第11話 ジェムジェーオン北部方面戦7

 ショウマ・ジェムジェーオンはモニカ・オーウェル大尉と初めて会った日のことを思い出していた。


 ――未だに、同じ人物とは信じられない。


 普段と調子と違って、戦場のモニカは全くの別人だった。ショウマは背中を託した。


「モニカ、あともう少しだ、それまで私を援護してくれ」

「おまかせください。何人たりともショウマ様に近づけさせません」


 モニカの口調は、しっかりしていた。

 ラリー・アリアス中尉のASアーマードスーツリゲルがショウマ・ジェムジェーオンの横に付いた。


「ショウマ様。味方部隊が我々の動きに呼応して、こちらと合流しようとしています」

「思ったより、カズマたちの動きが早いな。まだ、こちらとの通信は繋がっていないのだろう」

「イル=バレー要塞駐留軍が自主的に動いています。カズマ様だけでなく、歴戦のアンナ=マリー・マクミラン大佐やジョニー・マクレイアー少佐が付いています」

「そうだな、アリアス中尉。合流が早くなる。ここが頑張りどころだ」

「承知しました」


 アリアスが味方のASアーマードスーツ部隊を鼓舞した。


「アレックス隊、味方部隊との合流は近い。もっと暴れるぞ」


 徐々に、戦闘の中心が、ハイネス駐留軍の中央陣に移っていった。両軍の戦力が集まりだしていた。

 その時、戦場にバトルシップ『トレメンタ』から出撃したカズマ・ジェムジェーオンの声が響いた。


「援軍は、ジェムジェーオン伯世子『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンの部隊だ。オレ、カズマ・ジェムジェーオンも、『勝唱の双玉』のひとりとして、兄ショウマとともに、ジェムジェーオンを取り戻すこの戦いに参戦する。誰でもいい。志あるジェムジェーオンの市民は力を貸してくれ」


 味方の部隊が湧き上がり、士気が上がった。


〈俺たちには『勝唱の双玉』がついてる〉

〈全軍、『勝唱の双玉』の名のもとに、続け〉


「カズマの奴……」


 ショウマは呟いた。

 普段のカズマは、自分が『勝唱の双玉』という伝説にちなんだ大層な名で呼ばれることを、心底から嫌っていた。


 ――そうだな。好き嫌いではない。


 戦闘に勝利するには、使えるものは何でも利用しなければならない。


「私は『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンだ。私の進む道こそ、ジェムジェーオンの正義だ。歯向かう者は逆賊とみなす」


 アリアスたちの部隊が、敵ASアーマードスーツ部隊を薙ぎ払っていく。

 敵軍中央陣が崩れ始めていた。『勝唱の双玉』の登場が、敵軍の混乱を生んでいた。


〈俺たちの敵は、ショウマ様とカズマ様が率いているらしいぞ〉

〈何だと! 俺たちは『勝唱の双玉』を、敵にしているということか〉

〈そういえば、ロイヤルパープルのASアーマードスーツを戦場で確認したという奴がいたぞ〉


 敵軍が混迷し動きが鈍るなか、ついに、ショウマとカズマの部隊は合流を果たした。


「カズマ、頑張ってくれたな」

「兄貴を信じていたさ」


 ASアーマードスーツ越しであったが、ようやく『勝唱の双玉』はひとつとなった。


〈我々は『勝唱の双玉』に従うぞ〉


 敵も味方も同じジェムジェーオンの市民だった。ジェムジェーオンを象徴する紫光のASアーマードスーツを前にして、敵軍の一部が味方に翻え始める現象が発生し始めていた。


 ――兵士たちの心を動かすことができた。


 ショウマは内心でホッと胸をなでおろした。

 戦いの前から、『勝唱の双玉』の名で、投降兵を集められると予測していたが、確信を得るまでに至れなかった。机上の思惑が現実になることに興奮した。自分の名のもとに、投降兵が更なる兵士を募っていき、加速度的に増加していく様子に、血が滾った。

 カズマも投降兵の数に驚いた。


「すごい数だな、兄貴」

「ジェムジェーオンの兵士たちは、待っていたんだ」

「何をだ?」

「正しい方向に導いてくれる何かをだ」

「それがオレたち『勝唱の双玉』という存在なのか」

「人間は、自らの行為に、常に理由を求める。ほとんどの者は、善良な心根で、自分は正義の側に立っていたいと考えている」

「兵士たちは、敵味方を問わず、ジェムジェーオン市民同士が争うこの内戦において、正義とは何か迷っているのかもな」

「私たち『勝唱の双玉』は、ジェムジェーオンを正しい方向に導く指針になれる」

「オレたちは『人寄せ』ということか」

「そう卑下するな。誰にでも出来ることではない。私たちは自分たちにしかできない役割を果たす。そして、責任を負わねばならない」


 カズマが唇を噛みしめた。


「わかった。兄貴はこのまま皆を導いてくれ。オレはオレなりのやり方、行動をもって責任を全うする」

「それでいい」


 ショウマとカズマは、ともに前を見据えた。

 目指す目標は、戦場の中心から少し外れた小高い丘だった。あの丘からであれば、戦場全体を見渡せる。敵軍から散発的な反撃はあったが、問題とならなかった。モニカの狙撃とアリアス中尉が率いるアレックス隊に加え、カズマの精鋭部隊もショウマの援護に加わっていた。


 ショウマ・ジェムジェーオンは目標の丘を占拠した。


 ――ここからが、仕上げの段階だ。


 ショウマが搭乗するロイヤルパープルのリゲルカスタム、ジェムジェーオンの象徴が、丘の頂上に君臨した。

 丘の至近にいた敵軍のASアーマードスーツが、紫光のリゲルカスタムに向けてレーザーガンを構えた。

 すぐさま、モニカのスナイパーライフルが火を噴く。正確に、敵軍のASアーマードスーツを射抜いた。

 紫光のリゲルカスタムは、さらに一歩踏み出した。


「私は、ジェムジェーオン第一伯爵位継承者ショウマ・ジェムジェーオンである。これまで、私が身を隠していたことにより、同じジェムジェーオン市民同士で争う事態を招いてしまった。心よりお詫びたい。申し訳ない」


 戦場にショウマの声が通信に乗って、響き渡る。


 敵軍のハイネス駐留軍に属するASアーマードスーツ部隊や敵火力部隊の多くが、自発的に武器を捨て動力を停止させた。それでも、全兵士ではなかった。一部の敵ASアーマードスーツが、武器を構えショウマを狙おうとした。

 再び、モニカが狙い定めた。だが、モニカの銃撃が火を噴くまでもなく、ショウマの言葉を待つ敵軍のハイネス駐留軍のASアーマードスーツが、抵抗する同僚のハイネス駐留軍のASアーマードスーツを押さえつけた。

 その様子を確認して、ショウマは言葉を続けた。


「聞いてほしい。ハイネスは既に私の手に落ちている」


 ここで、アレックス・ラングリッジ大尉がハイネス市庁舎で市長とともにいる映像を流した。市長は自らの意思でショウマ・ジェムジェーオンに従うことを宣言した。


 全軍が静まり返った。

 ショウマ・ジェムジェーオンは、皆に問うた。


「本来であれば、ひとつのジェムジェーオンであるはずの私たちが、どうして、敵と味方に分かれてしまったのであろうか」


 戦場に小さなさざ波がおきた。波は、うねりを伴って、徐々に大きくなっていく。


「間違って欲しくないことがある。私は、皆に降伏を勧めているのではない。そもそも、ここにいるすべての者の間に、敵と味方という関係はない。国を憂う者たちが集まっている。皆の気持ちに、違いは存在しない。たまたま、異なる方法をとったため、不幸にも、この戦場で道が交錯することになった。だから、もつれた糸を解きほぐすために、原点に立ち返る必要がある。私たちは、何のために戦っているかということを」


 ショウマは間をおいた。

 戦場にいるすべての兵士たちはジェムジェーオンの市民だった。敵と味方の関係がなく、ショウマの言葉を待った。


「私は身を賭して、ジェムジェーオンをより良き国にすると約束する。そのために皆の力を私に貸してほしい。ジェムジェーオンを再び結束させるために、私は戦う」


 戦場のさざ波は、津波のような巨大な力をもって、全体を飲み込んでいった。いまや、『勝唱の双玉』に逆らう者こそ反逆者となった。




 ハイネス駐留軍の旗艦バトルシップ『エスパシオ』の艦橋で、トマソン少将が副官のヘンダーソン中佐に尋ねた。


「どう思う?」


 ヘンダーソンはトマソンの真意を探った。

 戦場に『諸将の双玉』の出現したことで、戦局は一変した。だが、依然としてこちらの兵力が上回っている。戦闘継続は可能だが、トマソン少将は迷っているようだった。


「ハイネスが陥落したとのことです」

「そうらしいな」

「首都ジーゲスリードに退きますか」

「それは駄目だ。大本営が許さない」


 大本営、つまり暫定政府軍の実権を握っているマクシス・フェアフィールド元帥とドナルド・ザカリアス大将のことだった。

 巷間、トマソン少将は、マクシス・フェアフィールド元帥旗下の子飼いの司令官として、レッドマン少将やデービス少将と並び称される存在だった。だが、副官のヘンダーソンは、名門貴族出身のトマソンが抱いている複雑な心境を承知していた。


「世間の人々は閣下をフェアフィールド元帥の腹心と考えています……」

「私は誰がこの国を導いていくべきかを考えている。現大本営よりも、多くの国民が『勝唱の双玉』を支持するのであれば、それに従うことを考えなければならない」

「降伏すれば、閣下は敗残者として名を残すことになります」

「私の名が傷つくことで、多くの将兵が救われるのであれば、仕方ない」

「閣下……」


 ヘンダーソンは頭を下げた。

 トマソン少将の搭乗する旗艦バトルシップ『エスパシオ』より、白旗が揚がったのは、その15分後のことだった。




 アンナ=マリー・マクミラン大佐はため息をつき、腰をおろした。


 連戦のなか、ここ数日、ほとんど眠る時間をとれなかった。

 とにかく、戦闘は終了した。前線で戦い続けた兵士たちはいまごろ、充実感に包まれぐっすりと眠っていることだろう。

 だが、アンナ=マリーたち高級士官は、戦後処理が待っていた。自軍の損害状況の確認、新規に加入した投降兵の把握、部隊の再編成、今後の作戦の立案と会合。新たな敵の援軍が到来する前に、次の行動に移らねばならなかった。

 椅子の背を倒し腰深く横たわると、さすがに身体が疲労していることを実感した。

 それは充足感を伴った心地がいい感覚だった。


 ――とにかく、勝利した。


 『勝唱の双玉』が健在であることをジェムジェーオン全土に喧伝したうえで、ハイネスを奪取する。

 ショウマから、イル=バレー要塞でこの作戦内容を聞かされた時は、無謀な作戦だと思った。それでも、この作戦に賭けねばならなかった。イル=バレー要塞にこれ以上潜伏し続けていても、状況は悪化するだけなのは明らかだった。行動を起こす必要があった。


 奇跡の積み重ねというよりも、まるで何か大きな力に導かれてこの戦いを全うした。

 間違いなく『勝唱の双玉』のふたりの力によるものだった。

 椅子の中で目を閉じると、瞼の裏にふたりの顔が浮かんできた。


 アンナ=マリーは、ショウマとカズマ『勝唱の双玉』ふたりが、戦いの後に再会した場に居合わせた。

 ふたりは顔を合わすと、がっちりと握手した。そのまま数秒間、何も言わず、見つめ合った。兄弟に言葉は必要なかった。

 カズマがアンナ=マリーに顔を向けた。


「戦場では、何度もマリ姐やジョニーに助けられたよ」

「私は何もしていないわ」


 アンナ=マリーの言葉に、ショウマが微笑しながら言った。


「私もカズマと同じだ。アレックスやアリアス、モニカが居なかったら、いま、この場で2本の足で立っていることはできなかっただろう」


 同席していたジョニー・マクレイアー少佐、モニカ・オーウェル大尉、ラリー・アリアス中尉が何も言わず小さくお辞儀をした。カズマが、すかさず口を挟む。


「まったく、みんな、かたいなぁ。この場所には、堅物のギャレスや強面のレッドマンはいないんだ。『兄貴のワガママに振り回されて大変だった』くらいの本音を言ったって、問題ないんだ」


 即座に、ジョニーが答えた。


「いえ、ショウマ様はカズマ様とは違って、我儘など言うことはありません。むしろ、カズマ様のお世話を続けたマクミラン大佐に向けるべき言葉だと思いますが」

「そうね。私が何度も止めたのに『出撃する』ってきかなかったのは誰かしら」

「結局、オレかよ」

「そうよ、まさか戦場でも、カズマのお守りをしなければならなくなるなんて、思ってもいなかったわ」


 この場にいた全員が笑った。

 ショウマがさらに追い打ちを掛ける。


「アンナ=マリー、苦労を掛けたな」

「はい。カズマのお守りという困難な任務でしたが、なんとか全うできました」

「それはないよ、兄貴もマリ姐も」


 カズマの憎めない仕草に、ショウマが軽口で応える、モニカが何も言わず笑っている、ジョニーが小さく嘆息する。いつもの光景だ、アンナ=マリーは、これまで接してきたショウマとカズマの顔にほっとした。

 しかし、アンナ=マリーは、今回の戦いを通じて、これまで知らなかった兄弟の別の顔を知った。


 カズマ・ジェムジェーオンの戦術眼やASアーマードスーツ操縦技量が、このレベルにあるとは思っていなかった。一緒に戦って、その傑出した才能を知った。現に、アンナ=マリーは、不覚にも戦場で、カズマのASアーマードスーツが戦場で舞う姿に魅了されてしまった。


 ショウマ・ジェムジェーオンの戦略力や統率力も驚愕すべきものだった。目前の戦いだけでなく、先のことまで見据えた大胆な作戦立案。物質的不利な状況を克服する戦場で将兵に向けられた言葉の力。ジェムジェーオンの人間ならば、敵も味方も問わずに心を震わされるものだった。アンナ=マリーさえも、ショウマのカリスマに心酔してしまった。


 聖獣獅子(アクアリス)の創世伝説、アクアリスとともに語られる秘宝『勝唱の双玉』は、智と勇の力をもって、幾度もの困難に立ち向かう聖獣獅子(アクアリス)に勝利をもたらしたという。

 アンナ=マリーは、ふたりの姿に伝説の『勝唱の双玉』を投影した。あの場に居合わせた多くの人間がそう考えたはずだ。

 ふたりに頼もしさを覚えると同時に、一抹の心淋しさが湧き上がってきた。自分が知らなかった子供の成長した姿を、思い掛けなく見ることで困惑を抱く親の気持ちとでも言うべきだろうか。


 ――私もつくづく。


 アンナ=マリーは独りごちた。


 ――けれど、いまは。


 自分自身に向けて、安堵に近い感情で微笑し、そのまま、眠りに落ちていった。




 帝国歴628年2月24日、『勝唱の双玉』の最初の戦いは、華々しい勝利というかたちで終わった。だが、これはまだ、始まりに過ぎなかった。





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