の兵を前にして絶体絶命の危機に陥っていた。



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