第108話 先輩と気まずさ

 バイトが終わり、約束通り俺と花本さんは駅前に向かっていた。

 夏真っ盛りだからか、花本さんはいつものジャージ姿ではなく、ショートパンツにオーバーサイズのシャツ、頭にはキャップを被っている。

 こういう私服の花本さんは、夏と冬にしか見られない。春と秋は、基本ジャージだし。

 一年も一緒のバイト先にいると、こういう些細な変化もわかるようになってくる。

 俺の視線が気になったのか、花本さんは少し不機嫌な顔で睨んできた。



「な……なんだよ、そんなにじろじろ見て」

「いや、新鮮だなと」

「あー、服のことか? まあ、基本ジャージだもんな」



 自分のシャツをつまんで、苦笑いを浮かべる。

 その際に紫の下着が若干見え、条件反射で目を逸らしてしまった。

 純夏と一緒に住んでいて、下着が見えるたびに目を逸らしてるからな。反復学習みたいな感じだ。



「で、でも夏用のジャージとかあるでしょう」

「私がそれを着ると、部活帰りの中学生にしか見えないからな。冬はジャージだと寒いし」



 いや、普通にいつも着ているジャージも、見ようによっては部活帰りの中学生……あ、いや、なんでもないです。なんでもないので睨まないでください。

 でもそうか。そういう事情で、夏と冬は私服なんだな。



「それより、本当に駅前がいいのか? なんなら、駅から少し離れたところに回転寿司あるぞ。そっちでも……」

「寿司かー。寿司でもいいですね」

「なら……!」

「でも今はハンバーグの気分なので。ファミレスで」

「す、寿司にもあるだろ、ハンバーグ寿司!」

「俺のことキッズか何かと勘違いしてません?」



 ハンバーグ寿司で喜ぶキッズは五年前に卒業したよ。

 ……そういや、親に寿司とか連れて行ってもらったことないな。悲しいかな、そういう幼少期だった故に。



「とにかく、今日はファミレスです」

「チッ」



 ガチ舌打ちやめてくれません?

 さっきから、駅前に対してやけに消極的というか……いったい、どうしたんだろう。何か駅前に嫌なことがあるのか?

 横目で花本さんをチラ見する。

 もう諦めたのか、帽子を目深に被ってむすーっとした顔をしていた。

 これ以上ほじくり返すと余計に不機嫌になりそうだから、今はそっとしておこう。



「……それにしても、今日も熱いな」

「そうっすね。今朝のニュースで、最高気温更新って言ってましたよ」



 何気ないやりとりというか、いつものように実りのない会話を繰り広げる。

 でも花本さんとなら、こういう会話でも居心地は悪くない。多分、人間としての波長が合うんだろう。

 会話は途切れることなく、歩くこと10分弱。

 ようやく駅前にたどり着いた。



「うわ、すごい人ですね……」

「まあ夏休みだからな。浮かれた若人たちがはしゃいでんのよ」

「あんたも若いでしょ」

「中身は中年だからな、私は」

「…………」

「……否定しろや」



 すんません。否定できなかったっす。

 花本さんにふくらはぎを蹴られながらも、目的のファミレスに到着。

 昼過ぎだから人は少ないが、それでも割と混んでいた。

 それも若いカップルや、部活帰りの男子高校生グループ、若い女子高生がメイン。

 うーん……いづらい。俺も高校生とはいえ、この環境は気まずい。

 店員に通され、テーブル席に座る。



「はぁ……涼しいですね」

「そ……そう、だな」



 せっかく店内に入れたというのに、花本さんは落ち着かないみたいだ。

 本当、どうしたんだろうか。



「あの、大丈夫ですか? もしかして無理をさせたんじゃ……」

「む、無理なんかしてないぞ。平気だから」

「そ、そうですか……?」



 そうは見えないけど……本人が大丈夫と言い張るなら、そっとしておこう。

 とりあえず花本さんから気を逸らすため、俺はメニュー表へと視線を移した。

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