第3話 勝唱の双玉3
『勝唱の双玉』と呼ばれる双子の弟、ジェムジェーオン伯爵継承順位2位のカズマ・ジェムジェーオンは、最新型の
コックピットシートは、自動的にカズマの身体に合わせてかたちを変えて密着した。
操縦ヘルメットを被ると、
〈接続完了〉コンソールに表示された。
カズマは、これまでの訓練で反復してきたように、
機能の稼動状態、バッテリーの蓄電状況、機体の装備品、どれも問題ない。
――オールOKだ。
いつでも、出撃できる。実際の戦闘が目の前に迫っていた。
――静かなものだな。
出撃前。カズマは、自らが想像していたよりも、自分自身が落ち着いていると自覚した。
――もっと昂ぶっていい。
カズマが出来ることは、先頭に立って皆を奮起し引っ張ることだ。
アンナ=マリー・マクミラン大佐は、
カズマが小さかった時の思い出が、頭に浮かんできた。
あのカズマがいま、戦場に向かおうとしている。
胸が張り裂けそうな気持ちに襲われた。
アンナ=マリーはたまらず、カズマとのプライベート通信を開いた。
「カズマ、何度も言ってきたけれど、もう一度言わして。出撃を考え直してもらえないかしら。あなたは私たちの部隊にとって旗頭であり象徴なの。
「あはは、冗談だろ、マリ姐。オレは兄貴と違って、じっと座って指揮するなんて性に合わない。マリ姐だって知っているだろ。身体を動かすことが合ってるのさ」
士官学校時代、カズマ・ジェムジェーオンは、実践系の
「それはそうだけれども、あなたは初陣なのよ」
「マリ姐の初陣も、いまのオレと同じ年頃だったろう。誰だって通る道なんだって」
「何もこんな厳しい戦いでなくても」
「いつも言っているじゃないか。楽な戦いなんて存在しないって」
何を言っても、カズマの意志を曲げられそうにない。
――分かってはいたけれども。
アンナ=マリーは諦観した。
「わかったわ。ただし、これだけは約束してちょうだい。私とジョニー・マクレイアー少佐が、カズマをサポートする。だから、絶対に独断専行はやめて。それと、敵と対峙する時は、必ず数的優位を作ってから戦闘する。私たちが先に戦場に出るから、カズマは私からの合図があって出撃して。絶対に、これらは守って」
「わかった、わかった。約束するよ」
カズマの声の楽観的な響きに、アンナ=マリーは不安を覚えた。
――だが、私はともかく、『疾風』ジョニー・マクレイアーがいれば。
ジョニー・マクレイアー少佐はイル=バレー要塞第一
アンナ=マリーは時間を確認した。
頭を左右に振った。
左目の動きで、通信モードをプライベートから、パブリックに変更した。
「あと約15分で、暫定政府軍の北部方面軍と遭遇する。数はこちらとほぼ同数、2個師団。各々、作戦通りに行動してほしい」
味方の部隊に所属している兵士たちが頷いた。
兵士たち全員が、現在の戦況を把握していた。イル=バレー要塞から出撃した2個師団に対して、北部方面軍も2個師団、兵力は互角だった。だが、兵力が拮抗していたこと以上に兵士たちの心情を複雑にしていたのは、ついこの間まで同じ釜の飯を食べてきた北部方面軍の兵士たちと、本気で殺し合いをしなければならないことだった。
兵士たちの緊張と悲嘆が混じった不安が、ヘッドフォン越しに伝わってきた。
その時、『勝唱の双玉』カズマ・ジェムジェーオンの声が響いた。
「さあ、ゆくぞ。オレは恐れない。進むべき道は開けている。この戦いこそ、ジェムジェーオンをオレたちの手に取り戻す第一歩となる」
味方の兵士たちの迷いが吹っ飛んだ。
うぉぉ、これまで沈黙していた兵士たちが呼応した。
士気が一気に上がった。カズマが負けじと、声を張り上げ叫んだ。
「全員、必ず生き残るぞ」
おお、兵士たちの咆哮が大きな木霊となって、耳に響いた。
アンナ=マリー・マクミラン大佐は、戦場の只中で周囲を見渡した。
戦闘は両軍の遭遇時より激戦となったが、味方の作戦がうまく機能していた。イル=バレー要塞駐留軍が一気果敢に攻め寄せたことで、北部方面軍の陣形が崩れていた。『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐が率いる先陣部隊が奮闘し、相手の守備隊を混乱させていることが大きかった。
防衛に回った敵軍の反応が鈍い。
このままの勢いで、突き崩す好機だった。
その時、オペレーターから無線が入った。
〈マクミラン大佐〉
アンナ=マリーは、即座に、様々な可能性を頭に描きながら、即答した。
「どうしました?」
〈カズマ様が出撃すると、
嫌な予感が当たった。アンナ=マリーは頭を抱えた。
「カズマ様を止めて」
戦場は激戦が続いている。
――カズマの出陣は今この時ではない。
この状況でカズマを護衛するために、先鋒部隊から『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐を後方に戻せば、味方の攻勢が鈍る恐れがあった。
〈何度も、マクミラン大佐の指示があるまで待ってくださいと、カズマ様に伝えているのですが、「この時に出撃しないで、いつに出るのだ」と言って、話を聞いてくれません〉
カズマの戦局の読み自体は間違えていなかった。
緒戦から激戦となっている今この時が、正念場だった。この序盤戦を制した陣営が、最終的にこの戦闘を支配する公算が高い。
アンナ=マリーは口許を緩めた。
――戦況を正しく理解しているのは喜ばしいのだが……。
ここで、カズマを失うわけにはいかなかった。
「もう一度、止めて」
〈わかりました〉
アンナ=マリーは伝令に指示を与えた。
――けれども、恐らく、止められないだろう。
カズマの性格を考えると、諌止などお構いなく出撃するに違いなかった。
アンナ=マリーは、改めて戦況を確認した。
戦局を見極めると、近くの部隊長に部隊行動の指示を与えた。アンナ=マリーは単機で、カズマが出撃しようとしている旗艦バトルシップ『トレメンタ』へと
カズマ・ジェムジェーオンは
「準備OKだ。管制官、出撃の指示を出してくれ」
〈分かりました、カズマ様。それでは、乗機の
カズマは搭乗していた
「カズマ・ジェムジェーオン、出るぞ」
〈カウントダウンをはじめます。3、2、1〉
スライダーが加速する。バトルシップからカズマ乗機の
強力なGが、カズマの身体に襲い掛かってきた。
内臓や三半規管が悲鳴を上げる。眼の裏がカッと熱くなり、一瞬、平衡感覚を失った。
機体が安定してきた。
――これで制御が保てる。
その瞬間、前方左側で、爆音と光があがった。一機の
味方の
あの爆発は、人間の命がひとつ、失われたことを意味するものだった。重圧感と諦念感が絡み合いながらカズマの身体を貫いた。
どうしようもない現実が目の前にあった。
カズマは戦慄し、武者震いした。
「前!」
突然、カズマの耳にアンナ=マリー・マクミランの叫び声が響いた。
視界に、北部方面軍の
敵軍の
――敵が迫ってくる。
察知した瞬間、敵軍の
カズマは反射的に、右前に
ブオォォン。
空気が引き裂かれた。カズマは敵軍の
レーザーブレードが、カズマの
「カズマ!」
即座に、アンナ=マリーの機体から、ハンドガンのレーザービームが放たれた。
ビームがカズマを襲った
「次!」
アンナ=マリーの声。
敵が間髪入れずに襲ってきた。
「今度はちゃんと分かっている」
カズマは冷静さを取り戻していた。
――同じ過ちを犯す訳にはいかない。
カズマは迫ってきた敵軍の
2機の敵軍の
近い位置にいた
カズマは右手にレーザーブレードを持ち、左手にハンドガンを構えた。
後方の敵
前方の敵
カズマは右手のレーザーブレードを構えて、交錯させた。
ガッキキーーン!!
2機の
瞬間、カズマはレーザーブレードの衝撃を受け流した。続けて、右足のホバーだけを操作し、相手の右側面を反転した。
敵軍の
刹那、カズマは左手のハンドガンで、後方支援の敵
ハンドガンから光線が放出された。
カズマの放ったレーザービームが、後方で支援する敵軍の
次の動作で、バランスを崩した敵軍の
「すごい……」
アンナ=マリーの呟き声が、カズマの耳に伝わってきた。
敵軍の
アンナ=マリー・マクミランは慄然としながら、カズマ・ジェムジェーオンの戦闘の様子に見惚れた。
――いけない。
戦場で集中力を失うことは、死に直結する。
カズマに左足を切断された敵軍の
アンナ=マリーは背後より近寄って、バッテリーパックを抜いた。敵軍の
アンナ=マリーが目撃したカズマの
――とても、初めての戦場とは思えない。
初陣にして巧みに
カズマの
「カズマ、大丈夫」
「ああ、オレの機体はなんともないよ」
「良かった」
「それより、マリ姐、援護してくれてありがとう。助かったよ」
「なぜ、出撃したの。あれほど、私の合図があるまで出撃しないでと言ったのに」
「ここが勝機だと思っんた。けれど、謝らねばならない。自分の力を過信していた。結果、マリ姐に迷惑を掛けることになってしまった」
「敵は明らかに『出待ち』を狙っていた。士官学校でも教わったと思うけれど『出待ち』は
「そうだな。実戦を経験して、身に染みたよ」
対
「それと……」
「どうしたの?」
「戦闘のなかでの出来事とはいえ、相手の
カズマの声が沈痛に響いた。
「相手のパイロットもジェムジェーオンの市民で、家族もいたであろうに」
「カズマ、戦場のなかで感傷的になってはダメ。これが戦争なの」
アンナ=マリーは自分の初陣のことを思い出した。
カズマと同じように幸運にも相手
だが、感傷に囚われては、次に撃破されるのは自分の番となるのが常だった。
「心配しなくても大丈夫。ここは戦場だ、相手の命を奪わなくてはならないことは、この先も幾度となく続いていく。理解している。ただ、オレはそれに慣れて麻痺してはいけない。ひとつひとつの命の重さをこの心に刻んでいかねばならない」
カズマの口調はしっかりしていた。
アンナ=マリーは、不覚にも目頭が熱くなった。
カズマへの心配は杞憂だった。むしろ、カズマは自身の役割と責務をはっきりと自覚していた。
――いけない。
私が感傷に浸るわけにはいかない。
「カズマ、戦闘は始まったばかりよ」
「判っている」
「次の戦場に向かうわよ」
「ああ。これからも助けてくれ、マリ姐」
カズマとアンナ=マリーは揃って、『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐が率いる先鋒部隊が戦っている激戦地へと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます