第10話 ジェムジェーオン北部方面戦6

 ショウマ・ジェムジェーオンは、ロイヤルパープルに塗装されたASアーマードスーツリゲルカスタムに乗り込んでいた。


 ふぅ、コックピットのなかで、深呼吸した。


「順備万端です。周辺の敵は掃討しました。小官らが絶対にショウマ様をお守りします。出撃してください」


 先に戦場に展開していたラリー・アリアス中尉の声が無線に入ってきた。


「アリアス中尉、頼むぞ」


 ショウマの声は少しだけ上擦っていた。


「まかせてください。それに、我々には『死神』もついています」

「そうだったな」


 バトルシップのドアが開き、外の空気が風となって舞い込んだ。

 ショウマの紫光のASアーマードスーツリゲルカスタムが飛び出す。地上に降り立つとすぐさま、アリアス中尉を含む4機のASアーマードスーツが、護衛としてショウマのASアーマードスーツリゲルカスタムを囲んだ。


 ――これが戦場の空気か。張り詰めている。


 ショウマは初めてASアーマードスーツに騎乗し実戦の舞台に立った。加減速を繰り返すASアーマードスーツの強烈なGと相まって身を襲い、嘔吐が喉元まで込み上げてきた。

 ショウマは、何とかリゲルカスタムを制御し、挙動を安定させた。


「さすがです。初めての実戦操縦とは思えません」


 ――世辞などいらない。


 アリアスの声に、少しだけ苛立ちを覚えた。

 その感情が、ショウマの冷静さを取戻す契機となった。


「大げさに褒めなくていい。私のASアーマードスーツ操縦レベルが月並みなのは自覚している。だからこそ、アリアス中尉には、護衛をしっかり頼みたい」

「いえ……、はい。判りました」


 アリアスの声は申し訳なさそうだった。

 ふと思った。


 ――もし、カズマであれば、周りのことなどお構いなしに率先して突撃していくのだろうな。


 士官学校時代より、ASアーマードスーツ操縦などの術技系の科目に関して、どうやっても双子の弟カズマに勝ることができなかった。そのせいもあって、ショウマは、ASアーマードスーツ操縦に若干の苦手意識があった。


 ――それでも。


 ショウマはASアーマードスーツに乗って、戦闘に加わらなければならない。ショウマが搭乗するこの紫光のASアーマードスーツリゲルカスタムこそが、こちらの切り札だった。


 隊長のアレックス・ラングリッジ大尉が不在でも、アリアス中尉の指揮のもと『怒涛』のASアーマードスーツ中隊は、戦場で並外れた戦果をあげていった。敵部隊は、まるで道を明けるように次々となぎ倒されていった。

 急襲を予想していなかった敵陣の取り乱れ様は、通信を通じて伝わってきた。


〈敵軍です、敵軍に奇襲されています〉

〈なんなんだ。こいつらの動きは〉


 その間にも、アリアスたちが敵軍を切り刻んでいく。


〈こいつら。半端でなく強いぞ〉


 しかしながら、時間の経過とともに、数に勝る敵軍は迎撃体制を整えつつあった。


〈敵ASアーマードスーツ部隊は精鋭だ。一対一では歯が立たない。散開して敵を複数で取り囲んで対処するんだ〉


 敵軍の部隊長の指示に敵がばらけ始めた。


「敵も、さすが、同じジェムジェーオンの部隊ということか。この混戦のなかで、部隊の指揮を回復させるとは。それでも、負けるわけにはいかない」


 アリアスの指示で、『怒涛』のASアーマードスーツ中隊が次の動きを開始した。

 敵のASアーマードスーツをバッタバッタと倒していく。

 そのなかで、一瞬の隙が生じた。

 いつの間にか、敵ASアーマードスーツ部隊のひとつがショウマが搭乗する紫光のASアーマードスーツの行く手を塞いでいた。


〈もらった!〉

「させるか」


 アリアスたちが急速反転してきた。取り囲む敵ASアーマードスーツを次々に倒した。

 それでも、ショウマを取り囲むASアーマードスーツ全機を掃討することはかなわなかった。3機のASアーマードスーツが、散開しながらショウマに迫ってきた。


 ――やるしかない。


 ショウマは覚悟を決め、レーザーブレードを構えた。


 敵の1機目のASアーマードスーツが、ショウマの左側面に回り込んだ。次の瞬間、敵ASアーマードスーツの背中に積んだバッテリーパックが爆発した。

 2機目のASアーマードスーツは正面からだった。レーザーブレードを振り上げた瞬間、振り上げた右手が吹っ飛んだ。

 さらに、3機目のASアーマードスーツは、2機目の爆発直後、両脚部のホバーが爆発した。


 ショウマのASアーマードスーツは、敵のASアーマードスーツに一切触れていない。


 敵ASアーマードスーツが目の前で次々と爆発していくのを、茫然とコクピットのなかから観察していただけだった。

 敵軍の驚愕は、ショウマ以上だった。


〈なんだ、何が起こっているんだ〉

〈俺は見たぞ……〉


 敵ASアーマードスーツのパイロットの声は震えていた。


〈そ、狙撃だ、あのバトルシップから撃たれた〉

〈そんなこと、あり得るか。あのバトルシップまでどのくらい距離があると思っているんだ。あの距離から正確に射撃できるはずがない〉


 その間にも、次々と敵軍のASアーマードスーツが狙撃され、行動不能になっていった。ショウマの近くに位置するASアーマードスーツから正確無比に。

 敵軍が混乱するなかで、アリアスが敵兵に伝わるよう通信を開いた。


「こちらラリー・アリアス中尉です。さすがは、モニカ・オーウェル大尉。敵軍は『死神』の狙撃に翻弄されています。ショウマ・ジェムジェーオン様は無傷です」


 敵軍の兵士たちは、自分たちが誰と戦っているのかを気付き始めた。


〈いまの通信、聞いたか〉

〈ああ、俺たちは『死神』のモニカと戦っているのか〉

〈それに、『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオン様の名も聞こえてきたぞ〉

〈俺たちは誰と戦っているのか〉

〈冷静になれ〉

〈冷静でいられるか!〉

〈『死神』のモニカ以外に、あの距離から正確に狙撃ができるか。それに、敵ASアーマードスーツ部隊の強さも半端じゃないぞ。あれは『怒濤』のアレックス・ラングリッジの部隊だ。副隊長のアリアスの名前も聞こえてきたぞ〉


 そのとき、アリアスの声が戦場に響いた。


「貴官達の目の前にロイヤルパープルのASアーマードスーツがあるのが判らないのか。ジェムジェーオン伯爵世子であられるショウマ・ジェムジェーオン卿であらせられるぞ。貴官達がこれを承知のうえで抵抗を続けるのであれば、反逆軍と見なす」


 敵部隊、ハイネス駐留軍のなかに動揺が走った。

 軍勢の動きは、明らかに鈍った。その隙に、ショウマは後方のバトルシップの位置まで下がった。


 振り返ると、自軍のバトルシップの天井部に、スナイパーライフルを構えて横たわる1機のASアーマードスーツリゲルの姿があった。ショウマの命を救った搭乗パイロットは、モニカ・オーウェル大尉。その銃撃は百発百中で、狙いを定めたASアーマードスーツの急所を確実に仕留めた。

 まさしく『死神』の異名に恥じないものだった。

 ショウマは、この作戦前のイル=バレー要塞潜伏中に、アレックス・ラングリッジ大尉から、初めてモニカ・オーウェルを紹介された時のことを思い出した。




 モニカ・オーウェル大尉、『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐や『怒涛』アレックス・ラングリッジ大尉と同じくジェムジェーオンの超エース級ASアーマードスーツパイロットのひとりだった。ジェムジェーオンのみならず、他国の者でも、ASアーマードスーツライダーであれば、ジェムジェーオンの『死神』の名は知っていて当然という程だった。


 だが、これほど、異名と実像がかけ離れているのを、ショウマは他に知らない。

 アレックス・ラングリッジ大尉に紹介されたモニカ・オーウェル大尉は、あどけない顔に赤縁の眼鏡をかけ、長い髪をツインテールでまとめた可愛いらしい女の子だった。

 実物のモニカを目の前にして、ショウマは自身の目を疑い、言葉を失った。


「アレックス、本当に……」

「彼女がモニカ・オーウェル大尉です」


 アレックスが答えた。モニカがショウマを前にして、モジモジとしている。


「若すぎないか?」

「まだ、21歳です」

「そんなに若いのか……。私よりも若いとは。それよりも、なんで、私の質問にアレックスが答えているんだ?」

「ショウマ様、許してください。こいつ、極度のあがり症なんです。緊張すると、パニクって変なこと言い出すんですよ」


 ショウマは困惑した。

 想像のモニカ・オーウェルと実像のギャップが激しすぎた。まさか、自分より年齢が下で、しかも、その容貌は幼さも残るような女の子であるとは、夢にも思っていなかった。


「本当に、君が、あの『死神』と呼ばれているモニカ・オーウェル大尉なのか?」

「あの……、えっと、私が、その……『死神ちゃん』です」

「死神、ちゃん?」

「は、はい」

「モニカ、いくらなんでも初対面のショウマ様に『死神ちゃん』はないだろ。俺でさえ『死神ちゃん』は、ちょっとひくぞ」


 この状況に頭がついていかない。

 ショウマは何も言葉が出てこない。とりあえず、ふたりの会話を聞くことにした。


「だって、ワタシ『死神』なんて、救いようのない悲壮感たっぷりのニックネームを付けられるの、本当に嫌なんだもん」

「て、言われてもな」

「ワタシが決めていいならば、こんなニックネームにしない」

「それで『死神ちゃん』にしたのか」

「せめて、ね。カワイイでしょ。『死神』に『ちゃん』を付けるだけで、こんなに印象が変わるなんて大発見」

「そういう問題か」

「ん、なんか、不満顔ですね、アレックス兄さん」


 モニカが頬を膨らませ、アレックスに抗議の態度を示した。


「もう、俺からは何も言わないよ」


 アレックスの呆れ顔に、ショウマの混迷の度合いが益々深まった。


「まてまて」

「どうしました? ショウマ様」

「アレックス兄さんとは何のことだ」

「あれ? ショウマ様はご存じなかったのでしたっけ」

「何をだ」

「モニカは、親父が7年前に連れてきて、ラングリッジの家で生活しているんです。何しろ、以前の記憶が全くなく、本当の家族の記憶や何処で生活していたかを一切思い出せないんです。唯一、覚えているのが、自分の名前とASアーマードスーツの操縦、それだけなんです」


 そういえば、その頃に、ギャレス・ラングリッジ元帥が養子を迎えたという話を聞いた憶えがある。


「君は記憶がないのか」

「そ、そうなんです。ショウマ様、ご免なさい」

「記憶がないなんて、大変だろう」

「いえ、そんなことは無いと、……思われます。私は、そんな風に、ショウマ様に気に掛けていただけるというだけで、いわば、過分なご加護をいただいているわけで」

「親父はモニカを目に入れても痛くないくらい溺愛しています。戦場に出したくないと言っています。ご覧の通り、普段のモニカはネジが2・3本抜けたような奴なんですが、ASアーマードスーツに乗ると人が変わります。俺が言うのもなんですが、腕は確かです。親父も本意ではないようですが、ASアーマードスーツ操縦の腕を認めています」


 ショウマは、改めて、モニカ・オーウェル大尉の容姿を観察した。

 いくら説明されても、違和感を拭えなかった。


「ほら、モニカ。まだちゃんと、ショウマ様に挨拶してないだろ」


 アレックスがモニカを促した。


「改めまして、ショウマ様。その、お噂はかねがね、窺っておりました。……不束者ですが、よろしくお願いします」


 モニカがペコンと頭を下げた。


「こちらこそ」


 ショウマもつられて、お辞儀した。


「なんだ、それ。お見合いかよ」


 アレックスが腹を抱えて、大笑いした。




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