□ 四十一歳 冬⑥ その2−1
車の中で流れる洋楽に耳を澄ませる。どこかで聞いたことがあるような。
「この音楽、聞いたことがあるような気がする」
「ああ、うんそうそう。丁度私が学生の頃、結構聞いてたんだよね。よく覚えてるね、あゆ」
「ううん、何となく、ほとんど勘だよ」
「聡とは音楽の趣味も似てるんだよねー、でもこれは多分……アイツなりの気遣いなのかも」
「え?」
「あゆと出掛けたいから車を貸せ、って言ったら、iPodを付け替えて行ったから。ちょうどウチらが学生時代の頃の曲を流して場を持たせようとしてくれたのかもね」
「……粋な計らいの出来る人なのね」
「多分に面白がってるだけかもしれないけどさ。でも……私が思ってるより繊細なタイプなのかもな、って最近ちょっと思い始めてる」
「……一度、弟さんに会ってみたいな。車をお借りしたお礼もしなきゃ」
「会ったらびっくりすると思うよ、あまりに似てるから」
「え? そんなに似てるの?」
「残念ながら、いつも似てるって言われるよ」
「えー、余計に会ってみたいー」
「……いつか、絶対機会があるよ」
「うん、楽しみにしておく」
「……うん」
慧に似ている八歳年下の弟。これは世間的にも私のメンタル的にもちょっと……問題があるかもしれない。
窓の外はどんどん静かな景色に変わっていく。夕方だからか、それとも新型コロナウイルス感染症を恐れる人達が多いからか、私達の車以外をあまり見かけない。
じきに山道に入った。緩やかな坂道を上がる時、車の性能を思い知らされる。全く平地と同じようにスーッと楽々登って行く。繰り返されるカーブも安定した揺らぎで過ぎて行く。
「だんだん暗くなってきたね」
「そうね」
時折すれ違う車は、どこを目指して進んでいるんだろう。ナンバーを見る限り地元の住人だとは思えない。それは私達も同じか。きっとすれ違う車は不審に思っているだろう。
気がつくと、目の前に黒いワンボックスがいた。後ろにも青いSUVがついてきている。ミラーでこっそり見ると、二十代後半くらいのカップルだった。ハンドルを握る男性の緩んだ頬が可笑しい。
「多分、この三台は目的地が同じかも」
「そっか、みんな流星群に興味があるのねぇ」
「ちょうど見頃だし、外だから三密じゃないし、デートにはちょうどいいのかもよ」
デート。何気なく言われた言葉に私は過剰に反応してしまう。私は急激に上がった血圧を鎮めるため、細く繰り返し息を吐く。
「どうした、あゆ? 酔った?」
「え? 全然、全く。いや、ちょっと、アレかなって」
「あれって?」
「カップル達の邪魔になったら申し訳ないじゃん? せっかく二人きりなのに、私達がさ、そばで星見てワーワー言ってたら、ムードを壊しちゃうっていうか」
それはこっちも同じだよ。
幻聴が聞こえた気がした。まさか、私、そんな。そんなつもりは全くない、んです、いや、ハイ。
思わず慧を盗み見るが、彼女は至って穏やかな微笑みを浮かべている。一人で変な期待をしてワタワタしているようで、本当に恥ずかしかった。ああ、嫌だ、私……。
慧の予言通り、私達三台は連れ立ったように順番に並んで、スキー場の手前の広い駐車場へ入った。既にオンシーズンであるはずなのだが、スキー場は閉場している。今年はコロナの影響で営業自粛しているとずっと前にネットニュースか何かで見ていた。半官半民のスキー場だから、率先して自粛しなきゃならないんだなあ、とぼんやり思った覚えがある。私は冬のスポーツは一切出来ないから、それくらいしか思わなかったけれど。
しん、と静まりかえった中に後から後から、ポツポツと車が駐車場にやってくる。少し上った先に、広く周囲を見渡せる展望台があるから、それを目当てにやってきているのだろうか。
時間はまだ六時過ぎ、何となく薄ぼんやりと明るいから、展望台へ歩いて行くのもそれほど困難ではない。何となく間隔を空けて停まった車から、色んな格好の人間が降りてくる。
慧はそれらの車とかなり離れた、薄暗い辺りに車を停めた。
「寒いかな?」
「あゆの格好はちょっと寒いかも。待って、多分トランクに聡のベンチコートが載ってたはずだから、探してくるから」
慧は先に降りると、トランクをゴソゴソして、すぐに何かを抱えてきた。私は慌てて降りて、それを受け取った。
「なんか車に何でもある。こっちはベンチコート、これを上から羽織って……そうそう、あったかいでしょ? 私はこのアルミ毛布を持って行こうっと」
「なんか、遭難する前提の準備みたいだね」
「ホント、何考えてるのか分からんヤツだよ。ま、今回は助かった。思った以上に寒いから」
「え?」
突然、慧に手を取られて、バチっと火花が散った。
「ごめん、私、めちゃくちゃ帯電体質なの」
「びっくりしたよ! あはは、いきなり触ったからバチが当たったのかな」
「ごめんね、ホント、何でだか、人より静電気が溜まりやすいんだよね」
「一回放電したから、もう大丈夫かな」
慧はもう一度、右手を掴んだ。
「あー良かった。結構ビビっちゃった」
「え、あ、うん」
「暗いから、はぐれないようにね、こうして行こう。それにしてもあゆ、手が冷た過ぎ」
「別に冷え性ってことはないと思ってたんだけど」
「じゃあ、温めつつ行こうかね」
慧はそのまま自分のコートのポケットに手を突っ込んでしまった。
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