第117話 ギャルとサプライズ

   ◆



「ぐすっ。よかった……よかったよぅ……」

「純夏、まだ泣いてるの?」

「当たり前っす! すっごく心配してたんですから……!」



 花火も終わり、白百合さんたちももういない。

 夏祭りの屋台も撤収し、賑やかだった喧騒もなりを潜め、静寂だけが辺りを漂っていた。


 天内さんとソーニャは、すでに境内から離れている。

 今は俺と、まだ気持ちが落ち着いていない純夏だけだ。


 純夏はハンカチで涙を拭き、深く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。



「す、すみません。もう大丈夫っす」

「そう? それじゃ、帰ろうか」

「はいっす」



 人気のない境内を通り、暗い夜道を2人で歩く。

 この辺は街灯も少ないから、月明かりで影ができる。

 夜風が火照った体に心地よく吹き付ける。

 同時に、見えてきた街の灯りが俺たちを現実へと引き戻した。



「明日からまた普通の夏休みっすねー。何してすごします?」

「そうだね……あ、そうだ。純夏、宿題は進んでる?」

「…………」



 純夏さんや、顔を逸らしても現実は目の前だよ。



「わ、わかってるっす……まだ7月。まだ7月ですから……!」

「そう言ってずるずる引き伸ばすパターン」

「……カイ君、意地悪っす」



 拗ねた純夏が、強めに二の腕を摘んでくる。

 痛い。地味に痛い。謝るからやめて。



「それより、まだ今日は終わってないよ」

「わ、わかってますよぅ。そう、まだ今日は終わってない。なら夏休みもまだ……!」

「いや、そうじゃなくて……まあいいや」

「はい?」



 どうやらすっかり忘れてしまってるらしい。

 仕方ないか。あれだけバタバタしてたもんな。



「カイ君、なんすかー? なーんーすーかー?」

「帰ったらわかるよ。疲れたでしょ、早く帰ろ」

「むー。気になるっす」



 夏の夜の静けさの中、アパートへの帰路につく。

 昼間はセミの鳴き声がうるさいから嫌いだ。

 でも夜。昼の喧騒と違い、鈴虫やコオロギの鳴き声が聞こえるのは結構好きだったりする。

 純夏も今の空気が好きなのか、楽しそうに鼻歌を口ずさんでいた。



「私、夏って好きなんですよね。名前に夏って字も入ってるし」

「だと思った。じゃあ冬は嫌い?」

「む。難しい質問ですね。寒いのは嫌ですけど、お鍋は好きなんで……あと雪もテンション上がるっす」

「犬っぽいもんね、純夏って」

「ご主人様大好きな犬っ娘っすよ」

「ご主人様? 誰が?」

「それはもうカイ君っす。私はカイ君のわんこっすよ」



 純夏は、わんわんっと犬みたいに鳴き、楽しそうに笑った。



「純夏って人懐っこいけど、天内さん以外の友達とかいないの?」

「失礼っすね、友達くらいいますよ」



 それもそっか。純夏って俺と違って陽キャだし。いろんな子に囲まれたりとかしてそうだもんな。



「夏の間は俺たちと一緒にいるけど、友達と遊んだりとかしないの?」

「ちゃんと約束してるっす。今度温泉行こって話になってて」

「おー。温泉いいね」

「カイ君もどうっすか?」

「いやいや、純夏の友達なんだし、俺がお邪魔するわけにはいかないよ」

「むー、そっすか? 絶対楽しいのに」



 純夏が俺の腕に抱きつき、ぶんぶんと腕を振る。

 でも、温泉か……そういや、随分と行ってなかったな。

 俺も1人になるだろうし、銭湯に入り浸るか。確かあそこも、天然温泉を使ってるらしいし。


 そのまましばらく歩いていると、アパートが見えてきた。

 アパートに帰ってきて気が緩んだのか、純夏が深く息を吐く。



「んにゃ〜……疲れましたねぇ。心配事もなくなりましたし、今日はぐっすり眠れそうです」

「まあ、寝れたらね」



 純夏は鍵を開けながら、首を傾げた。



「もーっ、何言ってるんすか。もう今日のメインイベントは終わって──」



 パンッパンッパンッ──!!

 扉を開けると同時に、立て続けに小規模な爆発音が響き渡る。

 突然電気がつき、その先には……。



「「「純夏ちゃん、お誕生日おめでとー!!」」」



 みんなが、クラッカーを持って待っていた。



「イエーイ! サプラーイズ! ……って純夏、なんで座り込んでんの?」

「こっ、こっ、ここここ腰抜けた……」



 本気で驚いたらしい。俺の脚にしがみついて、立ち上がれないでいる。



「た、誕生日……あっ。今日私の誕生日だっ!」

「「「忘れてたのかよ」」」



 本気で忘れてたのか。逆にそっちにビックリしたよ。

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