第20話 ハイネス攻防戦3

 ハイネス城郭の東展望室。

 カズマ・ジェムジェーオンは扉を開けて、展望室のなかに入った。


「詳細を聞かせてくれ」

「わざわざ、お越しいただき、ご足労をお掛けします」


 カズマをこの部屋で待っていたのは、神秘的に輝く美しい銀髪と上品で繊細な顔立ちをしたジョニー・マクレイアー少佐だった。

 普段、理知的で物静かに話をするが、戦場に出るとジェムジェーオンの『疾風』として、先頭に立って最精鋭のASアーマードスーツ大隊を率いている。


「オレが言い出したことだ。直接、この目で確認したい」

「こちら側の窓からご覧ください」


 カズマは促されて窓際に寄った。

 大きな出窓からは、敵軍全体の布陣を俯瞰できる。

 遠征軍はジョニーから報告を受けた通りの陣立となっていた。


「こうやって全体を確認すると、東門に敵ASアーマードスーツが集中しているのが判るな」

「明らかに、昨日までと遠征軍は布陣を変更しています」


 その時、部屋のドアが動いた。

 カズマとジョニーは開いたドアに顔を向けた。

 アレックス・ラングリッジ大尉だった。部屋のなかに、下士官を連れて入ってきた。


「この異変に気が付いたのは、ここにいる守備小隊の隊長ゼーマン少尉です」


 守備小隊の隊長を務めるゼーマン少尉が、アレックスに促され押し出されるように進んできた。カズマの前で、直立し不動の姿勢で敬礼した。

 カズマはゼーマンを労った。


「敵陣の変化に、よく気が付いてくれた」

「これが、任務ですから」

「どんなことに気付いたか聞かせてくれないか」

「はっ」


 ゼーマンが答えた。


 ――やれやれ。


 カズマは嘆息した。

 守備小隊の隊長ゼーマン少尉は忠誠心に篤いが、正直で不器用な人物に違いない。伯爵家の『勝唱の双玉』のひとりカズマ・ジェムジェーオンを前にして、緊張でガチガチに固まっている。

 これでは通り一遍の意見しか引き出せない。自由闊達に話してほしい。


「もっと楽にしてくれ。堅くなる必要はない」

「かしこまりました」


 ゼーマンの表情は硬いままだった。


「いつも通りに話してくれればいい」

「これが小官の通常であります」

「ゼーマン少尉は真面目な人物だということは分かった」


 カズマはアレックスに話を向けた。


「少尉の隣にいるアレックス・ラングリッジ大尉なんて、皆がピリピリと緊張しているイル=バレー要塞のなかで、複数の女性兵士をナンパしていたんだ。それを聞いたアンナ=マリー・マクミラン大佐から大目玉をくらったこと、知ってたか?」


 ゼーマンがアレックスの顔色を窺いながら、答えた。


「その噂はかねてより聞き及んでいます」


 アレックスが胸ポケットから取り出した櫛で黒髪をオールバックに撫でつけながら、平然と言った。


「カズマ様、その話、ひとつだけ間違いがあります。俺はナンパなんて俗なことをしません。いついかなる時も、真剣勝負です」

「そこか」

「もちろん、任務中に声を掛けたりしないですよ」

「当たり前だろ」


 アレックスが両手を広げた。


「カズマ様だって、イル=バレー要塞で同じくらいマクミラン大佐に怒られていたじゃないですか。『ふざけてばかりいないで、しっかりとしてください』って」

「そうだっけか」


 ジョニーが話に入ってきた。


「とにかく、アンナ=マリー・マクミラン大佐は、イル=バレー要塞において、軍務のほかに、お二人のお守りという重責を担っていたわけですな」


 ようやく、ゼーマンが微笑を漏らし、表情を和らげた。

 ジョニーが続けて、守備小隊の隊長に語りかけた。


「今朝からの遠征軍の動きについて、報告してくれないか」


 ゼーマン少尉が余計な力を抜いて話し始めた。


「今朝早くより、敵の部隊に再編成の動きがありました。確認したのは、小官だけでなく多くの同僚が、敵部隊の移動を目撃しています。再編成後の敵軍の布陣に違和感を覚えました。特に、この東側は、他と比べて明らかに、ASアーマードスーツを多く配備しているようです」

「これまでとは違うのだな」


 カズマの確認に、ゼーマンが頷いた。


「はい。これまでも兵士たちが入れ替わりはありましたが、今回のように部隊構成が変わることはありませんでした」

「よく気付いてくれた。報告、感謝する」


 ゼーマンが照れくさそうな顔で言った。


「いえ、これが任務ですから」


 アレックスが笑みを浮かべながら、感謝の意を表した。


「参考になったよ」


 守備小隊の隊長ゼーマン少尉のほうから、質問が発せられた。


「あの……、小官からも、よろしいでしょうか?」

「ああ、聞きたいことがあれば、何でも言ってくれ」

「つまり、この敵軍の動きは、攻撃を仕掛けてくることを示しているのでしょうか」


 ゼーマンの質問に答えたのは、ジョニーだった。


「これまで、遠征軍はハイネスを包囲したまま、散発的にしか攻撃を仕掛けてこなかった」

「はい。ですから、今回の動きも陽動ということはありませんか」

「そうかもしれない。ただ、人間、同じ状態が続けばどうしても慣れが生じる。そういうときに隙が生まれる」


 守備小隊の隊長の目が大きく見開いた。


「小官がこの動きを陽動かもしれないと考えること自体、敵の術中にはまっているとうことですね」

「攻城戦は単純な兵の数の差で決着するものではない。士気の高い兵がいれば、少ない兵力でも守りきることができる」


 なるほど、ゼーマン少尉が独りごち、頷いた。


「判りました。小官たち守備隊が隙を作らないことが、ハイネスの防衛に繋がっていくのですね」


 カズマはゼーマンにお願いした。


「ゼーマン少尉から、部隊の皆にこのことを伝えてくれないか」

「任せてください。小官の守備隊だけでなく他の隊にも伝えて、警戒を強めます」


 敬礼して、ゼーマン少尉が部屋をあとにした。




 ハイネス市庁舎の貴賓応接室、カズマ・ジェムジェーオンが仮住まいしているこの部屋で、アンナ=マリー・マクミラン大佐は、東門の偵察から戻ったカズマ、ジョニー・マクレイアー少佐、アレックス・ラングリッジ大尉と合流していた。

 この部屋には、中央サーバーに接続する端末が置かれていた。中央サーバーに、ハイネス城郭に設置したカメラの監視情報が集められていた。遠征軍の布陣を詳細に分析することができる。


 アンナ=マリー・マクミランは、端末を操作するジョニーに尋ねた。


「分析は終わりそうですか」

「こちらをご覧ください」


 ジョニーが微笑して答えた。情報を分析した結果をコンソールに映し出した。


「ハイネス城壁に設置しているカメラの定点映像情報を解析した結果です。東門に配置された遠征軍の編成が、昨日と今日で明確に違っています」

「こうやって、画像比較すると明らかね」


 アレックスがコンソールに映し出された情報を確認しながら首を傾げた。


「確かに、東門に対面する部隊は、前面にASアーマードスーツ部隊を固めている。まるで、こちらに部隊の布陣変更を気付かせるかのようだ」


 ジョニーが端末のコンソールを操作する手を止めて、椅子ごと身体を向けた。


「小官もラングリッジ大尉と同様の違和感を抱いています」


 カズマが怪訝な表情を浮かべた。


「なぜ、敵はオレたちに布陣変更を気付かせるような真似をするのか」


 アレックスが胸ポケットから櫛を取り出し、髪に当てた。


「戦略的視点にたてば、ザカリアスたちはこのハイネスを落とす必要はない。包囲を続けて時間を稼ぎさえすれば、帝国より『常勝の軍神』が派遣されてくる。それを待つ。これまで、ザカリアスたちは、その方針を貫いて、包囲堅守を続けていた。しかし、その敵軍が、突如、自発的に布陣を動かした。この動きをどのように捉えるかでしょうな」


 カズマが腕組みをした。


「攻撃に転じる以外の意図がある可能性があるというのか」


 アレックスが櫛を髪に当てるのを止めて、胸ポケットに滑り込ませた。


「敵も自軍の士気を維持しなければならない。そのために、軍の配置を変えることで、兵士の練度をさげないようにしているのかもしれない」


 ジョニーが疑義を呈した。


「それだと、なぜ、東側だけにASアーマードスーツ部隊を集中させたかの説明がつかない」

「マクレイアー少佐の言う通りですね」


 これまでのやり取りで、アンナ=マリーの頭は整理されてきた。


「私は、遠征軍の総司令官ザカリアス大将が何らかの理由で、方針を変えたのだと考えています。ザカリアス大将は、無駄なことや冗長なことを極端に嫌います。これまで、兵力で圧倒しているのに、徹底的に守備を貫き通して、時間を稼いできた姿勢にも現われています。全体の部隊構成を変更したのは、ザカリアス大将が攻城戦を決意したことの現れと思います」


 アレックスが顔をしかめた。


「マクミラン大佐の考えは正しい、と思います。だが、腑に落ちないことも残ります。あの優等生のザカリアスが、堅固として通っているこのハイネスを落とすことを考えた時、ASアーマードスーツを前面に押し出す戦術を採るのでしょうか」


 カズマがアレックスの意見に頷いた。


「確かに、攻城戦の基本は、火力部隊の砲撃で突破口を開いた後、ASアーマードスーツ部隊が機動力を用いて突入する。士官学校の戦術論で習う基本だものな」

ASアーマードスーツ中心の攻城戦を『無し』と決めつけることは危険です。応用戦術としては有りえる策です。しかし、実戦経験が乏しいザカリアスは、士官学校を主席で卒業した経歴から判るように、基本に忠実な戦術を好みます。事実、これまでの包囲戦では、定石を打ってきました。それを踏まえると、この作戦は少々奇妙な感じがします」

「皆の話を聞くにつれ、東側の部隊は囮に見えてくるなあ」


 アンナ=マリーはカズマの顔を凝視した。


 ――囮。


 ザカリアスの狙いが判った気がした。


「それよ」

「何が」

「デコイ。カズマの言うとおり、東側の部隊はこちらの守備隊の注意を惹きつけようとしている。この布陣も合点がいくわ」


 アレックスが真剣な目でコンソールを凝視した。


「あり得るな。ハイネスは天然の要害、北は山、西は河、に囲まれ、地形的条件から火力部隊を十分に展開できない。そうなると、残るのは南と東。東側が囮であるならば、南の正門が本命ということか」


 アンナ=マリーはアレックスに同意した。


「そうね。遠征軍は南の正門に主力をぶつけてくるつもりなのでしょう」

「敵の策を逆手にとれば」


 カズマの言葉に、アレックスがニヤリと笑った。


「敵に痛手を与えられましょう」


 遠征軍の意図が明らかになり、光明を見出しつつあったが、カズマの表情は硬いままだった。


「しかし、激戦は必至だな」


 アンナ=マリーはカズマに感心した。

 カズマの最後の言葉と表情に込められた意図が、自分の分析と同じだったからだ。相手の出鼻を挫いたところで、まだ兵力の差を埋めるまでには至らない。楽観的解釈ではなく事実に基づいて、戦術を決定しなければ、敗北が待つのみだ。カズマは実戦経験を経て、戦闘指揮官の才能が開花し始めているのかもしれない。


 端末の前に座ったままで、ジョニーが発言した。


「小官も皆さんの考えに賛同します。ただ、東門だけでなく、遠征軍の部隊構成を確認するため、敵陣全体を画像分析したところ、気になることを見つけました。これを確認してくれませんか」


 コンソールに映像が映し出された。


「これは、昨日と本日の遠征軍全体の布陣の比較です。分析すると、遠征軍全体の兵力が、昨日までと比べて25%くらい減少しているとの結果が出ました」


 アンナ=マリーだけでなく、カズマ、アレックスもコンソールを凝視した。


「本当だ」


 アンナ=マリーは頭を抱えた。

 依然として遠征軍は3倍の兵力を有している。攻城戦を展開するのに充分な兵の数であるものの、これからハイネスを攻略しようとするザカリアスが、わざわざ攻城戦力を減らすとは考えにくい。行動が矛盾している。合理的な理由を欠くということは、私たちは相手の意図を読み違えていることと同義だった。


 ピピピ、電子音が部屋のなかに鳴り響いた。


 机の上に置かれた多機能通信機が明滅していた。カズマが近くに駆け寄った。


「こちら、カズマ・ジェムジェーオンだ」

〈司令部のシュミット大尉です。いま、よろしいでしょうか〉

「構わない。話してくれ」

〈ショウマ様とカズマ様のお二人とアンナ=マリー・マクミラン大佐に向けて、敵将のザカリアス大将から通信が入っております。相手は3人と面会を求めております〉


 アンナ=マリーは通信機に駆け寄った。


「マクミラン大佐です。面会は私だけで応じると、ザカリアス大将に伝えてもらえませんか」

〈ザカリアス大将は、ショウマ様とカズマ様のお二人の同席を要求しています〉

「交渉してください」

〈やってみますが、難しいと思います。というのは、ザカリアス大将は、最初から強くショウマ様とカズマ様のお二人が同席することを求めていました〉

「交渉の最初から?」

〈はい〉

「わざわざ、ショウマ様とカズマ様ふたりの同席を求めていたの?」

〈それも、何度も、しつこくです〉


 アンナ=マリーは少しの間、考え込んでから、言った。


「いったん、私だけで応じると答えてください。ザカリアス大将がそれに応じず、ショウマ様とカズマ様のおふたりの同席を再度要求してくるようならば、『2時間後に返答する』と回答してもらえませんか」

〈承知しました〉


 通話を終わらせた瞬間、アンナ=マリーは溜息をついた。


 ――まるで、ショウマとカズマの所在を確認するような要求だ。


 繋がった。

 欠けていたピースが見つかった。


「ザカリアス大将の狙いがわかった」


 ジョニーが頷いた。


「おそらく、何らかの形で『勝唱の双玉』のふたりがハイネスに揃っていないことを、知ったのでしょう」


 アレックスが声を上げた。


「そうか。敵軍全体の兵力が減ったのは、軍勢の一部を割いて、オステリアに向かわせたのか」


 ジョニーが続いた。


「軍勢の一部を割いたといっても、ハイネスを包囲する遠征軍の兵力は、まだ我々ハイネス守備隊と比較すると3倍ほどの兵力を有しています。攻城戦に充分な兵の数です」

「そうね。そう考えると、ザカリアス大将の行動の意味が判ってくる」


 カズマが沈んだ声で呟いた。


「オレにも判った。つまり、ザカリアスはこちらの作戦を看破した。この事実を見極めるために、わざわざ会談を申し込んできた、ということころか」


 アンナ=マリーは力なく笑みを浮かべた。


「そうね。ザカリアス大将は私たちに先手を取られたと思っている。多少の危険を冒しても、兵力差の優位を活かして、強引にでもハイネス落とす方が、リスク対処として正しいと考えを変えたのでしょう」


 アレックスが苦い顔で言った。


「こちらはジリ貧だな。肝心の『勝唱の双玉』が分かれて活躍する作戦が上手くいっていない。そのなかで、敵軍にこちらの手を読まれて対処されるとは。せめて、オステリアに向かったショウマ様の行方が判れば」


 アンナ=マリーは一喝した。


「ラングリッジ大尉」


 アレックスがハッとした表情で、アンナ=マリーとカズマに謝罪した。


「申し訳ありません」

「いや。事実なのだから、アレックスが謝ることはない。事実、オレがハイネスに残り、兄貴がオステリアに向かう二方面作戦は思い通りに進んでいない。敵軍がこちら側の作戦意図を理解して、対抗措置に動き始めたのだとしたら、オレたちもその前提で次の行動を考えないといけない」


 アレックスがバツが悪そうに頷いた。


「カズマ様の言う通りです。この状況で、我々が何をできるかを考えましょう


 ジョニーが顎に手を置いた。


「まずは、ザカリアス大将の面会の申し出にどう応えるか。この申し出は辛辣です。当然、『勝唱の双玉』のふたりで会見に臨むことはできません。承諾することもできず、拒否すれば、それはそれで遠征軍に情報を与えることになります」


 アンナ=マリーはため息をついた。


「マクレイアー少佐の言う通りです。けれども、拒否する以外に選択肢はないわ」


 アレックスが強い口調で言った。


「せめて、敵軍に返答の猶予を与えた2時間を、敵襲に備えるのに使いましょう」

「ああ。ここが正念場だ」


 カズマが右手を強く握りしめた。

 アンナ=マリーは目を瞑って、宙を見上げた。




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