第19話 ハイネス攻防戦2

 ジェムジェーオン暫定政府遠征軍の旗艦バトルシップは、ドナルド・ザカリアス大将の専用艦『モノポライザー』だった。スン・シャオライ中佐が、呼び出しを受けてからきっかり10分後、『モノポライザー』の総司令官室にやってきた。


 ドナルド・ザカリアス大将とヒューゴ・マクスウェル准将は、ソファに座って、彼の到着を待っていた。

 部屋の扉を開けたスンが、マクスウェルの顔を一瞥したあと、ザカリアスに顔を向けた。

 ザカリアスの近くまで進んでくると、敬礼した。


「お呼びでしょうか、総司令」

「わざわざ、すまぬな」

「いえ」


 ザカリアスは気に入らなかった。

 スンの表情が普段と全く変わらなかったからだ。機械で造形したようなスンの顔つきから、一切の感情を読み取れなかった。わざわざ、スンが描いた構図の通りに、私はことを進めてやっている。普段、無表情なスンといえども、多少なりとも感情が表に出るだろうと予想していた。

 ザカリアスの予想は間違いだった。

 裏切られた感覚と同時に、小さな拒否感を覚えた。


 ――この顔が気に入らないのだ。


 表情が一切顔に出ないスンを前にすると、ザカリアスは得体の知れない苛立ちと不安を掻き立てられる。この居心地の悪さが不快でならなかった。ザカリアスがスンを遠ざけた原因だった。


 ――まあ、よいだろう。


 ザカリアスは気を取り直した。

 要は、私が気に入るいらないは大きな問題ではない。スンから有益な情報を出来るだけ引き出せばいいのだ。


 ザカリアスの対面に座っていたマクスウェルが、立ち上がった。


「スン中佐。こちらに座ってくれ」


 マクスウェルが自らが座っていた場所をスンに薦め、ザカリアスの目の前に座るよう促した。そのまま、マクスウェルがザカリアスの座席の右斜め後ろに回って起立した。

 スンがマクスウェルに一礼したあと、向かいの席に着いた。

 ザカリアスは前置き一切なく、本題をいきなり切り出した。


「早速だが、スン中佐が知っている情報を聞かせてくれ。もちろん、ハイネスに籠もっているはずの『勝唱の双玉』のことだ。マクスウェル准将から、『勝唱の双玉』が脱出してオステリアに向かっていると聞いている」


 スンが黙って、ザカリアスの後ろに立つマクスウェルに視線を向けた。

 マクスウェルが頭を下げた。


「スン中佐、小官はそなたに詫びなければならない。貴官と交わした口止めの約束を破る結果となってしまった」


 スンが口を開いた。


「誤解しないでください。小官はマクスウェル閣下を咎ようなどと微塵も考えておりません。いかに、情報を活かすことができるか。小官の情報が有益であると捉えてもらえるならば、光栄なことです」

「もちろんだ。だからこそ、貴官をこの場に呼んだのだ」

「小官は常日頃、国家に対して、いかなる貢献ができるか、それを念頭において行動しています」


 ザカリアスは、ふたりの会話に、心中で毒づいた。


 ――なにが国家だ。


 ザカリアスは軍高官の身にありながら、この国、ジェムジェーオンの在り方を憎んでいた。個々の能力と関係なく、血統によって社会階層が決定される。そんなばかげたことは、人間の理性を失わせる幻想なくして成り立たない。その幻想こそ、国家という無形の圧力が築き上げてきたものだ。

 ザカリアスは密かに誓っていた。


 この国の幻想を打倒すると。


 旧弊がはびこり機能不全となっているいまのジェムジェーオンの現状を打ち砕き、新たに導くことができるのは、平民出身の身ながら国のトップに立とうとしているザカリアスをおいて他に誰がいよう。自らに課せられた天命と確信していた。

 そのためにも、個人的な感情を抑えて、スンを有益に使役しなければならない。


「スン中佐が、私やマクスウェル准将と同じく国を憂う同志であることは十分に理解できた。国家を正しい方向に導くため、目の前の敵を打倒しなければならない」


 後ろでマクスウェルが大きく頷いた。

 スンが無表情のまま、ザカリアスの顔をじっと見つめてきた。

 ザカリアスは居心地の悪さを感じずにはいられなかった。


 ――やはり、気に入らない。


 この機械で作ったような表情が、私を苛立たせる。心中で舌打ちした。それでも、スンから情報を引き出さねばならない。


「本題に戻そう。スン中佐、『勝唱の双玉』のことを聞かせてくれ」

「最初に、両閣下にお願いがあります」

「何だ」

「両閣下もご存じの通り、小官の許には、アクアリス大陸各地に散らばる影背人たちから様々な情報が集まってきます。ただ、そのなかには不確かな情報も混在しております。それを考慮のうえ、お聞きください」


 ザカリアスは軽い違和感を覚えた。


 ――予防線。


 普段、コンピューターのようにはっきりとした物言いをするスン・シャオライにしては、らしくなかった。


 もう一度、スンの表情を窺った。

 相変わらず、表情が読み取れない。いつも通りだ。


「心配は無用だ。スン中佐の情報はあくまで参考情報のひとつとして受け止めておく。もちろん、最終的な決定を下すのは、最高司令官であるこの私だ」


 スンが頷いた。


「クードリア地方で複数の人間が、バトルシップがハイネス方面からオステリア方面に抜けていったのを確認しております」


 マクスウェルがスンの言葉を補足した。


「スン中佐より報告を受けて、小官も独自に調査しました。そのバトルシップが我が軍のものである可能性を考えました。しかし、ハイネスからオステリアへと向かったバトルシップはありませんでした。そして、ハイネスは、目下、我が軍包囲下にあります。この包囲網を潜り抜けて、バトルシップがハイネスからクードリア地方に向かうことは、物理的に有り得ません」


 ザカリアスはふたりの報告を受けて、一言発した。


「あり得る話だな」


 スンとマクスウェルが、ザカリアスの続きの言葉を待った。


「私たちがハイネスに到着する前、籠城すると同時に、オステリアに向かった、ということか」


 ザカリアスと考えに同意するように、スンが頷いた。


「言うまでもなく、『勝唱の双玉』はひとりではなく、ショウマ・ジェムジェーオンとカズマ・ジェムジェーオンというふたりの人間です。どちらの人物もこの国において、存在価値が非常に高い。それを考えれば、同一の場所、つまりハイネスに一緒にいるよりも、分散して各々が活躍したほうが効果的と考えるのが必然です」

「つまり、『勝唱の双玉』は、ひとりがハイネスに残り、もうひとりがオステリアに向かったということか」

「オステリア暴動と隣国ライヘンベルガー男爵からの援軍。このタイミングで、オステリアへ向かう人物は、血気溢れる兵士をひとつに統率しつつ、ライヘンベルガー男爵と対等に渡り合えることが望まれます」

「つまり、条件に合致する人物は『勝唱の双玉』になると、貴官は言いたいわけだな」

「少なくとも、小官がハイネス陣営の人間であるならば、そのように考えます」


 ザカリアスは腕組みした。


 ――話の筋は通っている。


 すると、現在の戦略を方向転換しなければならない。

 これまでの基本戦略は、現在の膠着状態を継続することだった。可能な限り、ハイネスでの交戦は避ける。兵力は圧倒的に上回っているが、下手にこちらから攻撃を仕掛けて、乱戦を呼び込むのはリスクとなる。『勝唱の双玉』をハイネスに閉じ込めておけば、シャニア帝国より派遣される征東将軍アプトメリア侯爵がジェムジェーオンに到来した際、首都ジーゲスリードを押さえていれば、暫定政府が主導権を握れる。これが最善策と考えていた。

 しかし、『勝唱の双玉』がライヘンベルガーと合流しオステリアを落とすような事態となれば、北部要衝ハイネスに続いて西部要衝オステリアも勢力下に収めることになる。想定外の事態だった。


「スン中佐の考えに異存はない。だが、確たる証拠がないのも事実だ。それだけで、これまでの方針を一転させてるのは悩ましいところだ」


 スンがザカリアスに尋ねてきた。


「では、総司令はいかがなされますか?」

「軍勢を無傷で首都に退却させれば、春まで首都ジーゲスリードを防衛することは可能ではないか?」

「お待ちください」


 発言したのはマクスウェルだった。


「これだけの兵を動員しながら、何もせず退却すれば、味方の兵の士気は落ち、敵が勢いを増します。そうなれば、首都ジーゲスリードの防衛も危うくなり、我らは常に後手に回ることを余儀なくされます」


 ザカリアスは眉根をひそめた。


「同じようなことをバルベルティーニのクラウディウスにも言われた」

「意見してよろしいでしょうか?」


 スンだった。

 ザカリアスは許可を与えた。


「話して構わない」

「まずは、『勝唱の双玉』の所在を確認してみてはいかがでしょうか。ハイネスにいる『勝唱の双玉』がひとりであると確実に判明すれば、我が軍はこのままハイネスを包囲し続けるわけにはいかなくなります。ハイネスを攻略するか、首都ジーゲスリードに退くかを選択しなければなりません」


 ザカリアスは眼鏡の位置を直し、問い直した。


「問題は、どうすれば、それを確認できるかだ」


 マクスウェルがスンに問うた。


「何か案があるのか」

「ザカリアス総司令からハイネスの『勝唱の双玉』に向けて、会談を呼びかけてください。会談には『勝唱の双玉』ふたり揃っての出席を依頼するのです。それに対して、ハイネス側がどのように対応するかを確認すれば、ことは済みましょう」


 ザカリアスは手を叩いた。


「それは名案だな」


 マクスウェルも賛意を示した。


「さすがはスン中佐だ。その案であれば、我が軍は危険を冒すことなく、ハイネスに『勝唱の双玉』が揃ってハイネスにいるかを確認できよう」


 ザカリアスは、もう一度考えをまとめるため、スンがもたらしてきた情報と作戦を再考してみた。


 ――論理的に辻褄が合わない部分は見当たらない。


 続けて、スンがマクスウェルに尋ねた。


「もうひとつ確認させてください。オステリアの件はいかがいたしますか」

「そうだな。ここはひとつ、スン中佐がどのように考えているか、聞かせて貰えるか」

「ただちに、援軍を派兵するべきです。包囲陣から兵力を割いても、ハイネスを攻略する十分な兵力が残せます。このタイミングで派兵を渋り、オステリアを第二のハイネスにするのは得策ではありません」


 マクスウェルが頷いた。スンと同意見だった。

 ザカリアスも異論はなかった。


「ことは急がねばならぬな」


 マクスウェルが応えた。


「至急、オステリア派兵の準備を指示します。明朝には出発できるようにします」

「問題は、オステリア遠征を誰に任せるかだな」

「小官がオステリアに向かいます」


 ザカリアスは首を振った。


「いや、マクスウェル准将には、ハイネスで戦闘になった際に、私のもとで力を発揮してもらいたい」

「そうなると、誰か適任者がおりましょうか」

「マクスウェル准将から適任者を推薦してほしい」


 マクスウェルが数秒考え込んだ後、目を見開いた。


「スン中佐に任せてはいかがでしょう」


 ザカリアスはスンの顔を見た。


 ――たしかに、好都合だ。


 オステリア遠征の目的は、軽々に伝達できるものではない。だが、オステリア遠征の責任者に、私たちの意図を伝えない訳にはいかない。スンがその役割を担うのであれば、問題は解決する。


「スン中佐、オステリアに向かってもらえないか」

「承知しました。必ずや国家のために役立ってみせます」


 ――また国家か。


 ザカリアスは鼻白んだ。

 マクスウェルが、スンの態度に感嘆の意を表した。


「スン中佐。貴官の態度は、国家を護る武人の鑑だ。我らはそなたを見ている。この戦いが終わった後、必ずやザカリアス閣下や小官が、そなたに報いてみせよう」


 スンがマクスウェルに目礼で応じた。

 ザカリアスが会談の終了を告げるように立ち上がった。


「スン中佐、頼んだぞ」


 スンが立ち上がって、ザカリアスに一礼した。

 ザカリアスは、スンが部屋を出て行ったことを見計らって、マクスウェルに告げた。


「スンで大丈夫か」

「オステリア暴動の兵力は寡兵です。戦術よりもいかに素早く兵力を展開できるかが鍵となります」

「軍事的手腕は関係ないということを言いたいのだな」

「左様です」


 うむ。ザカリアスは頷いた。


「オステリアに兵力を割いて派兵することで、我が軍は余力を失うことになるな」

「総司令が、以前から懸念していた首都ジーゲスリードで発生するかもしれない変事に、対応できなくなるという意味ですか」

「その通りだ」

「いかに対処しましょうか」

「幾つかの可能性が考えられるが、リスク対処のために、最大の危険分子は取り除いた方がいいかもしれない」

「判りました。良きに計らいます」

「対処は貴官に任せる」

「承知しました」


 ザカリアスは口許に笑みを浮かべた。


 ――負ける要素は悉く潰している。


 何があっても、ザカリアスは最終的な勝利者となるつもりだった。




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