第8話 ジェムジェーオン北部方面戦4

 帝国歴628年2月23日、ハイネス駐留軍司令トマソン少将は、旗艦バトルシップ『エスパシオ』に搭乗し、ハイネス駐留軍の2個師団を率いて、イル=バレー渓谷出口方面に向かって進んでいた。


 その途上、北部方面軍の敗残兵を引き連れてハイネス方面に逃れてきたキャメロン中佐の部隊を回収した。

 早速、トマソンは戦闘の顛末を確認するため、キャメロンを『エスパシオ』の司令室に呼びよせ、面会の機会を設けた。

 キャメロン中佐がイル=バレー渓谷出口で起こった戦いの経過を報告した。

 内容は、俄かには受け入れるには、信じがたいものだった。


「その話は本当なのか。信じられん」

「偽りはありません。小官が生き証人です」

「貴官の話が事実であるとするならば、既に北部方面軍2個師団は全滅していて、司令官のデービス少将は戦死したということか」

「はい。残念ながら、デービス少将閣下は、敵軍に単身特攻というかたちで、壮絶な最期を遂げました」


 トマソンの脳裏に、デービス少将の顔が浮かんだ。

 不器用ではあったが、有能な指揮官だった。


「デービス少将が率いる北部方面軍の2個師団が壊滅……」

「間違いありません。ただ、さすがに、イル=バレー要塞駐留軍も無理な攻勢を仕掛けてきたので、相応の被害を負っているはずです」

「それにしても、レッドマン少将がいちかばちかの一気呵成の攻勢を仕掛けてくるとは、これまでの実績を考えると、意外な戦術に思える」

「いえ。敵軍を統率していたのは、イル=バレー要塞司令のレッドマン少将ではなく『勝唱の双玉』です」


 トマソンは耳を疑った。


「何だと」

「小官はカズマ・ジェムジェーオン様の姿を見ました」

「カズマ様の姿を確認したのか」

「モニター越しですが」


 トマソンは、トレードマークの顎鬚を擦った。


「……」


 無言のまま、十秒ほど経過した。

 ようやく、トマソンは思い出したかのように口を開いた。


「ご苦労だった」

「い、いえ。少しでもお役に立つのであれば」


 トマソンはキャメロン中佐を下がらせた。


「疲れているだろう。休んでくれ」

「閣下のお心遣い感謝いたします。それでは、失礼いたします」


 キャメロンが部屋から出て行った。

 トマソンは副官のヘンダーソン中佐に問うた。


「どう思う?」

「キャメロン中佐が虚偽を語る理由はありません」

「確かにな。しかし、レッドマン少将ではなく、『勝唱の双玉』カズマ様が軍を率いてることは、俄かには信じられん」

「実質的に軍を動かしているのは、レッドマン少将かマクミラン大佐でしょう。しかし、もしイル=バレー要塞に『勝唱の双玉』が在ったのであれば、旗頭として『勝唱の双玉』を担ぐことはあり得る話だと思います」

「そうだな。『勝唱の双玉』がいるといないでは、敵軍にとって正当性の意味で、士気に大きくかかわるはずだろうからな」


 再び、トマソンは自慢の顎鬚を擦った。

 ヘンダーソンがトマソンの気持ちを察した。


「暫定政府、マクシス・フェアフィールド元帥は、ユウマ・ジェムジェーオン様を国主に推戴すると宣言しております」

「だが、考えねばならない。『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオン様とユウマ・ジェムジェーオン様、どちらが正当な次期ジェムジェーオン国主といえるのだろうか」

「継承順位からでいえば、長男のショウマ様ですが、いずれの方も亡くなったアスマ・ジェムジェーオン伯爵の口から、正式な後継指名を受けておりません。その意味では、錦の御旗はこちらにもあり、あちらにも有るといえます」

「マクシス・フェアフィールド元帥は、アスマ・ジェムジェーオン伯爵がユウマ様を後継指名したと言っているがな」


 トマソン少将の出身は、ジェムジェーオンの名門貴族だった。

 マクシス・フェアフィールド元帥旗下では、身分ではなく能力が重んじられた。レッドマンやデービスは平民出身ながら能力を認められ、異例の出世を遂げていたが、出自が違うトマソンは事情が異なっていた。能力と血統、どちらの面においても高い評価を受けていた。

 トマソンは冷静に、自分たちが置かれている現在の情勢を分析していた。


「つまり、純軍事的に勝利した陣営が、ジェムジェーオンの次期国主を決定する主導権を持つということか」


 ヘンダーソンがトマソンの気持ちを顧慮した。


「はい。歴史の正当性は、常に勝者が創るものです」

「首都ジーゲスリードにはマクシス・フェアフィールド元帥直轄の首都方面軍が無傷のまま残っている。対して、『勝唱の双玉』が有する兵力は、イル=バレー要塞駐留軍の2個師団のみ。それも、デービス少将の北部方面軍と戦闘を行っており、無傷という訳ではなかろう」

「キャメロン中佐の話からも、その状態にあるといえましょう」


 その時、指令室のドアがノックされた。


「なんだ」

「取り込み中に失礼します。緊急で、トマソン少将にお伝えしたい情報があります」

「入れ」


 部屋に入った下士官がヘンダーソン中佐の姿を確認した。

 トマソンは下士官に発言を促した。


「副官のヘンダーソン中佐だ。問題ない、話して構わない」

「はい」


 下士官がトマソンとヘンダーソンに敬礼し、報告した。


「イル=バレー要塞がバルベルティーニの軍勢によって陥落したとのことです」


 トマソンは傍らのヘンダーソンと目を合わせた。


「わかった、下がってよい。ご苦労、有益な報告だった」


 トマソンは下士官を下がらせた。

 独り言を呟くように口に出した。


「これで、決まったな」

「はい」

「マクシス・フェアフィールド元帥が優位に立った」


 ヘンダーソンが肯定するように頷いた。


「小官もそのように思います」

「そうであれば、このまま予定通り進軍して、イル=バレー要塞駐留軍を、渓谷の出口にて叩こうではないか」




 20時間後、トマソン少将が率いるハイネス駐留軍はイル=バレー渓谷出口まで進軍したところで、『勝唱の双玉』カズマ・ジェムジェーオンが率いるイル=バレー要塞駐留軍と激突し、戦闘が開始された。




 戦闘が始まってから半日が経過した。

 ハイネス駐留軍司令トマソン少将は、旗艦バトルシップ『エスパシオ』の司令席に深く腰掛けながら、トレードマークである顎髭を擦っていた。


「慌てる必要はない。敵の攻撃に合わせて、正攻法で押し返せばいい」


 トマソンは、サイドテーブルに置かれたコーヒーの香りを楽しみながら、カップを口に持っていった。


 イル=バレー要塞駐留軍は、こちらが分析した通り、短期決戦を狙ってきた。

 緒戦から、集中攻撃を仕掛けてきて、乱戦に持ち込もうとした。この攻勢に対して、トマソンが率いるハイネス駐留軍は、兵力を分散させずに密集隊形で応対した。敵の攻撃を受けながら、こちらから仕掛けることを極力避け、防御に徹した。

 トマソンは途中で回収したキャメロン中佐から、デービス少将が率いていた北部方面軍とイル=バレー要塞駐留軍との戦闘記録を受領し、確認していた。


 ――デービスと同じ轍を踏まない。


 短期決戦を避け、持久戦に持ち込む。これが基本戦術だった。戦闘が長時間になればなるほど、イル=バレー要塞駐留軍は不利になると予想した。

 トマソンの思惑通り、時間の経過とともに、徐々に敵部隊の攻勢が弱くなってきていた。


 ――戦闘は優勢に進んでいる。


 トマソンは手ごたえを感じながらも、冷静に敵戦力を分析していた。

 イル=バレー要塞駐留軍は、個々の部隊の戦闘能力が高い。自分たち無傷のハイネス駐留軍よりも兵の数で劣りながらも、互角に戦い続けているのが、その証拠だった。しかしながら、戦闘の流れは変わりつつあった。初戦でデービス少将が率いる北部方面軍と戦い消耗していたことが、影響し始めていた。

 兵力差や補給の問題が、状況を左右し始めている。


 ――結局、戦いの勝負を決するのは兵の数や兵站の力だ。


 イル=バレー要塞駐留軍は、行動の限界点に近づいている。あとひと押しだ。

 トマソンは頬を緩めた。

 この好機を手にするのが、自分であることに感謝した。

 初戦でイル=バレー要塞駐留軍と激突したのがデービス少将の部隊ではなく自分たちハイネス駐留軍であったならば、敗北を喫していた可能性もある。

 しかも、幸運にも戦闘前にデービス少将の北部方面軍との戦闘記録を入手し、敵の戦術を分析することができた。その甲斐あって、有効な作戦を立てることができた。デービス少将に対して、僅かな申し訳なさを感じたが、それ以上に、自らの幸運を噛みしめた。


「味方右翼部隊が敵左陣を押し込んでいます」


 副官のヘンダーソン中佐がトマソンに報告した。

 トマソンはモニターに目を移した。

 敵軍のイル=バレー要塞駐留軍の部隊左陣が、自軍の右翼部隊に押されて、後退し始めていた。敵左陣を崩することができれば、一気に勝負を決することができる。


「右翼のシェアリング中佐に伝えよ。下手な小細工は必要ない。貴官の部隊で、敵軍を押し出せ」


 右翼シェアリング中佐の部隊が、さらに、敵左陣を一歩後退させた。


 ――決まったな。


 この段階に至れば、心配は無用だ。攻勢を強めれば勝負は決する。

 その時、副官のヘンダーソンが耳打ちしてきた。


「そろそろ頃合いかと」

「奇遇だな。わたしもそう考えていた」


 トマソンは司令席を立ちあがった。


「予備部隊のロバーツ中佐に連絡。旗下のASアーマードスーツ部隊をもって、薄くなった敵左陣の守備陣を叩け」


 戦闘局面が劇的に変化した瞬間だった。


 戦闘開始から防御に徹していたトマソン少将が率いるハイネス駐留軍が、攻勢に移った。

 予備兵力として無傷のまま残してあったロバーツ中佐旗下の8隻のバトルシップが、イル=バレー要塞駐留軍の左陣に向けて進んだ。

 バトルシップが艦砲を一斉射撃した。

 大規模砲撃の後、格納甲板の発射口からASアーマードスーツが次々に出撃し、イル=バレー要塞駐留軍に向かった。

 ハイネス駐留軍は、イル=バレー要塞駐留軍を打ち破り、戦闘が決着する目前となっていた。




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