第9話 ジェムジェーオン北部方面戦5
カズマ・ジェムジェーオンは、バトルシップ『トルメンタ』の艦橋で、戦闘の状況をじっと観察していた。
正確に表現するならば、出撃を主張したカズマは、アンナ=マリー・マクミラン大佐をはじめとする側近たちに、バトルシップに留まるよう説得、懇願、強制されて、戦況を見守ることを余儀なくされていた。
この戦いにおける味方の形勢は、厳しいと表現せざるを得ない。
カズマたちはハイネス駐留軍との戦闘も、初戦の北部方面軍との戦闘と同じように短期決戦を目指した。だが、トマソン少将はカズマたちの部隊の戦力を測るように方円陣を敷いて、重厚な守備で固めることで速攻を許さなかった。
短期決着は諦めなくてはならなかった。
互いの軍が横陣に移行し、真正面での攻防へと移った。
戦闘開始から、半日以上経過した。味方の軍勢が消耗を見せ始めていた。
特に左翼部隊が厳しかった。こちらから攻撃を仕掛けていたはずが、いつの間にか敵軍に押され始めていた。
この状況のなか、じっとバトルシップの艦橋で座っているのは、頭で考えるより先に行動に移す性格のカズマにとって、堪え難い苦痛となっていた。
「オレは出るぞ」
「絶対に駄目」
アンナ=マリーが一喝した。
カズマは苛立ちを隠すことができなかった。
「なんでだ!?」
「判るでしょう!」
アンナ=マリーの言葉も余裕がなかった。
カズマは言った。
「このままでは、オレたちは持たない。防御網が突破されてしまう」
「防御が薄くなりつつある左翼に、アンドレイ・フェアフィールド少佐の
カズマは机のうえを、人差し指と中指で何度も叩いた。
「耐えて。カズマひとりが
「それでも!」
「判って。いま、カズマという核を失ってしまったら、私たち全軍が崩壊してしまうの」
状況は理解していた。
――だから。
この場でじっと辛抱しているのだ。
カズマは頭を左右に振った。じっと、モニターの戦況をみつめた。このまま左翼部隊が抜かれば、自らが出撃しようがしまいが、全軍崩壊の危機を迎える。
カズマは自分自身のふがいなさに、自己嫌悪に近い思いを抱いた。
同じ頃、トマソン少将が率いる部隊の後衛、索敵オペレータのひとりが、所属部隊不明の2隻のバトルシップが、味方部隊に近づいていることを気付いた。
「当艦後方、距離10000の地点に、所属不明のバトルシップが2隻、こちらに向かって進んできています」
報告を受けた先任オペレータが、メインコンソールを確認する。
「本当だな」
メインコンソールにも、報告を受けた同じ位置にバトルシップを示す光点が、輝く。
「
「先ほどから幾度か試みていますが、応答がありません。…………まさか、敵軍の奇襲なんてことはないですよね?」
「バカだな。たった、
「そうですよね」
「このまま、通信を試み続けてくれ。戦場の通信ジャマーが影響しているのかもしれない。距離がもう少し近づけば、回線も繋がるだろ」
戦場が近づいてきた。
北部要衝ハイネスより半日、夜も休まずにバトルシップを走らせてきた。
ショウマ・ジェムジェーオンは口の中がひどく乾いているのを自覚していた。
目を瞑ると双子の弟カズマ・ジェムジェーオンの顔が浮かんできた。
――カズマはこの先の戦場で戦っているのか。
自ら先頭に立って、将兵を鼓舞している姿が浮かんできた。
ショウマにとってその姿は、背負っている責任に押しつぶれそうな重圧や戦場に向かう恐怖に、立ち向かっていく原動力となった。
〈敵軍の姿を視認、距離5000〉
オペレータの声が艦橋に響いた。
ショウマは目を見開いた。
すぐさま、意識を目の前の現実に集中した。
立ち上がって、
「もうすぐ出撃となる。準備はどうだ」
「準備万端です」
応えたのは、ラリー・アリアス中尉だった。アリアスはアレックス・ラングリッジ大尉が率いる
隊長のアレックス・ラングリッジ大尉は、制圧したハイネスの治安維持のため、責任者としてハイネスに残していた。そのアレックスから部隊の指揮を委譲されたのが、アリアス中尉だった。
「ラングリッジ大尉が不在でも、『怒涛』と呼ばれるアレックス中隊の力は見せつけるつもりです」
艦橋のモニターに、はっきりと戦場の映像が映り始めてきた。
「距離は」
〈2700です〉
甲高いオペレータの声が、バトルシップの艦橋に響き渡った。
――いまだ。
ショウマは号令した。
「出撃」
それを合図に、アリアス中尉を先頭に
カズマ・ジェムジェーオンが率いるイル=バレー要塞駐留軍の左翼陣は、さらに押し込まれ、崩壊の一歩手前の状態に陥っていた。
アンナ=マリー・マクミラン大佐は、艦橋の多元モニターの中心に映し出された左翼の様子を確認しながら、横に座るカズマの様子を窺った。
カズマが何も言わず、多元モニターを食入るように凝視していた。
――意外な反応だわ。
そういえば、カズマはこの5分くらい、何も言わずモニターを注視している。
アンナ=マリーはカズマに視線を向けたが、気付かない様子だった。多元モニターに目を戻した。
その時、カズマが小さく呟いた。
「なんか、敵軍の動きがおかしくないか」
アンナ=マリーは、再び視線をカズマの顔に向けた。
カズマがモニターを指さした。
「ほら、あそこ」
多元モニターの中央上方に映る小さな画面。
アンナ=マリーは首を捻った。左翼陣の戦況に注目していたので、カズマが指さした画面の戦況がどうなっているか、把握していなかった。
カズマがオペレータに指示した。
「中央の画面。違う、その上。そう、それ。その画面を拡大して映して」
指摘した戦場の画が大きく映し出された。
「そう、敵陣中央の後方の動きが怪しいんだ」
確かに、付近の敵陣形が不自然に乱れていた。
「その辺りをもっと、拡大してくれないか」
画が拡大した。
あっ。アンナ=マリーは思わず言葉を発した。
カズマがアンナ=マリーの顔を覗いた。
「おかしいと思わないか」
中央の敵本陣は、イル=バレー渓谷からハイネスに続く街道に陣を敷いている。
――このタイミングで敵陣が混乱に陥る理由。
ショウマの援軍がハイネスから到着したのかもしれない。
カズマと視線が合わさった。期待で目が輝いているように見えた。アンナ=マリーは前のめりになりすぎることを抑えて、慎重に言葉を選んだ。
「確かに、動きは妙だとは思う。自分たちの逸る気持ちを映像に投影しないで、見極めないといけないわ」
「アンナ=マリー・マクミラン大佐」
「はい」
カズマの堅い口調に、アンナ=マリーは反射的に返答した。
「残っている予備兵力は本隊の
端的に表現すると、アンナ=マリーは驚いた。
カズマの口から、戦局を見極めたこのような意見があるとは予想していなかった。いや、この考えも違うのかもしれない。カズマは戦場で成長した。直感的に勝負の刻を嗅ぎ取ったのだ。
――ここが最後のチャンスだ。
アンナ=マリーの考えもカズマと同じだった。このまま座して倒れるのを待つより、勝利を掴みにいかねばならない。
「カズマ様、出撃しましょう」
「よし」
すぐさま、カズマが艦橋から
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